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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.268 (2010/04/15 01:14) title:解き放たれし籠鳥
Name: (c180.92.44.117.c3-net.ne.jp)

今から二年ほど前、江戸で美少年が演じる若衆歌舞伎が流行ると、男性の間でたちまち美少年趣味が生まれた。
その流行りにのり、客と買われた少年の密会のために作られた場所を「陰間茶屋」という。
 陰間とは本来、歌舞伎役者の修行中である、「影の間」をさす言葉だったのだが、やがて役者の副業だけでなく、売春専門の男娼があらわれると「陰間」はもっぱら男娼を表す言葉となっていった。
『冥界茶屋』と名付けられたこの建物も、数ある陰間茶屋のひとつである。この界隈でもっとも美しい男娼がいると評判で、いちばん人気の陰間を相手にする客のみ、他に類をみない決めごとがあった。


 無色透明なびいどろの、吊り行灯がふたつ。
 行灯とは言っても、庶民が使用する魚油を用いるものとは異なり、中にはほっそりとした蝋燭が立っていた。
それだけでもぜいたくだというのに、行灯には松に楼閣が配され、その裏面には花卉文を加飾してあり、吊り紐は紫水晶や玉髄などの玉をちりばめた、手の込んだ細工であった。
 その下で男が、吉原格子に腰を落とし、通りを行き交う人々を見下ろしていた。
 浅紫に染められた、異国の衣をまとう姿。全身のどこで区切られているのか、あいまいなそれは、長い袖が時おり吹く風になびいている。
 形のそろったヒスイ、コハク、サンゴにメノウの髪飾りがあしらわれた髪は、一部がかるく結ってあり一本簪で留められていた。
 男娼であるこの美しい男。彼は初めから体を許すつもりなどなく、そしてそれが許される唯一の陰間『桂花』だった。
「う・・・・」
 つらそうなうめき声に振りむくと、うつぶせになったままの僧侶がこちらの方へ手を伸ばしている。
「斯様なところへ足を運ぶひまがあるのでしたら、修行をされた方が・・?」
 高僧相手に修行が足りぬと辛辣な台詞を吐いた麗人は、呼鈴を手にとる。
「御仏に仕える御身、これ以上吾につきまとえば、儚いものとなりますよ・・・ご自愛なされませ」
言葉と裏腹な流し目を餞別代りにくれてやると、鈴を鳴らして終了の合図をおくった。
指一本触れることすら叶わなかったというのに、僧侶は恍惚とした表情で引きずり出されていく。
 やっと一人になった桂花はイラつく気持ちを鎮めようと煙管に手を伸ばし・・・・やめる。
「李々・・・」
 大切な大切な人の名。穢れたこの場所に、清浄を取りもどせる気がして、日に数回くちにしてしまう。
「生きて再び会える日は来るのかな・・・」
 親のような、姉のような存在だった人。彼女もまた―――――吉原に囚われている。

いきなり戸が開かれたと思いきや、ひとりの男が敷布の上へと転がされた。
「この男は?」
「外で寝ていたのでな。この男、かなりの上客となろう」
怪しげな笑みを浮かべたのは「冥界茶屋」の主、教主である。
「これだけ酔いが回っているなら、懐を失敬して放っておけばよろしいのでは?」
「その場しのぎの儲けで満足できるか?こやつを常連にするまでよ」
ホホホと、わざとらしく声をたてて笑いながら、教主は部屋を後にした。
 男は泥酔のようすで身動きしない。
「運の悪い男だ」
 桂花はフッと息を吐き、ふたたび煙管に手を伸ばしたが、やはりやめる。

「吸えばいい、俺に遠慮は無用だ」

 ハッとしてふり向くと、転がされていた男が敷布の上であぐらをかいていた。
「お前!」
 ニヤリと笑った男に桂花の顔がこわばる。何の構えもないのに隙がない・・・ここは慎重に事を運ばねば。
「旦那・・・斯様なところは初めてで?」
「ああ、でもお前を抱くための決まりがあるのは知ってるぜ。有名だからな」
 そう、桂花を相手にするには一つだけ掟がある。吉原ほど手のかかる決めごとや、大枚も時間香も必要ないが、やはりそれなりの金を積まねば桂花に目通りすることは叶わない。
 たとえ部屋へ通されても、そこで簡単に彼を抱くことはできない。桂花と勝負し、腕ずくでものにできた男だけが、思いを果たせるのだ。
「自信がおありのようで」
「まぁな、お前の『初めての客』になってやる」
 かすかに眉を顰めた桂花だったが、ゆっくりと胸元に手を差し入れると、挑発するかのように自らはだけて見せた。
「面白いことをおっしゃる」
 その目が細くゆれる行灯の火をとり入れ光った瞬間、あぐらをかいていた男が飛び退いた。
 重い鞭の音を追うように、ヒュウと鳴った口笛。
「ンな所に物騒なモンかくし持ってんなよ!」
 つぎつぎ振り落とされる鞭をよける男は軽業師のように身軽だ。
 それまで相手を追っていた鞭を置くと、桂花は微笑を浮かべ敷布に横たわる。
「おい?」
「あなたのような方は初めてですよ。とても吾の敵う相手ではない」
「あ、そお?分っちゃった?」

(馬鹿な男だ)

 心で罵りながら、結った部分の髪を下ろそうとした桂花のうでが、いきなり掴まれそのままねじり上げられた。
「っ!」
 痛みに耐えかねた桂花の手から、簪が落ちる。
「こんなもんまで仕込んでるとはな。こいつで喉元狙われたらイチコロだ」
 桂花が髪を下ろすしぐさに見せかけて引き抜いたそれは、ただの簪ではなく、琉球で「ジーファー」と呼ばれている護身武器だった。
「俺の勝ちかな」
「退け!」
「シ、大声出すなよ。や、耐えられないほど良かったら我慢しないで聞かせてくれてもいいけどよ」
「ふざけたことを!」
男はもがく桂花の首筋に顔を埋める。
 歯をくいしばっているその唇に指をすべらせると、すかさず牙をむく麗人。
「気性の荒い美人も好みだぜ」
「いやだっ」
「俺の名は柢王。甘い声で呼んでくれ」
 どこまでも軽薄な口調だったが、その目は獲物を捕らえた獣のように鋭く桂花を見下ろしていた。
 びゅう、と強い風が舞いこみ揺れる行灯。
 ゆら。ゆら。ゆら。
それに合わせて二つの影が、伸びたり縮んだり。
 観念した桂花がそれを目で追っていると、大きな手で視界をふさがれた。
 夜陰を這う衣擦れの音。
 ゆるやかに忍び込んできた手を拒絶しても、次には強引な態度で押し入ってくる。

 自分の領域に土足で踏み込んできた男の背中に爪をたてながら、桂花は意識を手放した。

「ほら」
 口から紫煙を吐きながら煙管を差し出す柢王に、起き上がることもできない桂花が横になったまま首を振る。
「なんだよ、吸えないわけじゃないだろ」
「願掛けで・・・・会いたい人がいる」
 疲労で、抵抗する気にもなれない。
「なにっ!?決まったやつがいるのか!?俺が調べさせた資料にはそんなこと―――」
興奮して大声をあげた柢王が、口をあけたまま固まる。
「調べさせた?」
 問うと、彼はくやしそうに舌打ちをして口を割った。
「いつもそこの窓から、通りを見下ろしてるお前に一目ぼれした」
「は?」
「で、調べさせたら、お前はここにきてから客の相手をまともにしたことがないって知って、慌てて来た。間に合ってよかったぜ」
「来た?来たって・・・あなたまさか」
「演技は役者並みだろ?」
「酔った振りをしていたって?」
「俺めったに酔わないし」
 強いもんなー。と、言いながら桂花の体にすり寄ってくる。
「・・・・会いたい奴って?」
「恩人・・・」
「ただの恩人なんだな?色とかじゃないな?」
「フ・・・ええ」
 柢王は、桂花の体を起こし自分に寄せると、煙管をムリヤリ彼の口に突っ込んだ。
 驚きむせる細い背をたたいてやると、桂花は目に涙を浮かべながら柢王をにらむ。
「お前の会いたい恩人って、吉原にいる李々か?」
「!?・・・なぜそれを」
「調べさせたって言ったろ。分かった、俺が会わせてやる」
「え?」
「あと、お前の身請けもする」
「そんなこと・・・・無理だ」
 不意に顔色を変えた桂花は、飾られていた瓶細工を手にとった。そのひょうたん型のびいどろの中には、手まりが入っている。
 どのようにして手まりを入れたのか見当がつかず、柢王は桂花から取り上げたびいどろを揺らした。ころころと中で転がる手まり。
「どーなってんだ?」
「それは、中身を抜いた状態の手まりを畳んで、びいどろの中に入れるんですよ」
「中身?」
「ええ、その際、糸で手まりの口が開くようにしておいて、そこからもみ殻や小豆などを詰め込むんです」
「めんどうだな」
 桂花は軽く頷いてつづける。
「最後は折箸で糸をたぐり寄せるようにして、手まりの穴をふさぎ、形を整えて完成です」
「なかなか手が込んでるな、お前のものか?」
「いいえ、ここにあるすべてのものは教主のものです・・・・吾も含めて。吾はもうここからは出られない、その手まりと同じ」

 パリン、と砕け散ったびいどろに、俯いていた桂花が顔を上げる。
「同じだって言うならお前も自由だ」
 壁に当たり弾かれた手まりが、柢王の手元に転がりすくいとられる。
「俺がここから出してやる」
「あなた・・・一体、何者なんです?」
 行為の最中、いつものように呼鈴が鳴らないことを訝しんで、様子を見に来た男たちをあっという間に伸して縛り上げると、別の部屋へ放り込み、とうとう出てきた教主までも倒してしまった柢王。その間、逃げることもできたのに、なぜか桂花は彼を待ってしまっていた。
「紀伊國屋蒼龍王って、知ってるか?」
「もちろん。たびたび吉原を貸し切る大金持ちの馬鹿商人でしょう」
 紀伊國屋蒼龍王は、材木で巨万の富を築いた天下の商人。そして、その紀伊國屋と並んで財を成したもう一人の豪商、奈良屋洪瀏王。
 二人は、互いの財力を見せつける豪奢な遊びとして、大門を閉めさせ他の客の出入りを禁じ、吉原を貸し切ってしまったことが何度かある。
「俺の親父だ」
「えぇっ!?」
「俺は三男で、親父の金とか店とか継ぐ必要もないから、自分で道場 兼 護衛所をやってんだけどな。この前、道場に来たやつに残った富くじを強引に買わされたんだけど、そいつが大当たり♪しちゃって、まー使い道に困ってたっていうかなんて言うか。だからお前を見受けしようかとv」
「・・・くだらないウソを」
「や、ホントだって。っていうか、どっちを信用してない?親父の方?富くじ?」
「両方ですよっ、バカバカしい。どうせつくならもっとましなウソをつけばいいのに」
 一瞬でも、信じた自分がはずかしい。
「・・・・・ま、信じなくてもいいけどな。」
 苦笑して覆いかぶさってきた柢王が、桂花のみだれた髪を梳く。
「それで?いつ吾を見受けしてくれるんです?」
「なんだよ、信じてないんだろ」
「ふふ、信じてみてもいいかな・・・あなた、よくわからない人だけど」
「ばっか、こんな分かりやすい男はいないぜ?おまえが欲しい。それだけだ」
 柢王はそのまま細い首筋に吸いついて、満足そうな笑みを浮かべた。
「よし。印もつけた。もうお前は俺のもんだ」
 やることがあまりにも幼稚すぎて、桂花は声をたてて笑った。
 今日。
 たった数時間前に初めて存在を知った男。
 けれど、桂花はこの男に急速に惹かれている自分を認めざるを得なかった。
 運命の相手だなんて、今はまだ言わないけれど。そういう出会いもあるのかもしれない。

 その日を境に、冥界茶屋から桂花の姿は消えた。


No.267 (2010/04/12 00:27) title:三千の鳥出張版〜花酔ひ〜
Name:桐加 由貴 (p4106-ipbf7004marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

注意! この小説は、遊郭を舞台にしたパロディです。
    桂花は散茶女郎(中級の遊女)、柢王はそのお客です。
    この設定がお気に召さない方は、すみませんがお読みにならないでください。
 

 開け放した窓に切り取られた夜の向こうから、白い薄片が舞い込んできた。
「散り時か」
 低い呟きに、思いがけず声が返る。
「咲いた端から散っていきますからね。お武家さまが潔いと尊ぶ所以でしょう」
 緋襦袢を肩に引っかけただけの婀娜っぽい姿で、白い髪の散茶が長煙管に手を伸ばしていた。
 火鉢にかざして吸い口を唇に含み、火がついたのを確かめてから、すいと情人に差し出す。
 受け取った柢王は桂花がしたように煙管をくわえ、煙を吸い込んで満足そうに吐き出した。
「散ったら困るんじゃないのか? おまえたちは、さ」
「お生憎。お客を呼び込む手筈に、なか(吉原)が抜かりのあろうはずがありんせんえ?」
 柢王が嫌う花魁言葉で、桂花はむき出しの両腕を柢王の肩に回した。
 後ろから頬をすりよせるように体重を預けてくる敵娼(あいかた)の、手練手管では説明しきれない心安い仕草に、柢王は頬で笑う。
 桜の名所は数あれど、ことに普段は桜のない遊郭吉原の、盛りの時期だけの花は、大門をくぐる口実を男たちに与えてくれる。遊里と言えば柳、とは大陸の影響だが、不夜城吉原を一層にぎやかす大役は、そのためにこの時期だけ余所から持って来られる桜にとっても、決して不足ではあるまいと柢王は思う。
 いや――他の地であれば主役になれようものを、大門の中にあっては引き立て役に甘んじなければならないのだから、桜にとってはやはり役不足だろうか。
「月に叢雲、花に風・・・」
 ひらひらと、桜の花びらが風に舞っている。強い風に淡い色の塊が崩され、散っていくのが目に見えるような気がした。
「どうしたんです? 今日はずいぶんと風流ですね」
 桂花が耳元で笑う。
「あなたでも、花が散るのは悲しいと思うんですか?」
「俺でも、散らないでほしいと思う花はあるさ」
 耳を掠める唇を己のそれで掠めると、それは酒の味がした。
「こら、手酌で飲むなよ」
 杯を差し出せば、丁寧な所作でそれが満たされる。徳利を奪って桂花の杯も満たしてやり、ついでのように柢王は、掌に落ちた花弁を滑らせた。
「桜の酒ですか」
 いただきます、と桂花は両手に持った杯を一息に空ける。
「お、いい飲みっぷりだな。もう一杯」
 紫水晶の眼差しが、再び満たされた杯に、次いで窓の外に向かって動いた。
「あなたの分の桜が飛び込んできてくれませんね」
「いいさ。俺が酔ってくれないのが判ってるんだろ」
 柢王は手を伸ばして窓を閉めた。むき出しの肌を打っていた風がやむ。
「俺は花では酔えない」
 それ以上の言葉を言う前に、唇がふさがれた。


No.266 (2010/02/14 16:52) title:季節の贈り物
Name:ぽち (i118-18-73-48.s10.a022.ap.plala.or.jp)

 甘い香りが微かに鼻に届く。そして人の気配。
 数日続いた重い会議、そして書類の山。横で手伝ってくれている桂花も心配するほどの疲労がたまっていたらしい。いつもより長く寝すぎたのと桂花から報告で、使い女達が気を利かせて甘い飲み物を用意してきたのかとティアは一瞬思った。
 しかし十重二十重と張り巡らされた結界、誰一人入れるはずがない。自分が許可しているのは…自分の部屋に自由に入れるのはたった一人だけだ。
「そこにいるの…アシュレイ?」
「あっ!! ゴメン…起こしちまったか?」
「ううん大丈夫。もう起きる時間だったし、少し余分に寝ちゃってたかもって思ってたから」
 身体を半分起こし、寝台の上から声のするほうへ視線を向ける。
 アシュレイも、まだ早いからもう少し寝ていろと甘い香りのするマグカップをベッドサイドのテーブルに運び、チョコンと寝台縁に腰を下ろす。
「ね、何かあったの? こんな早い時間に君がここにいるなんて…。人界で……」
「いや、毎日深夜までの会議でおまえが疲れ切ってるって──────お前の秘書から連絡を受けてっ…」
 酸欠の金魚のように口をパクパクさせて、しどろもどろに桂花から連絡を受けてこちらに様子を見に来たことを報告するアシュレイに、ティアはにっこりと笑みを浮かべて、両手を広げ自分のところに来るように仕向ける。
 が、頬を真っ赤にして視線を外し、サイドテーブルに置いてあったマグカップを物も言わずアシュレイはティアの方へ渡す。
「え? 何?」
「いいから飲め」
 濃く甘い香りが寝台中に広がる。ティアはゆっくりとカップを受け取り一口、口に含む。
「甘いね」
「そーか、お前用に作ったって言ってたから甘いんじゃねぇのか?」
 熱くなかったか? と、猫舌なのを知っているので心配しつつも口に含めたことで少しは冷めたのかなと安心し、桂花から『薬だ』と聞いてきたので苦いのではないかとハラハラしていたが、ティアの一言でホッとしながらアシュレイはティアの方を向く。
 ティアの方も用意してくれたのは桂花なのだなの言葉から取れるが、アシュレイに何も言わない。二人が自分のために気を使ってくれていることがありありと伝わってくる。
「で、アシュレイ。今日は一日ここにいてくれるの?」
 霊力でカップをテーブルに戻し、そのままアシュレイを寝台へ引きずり込み、ぎゅうぅぅぅっとアシュレイの感触を全身で感じ取るように抱き締める。
 アシュレイも抵抗することなくティアにされるがままになっているが、無情な一言がティアの耳に届く。  
「悪ぃな、直ぐに戻んねぇと。黙って来ちまったからな」
 部下を放り出してきちまったし、今回はお前の顔だけ見に来ただけだ と、苦笑いを浮かべるアシュレイにティアは、離すつもりはありませんとばかりに更に力を込めて抱きつく。
「な、あんまし無理すんなよ。お前…守護主天は1人しかいねぇんだし、代わりは誰もできねぇんだから」
 ティアの髪を優しく撫でるアシュレイにうっとりするが、抱き締める腕の力は緩むことはなかった。
「ほら、お終いだって」
 ポンポンッとティアの肩を叩き無理やり引き剥がすと、アシュレイはいつもの如く窓から出て行ってしまった。

「ありがとう、君のお陰で嬉しかった」
「そうですか? それは良かったですね」
「それにしても、あの甘い飲み物はなんだったの? 桂花」
「ホットチョコですよ、セミスイートチョコ」
 ニヤッと笑う桂花に、ティアは一瞬考えを廻らし今日が何の日か思い出す。
「本当にありがとう、きっとアシュレイは気付かなかったと思うよ。──柢王にも用意したの?」
「もちろん、特別なものをね」
 今日の書類はこれです と、机につっと山積みの書類を渡し、午後の会議前に片づけるべくサラサラとティアはサインをし始めた。


No.265 (2010/01/15 20:18) title:たからもの
Name: (p1073-ipbf1108marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

 ティアが八紫仙に連れられ会議へ向かったあと、彼の部屋でひとり暇を持て余していたアシュレイが、何気なく机のいちばん下の引き出しをあけると、平たい紙の箱が入っていた。
 何が入っているのだろうと、遠慮なくあけて、首をかしげる。
「なんだ?これ・・・」
 中には透明なファイルが、数枚重なって収められていた。
 取り出してみると、チョコレートかキャンディーが包まれていたであろう銀の紙が、きれいに皺を伸ばされ正方形の状態で挟まっている。
 そのすぐ下に、ティアの字で、なにか書いてあった。

『アシュレイからもらったチョコレート』

「・・・・は?」
 わけが分からないまま次のをめくる。

『アシュレイと交換したチケット』

「なんだ?」
 次のも、そのまた次のも、ゴミとしか言いようのないものがファイルされていた。
「なんだよコレ・・これじゃあ俺がティアにゴミしかあげてないみたいじゃないか」
 柢王が居たら「 問題はそこかっ!? 」と突っ込まれるであろうアシュレイのズレた感覚に、この後ティアは助けられることとなる。

 会議が終わるまで待っていると言ってくれたはずなのに、大急ぎで戻ってきた時、部屋に期待の笑顔はなかった。
「え・・・・帰っちゃったのアシュレイ・・」
 うるさい八紫仙の言うこともガマンして聞いたし、上の空にならないよう部屋で待っているアシュレイのことを考えないで頑張ったのに・・・。
「退屈だったんだろうな・・・お菓子だけじゃなくて動物の写真集とかも用意しておけば良かった」
 大きな椅子に体を預けガックリとうなだれていると、いきなり突風が吹いて、書類を数枚持って行かれてしまった。
「あぁっ、窓が開いてたのか」
 しゃがみこんでそれらを拾い集めていると、見覚えのある靴が視界に入る。
「アシュレイ」
「会議終わったのか」
「うん・・帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと出てた」
 一緒に書類を拾い終わったアシュレイが、ポケットからなにやら取り出して、ティアに手渡した。
「なに?」
「やる」
 一瞬、泣きそうな顔をしてから、ティアは結んであるリボンを外して丁寧に包み紙を開いていく。
「・・・その紙とリボンは捨てろよ」
「えっ・・・・・わかってるよ?」
 ギクリと止まった指をすぐに動かしながら、ぎこちなく笑ったティアは中身を見ると声をあげた。
「わぁっ!香袋だね!?」
「気に入ったか?」
「うん!ありがとうアシュレイ!」
 淡いクリーム色をしたレースの袋は、香り玉を入れられる。
「でもなんで?」
 誕生日でもないのにアシュレイからのプレゼント。不思議に思ったティアが問うと、アシュレイは正直に、勝手に引き出しの中の箱を見たこと話した。
「や・・・やだ、な、見たの?アシュレイ・・」
 めまいを覚えてふらついたティアはその場に座り込んでしまった。
(どうしよう・・・変なことしてるのバレちゃった・・でも・・それなのにプレゼントくれるって・・・?)
 青ざめたティアの肩をポンポンとアシュレイがたたく。
「大丈夫だって、誰にも言わねぇよ。うちの使い女にもいるぜ、きれいな柄の包装紙とか空箱とか記念のチケットとか捨てられないやつ」
「えっ?・・うん、そう!私も捨てられないんだ!」
「でもあれは捨てろよ。食いモンの包み紙やらケシゴムのケースやら。俺がお前にゴミばっかやってるみたいじゃんか」
「うん。わかった・・・それでこんなステキなプレゼントを用意してくれたの・・・」
 ホッとして笑顔を見せたティアにアシュレイが頭をかきながらつけたす。
「まあ・・さ、お前はなかなか自由に出歩けない身だから、ああやって想い出のチケットをとっておくんだろ?だから・・・やっぱりチケットはとっといていい。俺が天界一の強い武将になったら、お前の護衛して色んなとこ連れてってやるからな」
「アシュレイ・・・」
 今度は本当に涙ぐんで、ティアはアシュレイの体にしがみついた。
「ありがとうアシュレイ、ありがとう・・・大好きだよ」
 アシュレイの顔に頬擦りしたドサクサにまぎれ、ぷにぷにのホッペに唇を押しつける。
「わーかったって、くすぐったいだろ、こら、ティア離れろって」
「本当に大好きなんだ」
「そうかよ」
 みんなの人気者のティア。
 きれいで頭がいいティア。
 誰にでも平等に優しいティア――――――でも本当は平等じゃない。
 彼が、ほかの誰より自分のことを、優先してくれていることが嬉しい。
「ほら、いいかげん離せ」
 笑いながらやわらかな金の髪をクシャッとして、いつまでもしがみついているティアを剥がすと、アシュレイはさっきのファイルを手にとりチケットだけ抜き出して他のものをあっという間に燃やしてしまった。
「あーっ!?」
「・・・なんだよ、分かったって言ったろ?」
「・・・・・そうだけど・・」
 アシュレイが帰ったら、箱に結界を張って別の場所に隠すつもりでいたのに、せっかくコツコツ集めていたティアの宝物は、想い人の手によって、跡形もなく消されてしまったのであった。

(でもいいや。いちばんの宝物は、きみ本人だもの)

 その笑顔が見られるだけで、幸せになれる。
 これからさきも、ずっと。いちばん近くにいたい。
 残ったチケットを手に、ティアは想い人に向かって微笑んだ。


No.264 (2009/11/13 00:01) title:ニュースが終わった時間
Name:未和 (p1085-ipbf5405marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp)

「お疲れ様でーす」「お疲れーっす」

 放送が終了したスタジオはホッと緩んだ空気が流れる。
スタッフ達はそれぞれの持ち場から三々五々片付けのために散っていった。
 本番中とは打って変わって緩慢な動作でスタジオ内を交差するスタッフ達の間を、ほっそりとした肢体が流れる風のようにすり抜け、スタジオを出て行った。

「お疲れー!」
 後ろから軽やかな足音と共にポンと肩を叩かれた。誰か、は振り向かなくても分かるが、桂花はため息と共に仕方なく振り向いた。
「お疲れ様です」
予想通りディレクターの柢王がニコニコと立っていた。
「いやー、今日もばっちり、完璧だったぜ、桂花。さっすがだな。ティアがいなくてもお前一人で番組成り立つじゃん」
「あの人のあの行動は今に始まったことじゃありませんから。誰だって慣れます」
桂花は素っ気なく言い、ついでにいつの間にか肩に回されていた腕をぺっと払い落した。
氷の方がまだ温かみがありそうな対応にもお構いなしに柢王は上機嫌で再び喋り出した。
「そっか?ま、お前が慌てたところって見たことないけどな。いつだったかカメラ担いだまま川ン中入ったアシュレイ追ってティアも水ン中入ったはいいけど溺れかけて。それがばっちり生で流れちまった時だってお前慌てず進行したじゃんか。あいつ、泳げないくせにさー、アシュレイのためなら文字通り火の中水の中なんだからな」
「彼ならカメラ捨ててでも助けるのは分かっていましたから」
「そーそー。本来なら上から怒られるところだったのが、溺れた拍子にいつの間にか手に犯行の証拠品握っていたんだよな。それがまたスクープになっちまったのと、お前のフォローのコメントが効いてお咎めなしになって。あいつら、わざわざネタ拾いに行かなくても存在自体がネタなんだよな」
桂花はヘラヘラ笑っている柢王を冷ややかに一瞥するとさっさと歩きだした。
「あ、待てよ、桂花!」
柢王が慌てて後を追った。
 廊下を行き来するスタッフ達の会釈や挨拶に軽く手を上げて返しながらも、柢王はなおも喋り続ける。
「お前、最近忙しいじゃん?ちゃんと息抜きしろよな」
「体調管理はちゃんとしていますよ。誰かみたいに底なしの体力があるわけじゃないことくらい自覚していますから」
「俺だって消耗するぜ、たまには。だからお前で充電しようとしているわけで」
「吾は充電器じゃありません」
 報道センターに入り、自分のデスクに着くなり桂花は帰り支度を始めた。
「あっ、もう帰る気かよ。なぁたまには飲みに行こうぜ。最近全然行ってねーじゃん」
柢王は桂花の鞄を取り上げた。
「またやってますねー」
「いっつも振られるのに懲りない奴だよな」
見慣れた光景にスタッフ達が笑い合う。他の番組の人間も笑いながら眺めていた。
桂花は無表情を通し、柢王は半ば呆れているギャラリーに軽口を返している。
その隙に桂花は鞄を取り返して報道センターを出たが、エレベーターで再び柢王が追い付いてきた。
「本当に冷てーな。置いて行くことないだろ」
「一緒に帰る約束なんかしていないでしょ」
「俺はお前と一緒に帰りたいの」
柢王はエレベーターの回数表示を見つめたままの怜悧な美貌をじっと見つめた。桂花はちらりと視線を寄こして、また視線を戻した。
「最近、飲み会にお忙しいんじゃないんですか?女子大生やOL相手ばっかりの」
「あれは単なる情報収集だぜ。情報だってタダじゃもらえないんだ。俺はお前がいるから気が乗らないけど、メンツが足りないって言われるし…」
「まったくどんな情報なんだか」
「すぐにはニュースにはならないけど、情報は色々ストックしておかないと。どこでどう繋がるか分からないわけだし。ほら前だって、俺が六本木のクラブで掴んだネタ、議員の収賄と繋がって話題になったじゃん」
「次はどんなスクープを持ってきてくるんでしょうね。そのうち社長賞でも、もらえるんじゃないですか?」
「社長賞なんかいらねーよ。俺はお前に認めてもらえる仕事ができればそれでいいんだ」
「別に認めてないわけじゃ…」
桂花は小さな声で言った。
 これでも日本一の高視聴率を誇る報道番組のディレクターである。話題に対して目も鼻も利く。取材の目筋も良い。編集会議でも番組中でもさり気なくチームを引っ張る頼れる男なのだ。
普段はただのチャラ男に過ぎないが。
 いつも若いスタッフと一緒に小学生のように騒いでいるくせに、何かの拍子に桂花に見せる温かくて力強い視線が、無言で励ましてくれる。色々なマイナス感情が誘蛾灯に群がる蛾のように纏わりつき、心身を食い尽くされそうになるこの世界で、彼はよすがとも言える存在になっていた。

…なんてこと、口が裂けても言えないが。

とは言え、この男は桂花のそんな心中をとうに見透かしている節がある。腹の立つことに。
そんな時、彼のことが少し苦手になる。
どんな顔をして良いか分からないから、桂花は俯かざるをえなくなるのだ。
そんなところ、誰にも見せたことがなければ自身でも見たことがない。
彼と出会って知らない自分がどんどん出てきてしまうので、時々自分が怖くなる。
知らない自分を、自分は制御することができるのだろうか?
制御できなくなったら、この人は手に負えなくて去ってしまうのではないだろうか?
ほら、また思考が意図しない方向へと流れてしまった。
無意識にそんな風になってしまう自分が不安になるし、腹立たしくもなって嫌になる。こんな時は一刻も早く離れたいのに、この男は素知らぬ顔をして桂花の傍にいる。

振り回しているようで、自分が振り回されているのだ。

愛おしくて堪らないのだ、と雄弁に語る目で桂花を見ているのが分かる。
早くエレベーターが来てほしい。胸が苦しくて堪らないから。

それなのに行先回数は相変わらずノロノロと動いている。こんな時に限って利用者が多い。
 無言でエレベーターを睨んでいると、背後から声が掛った。
「あっ、柢王、何してんだよ。もう行くぜ!」
柢王がギクリと体を強張らせた。
振り向くと柢王の同期の男性2人が廊下の向こうから手を振っている。確かバラエティ番組を担当していた。
柢王が妙にギクシャクとした動きで振り向いた。
行先表示は一つ下の階を示している。
「主催が遅れてどーすんのよ」
「今日は美人CA勢ぞろいなんだろ?一段と期待できるよなー」
「夜間フライト、行きませんか?とか言われちゃったりしてー!」
絶妙なタイミングで現れ、勝手に盛り上がっちゃっている友人達を、柢王は引きつった笑顔で見つめた。
 チーンと軽やかな音がして、エレベーターが到来を告げた。
柢王が慌てて振り向くと桂花はすでにエレベーターに乗っていた。
「け、桂花っ、これは…」
「世界の果てまで飛ばしてもらってきて下さい」
桂花は1階のボタンを押した。
「今夜は帰って来ないで下さいね」
にっこり笑顔の桂花を乗せたエレベーターは柢王の鼻先で重い扉を閉めてしまった。

 柢王は呆然とエレベーターを見つめた。
 
 今夜は約2週間ぶりに侘しく自分のマンションに帰宅しなきゃならないらしい。

                               …自業自得だけど。

2人が秘密の交際を始めて、まだ間もない頃のお話…。


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