[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1008件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.253〜257] [No.258〜258] [No.259〜263→]

No.258 (2009/07/07 21:23) title:Je t‘aime,moi non plus──The addition of Colors──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

と、
「俺たちの好きは、なんだって──?」
 背後から、ものすごく聞きなれた声が、妙に機嫌よさそうに尋ねた。
 が、その響きはなんでだか乾いた空気で火災注意の真冬の晴れ日を思わせた。なぜかすぐに振り向く気になれず、アシュレイは思わずまなざしで桂花を伺ってしまう。と、クールな機長は顔色も変えず、側に来た男の顔を見上げて、
「早かったですね、柢王」
 やっぱりこれは柢王? アシュレイはおそるおそる振り向いて、息をつく。たしかにそこにいるのは制服姿の柢王だ。
 が、日差しのようなあたたかな男のその、笑顔の後ろにある『晴れの日の後には寒波が来ますよ』というような底知れない気配はなじみのないものだ。
 目をぱちくりさせた機長の頭上で、大親友はその恋人のきれいな顔を見つめて、
「偏西風に乗ったからな。つか、なんか取り込み中みたいだけど、深刻な話?」
 笑みを浮かべながら、ちらりと下げた視線が、まだ桂花の腕を掴んでいるアシュレイの手の上でバウンド。瞬間、こすった下敷きで毛を撫でられた猫のように赤毛機長の肌に粟が立つ。なんかここものすごい静電気だけどなんでっ??
 が、クールな機長は軽く肩をすくめるようにして、
「こんな場所で取り込める話題なんて知れたものです。アシュレイ機長、柢王が戻ったならオーナーのところへ伺いましょう。そろそろいい時刻だと思いますよ」
 さらりと言って立ち上がる。
 自然、アシュレイの手は桂花の腕から離れたが、アシュレイも柢王が戻ったのにそれ以上話は続けられない。なんでもわかってくれる大親友だからよけいに言えないこともあるのだ。頷いて、
「だよな。俺、ちょっとティアのとこに電話してみるから」
 話はまた聞いてもらおうと、気持ちを切替え、電話をかけに廊下に出て行った。

 その、背後で──
「ねぇ、いまの見た? 桂花機長とアシュレイ機長のツー・ショット! あれってなにー?」
「アシュレイ機長が真っ赤になって桂花キャプテンの腕掴んでたわよねぇ!」
「やっぱりあのふたりラブラブなのかしらっ」
「えっ、でも柢王キャプテン見てよ、なんかちょっとあのふたりのツーショットも……」
 こわいんですけど……。呟いた、CAの言葉を証明するかのごとく、窓の側では目端の利く人なら気づく、なにかふしぎな空気が立ち込めている。
「──で、いまのはなに?」
 荷物足元、腕組みした黒髪機長が桂花に尋ねる。笑顔の割りに瞳の色はグレイで、例えていうなら豪雨の前の空のよう。桂花がそれに落ち着いた顔で、
「なに…って、ただの世間話ですが?」
「って、こーんな世間話って、あんの?」
 と、腕組み解いた柢王が桂花の腕をガシッと掴んだ。瞬間、後方から黄色い悲鳴が上がる。
が、クールな機長は、低気圧の気圧配置を瞳の中に隠し持つ恋人の顔をまっすぐ見つめ、
「あるかどうかというより、あったのだからあるのでしょう。そんなことより、吾たちも出た方がいいのではありませんか。アシュレイ機長が電話したなら、オーナーはたとえ無理をしてでもすぐにいらっしゃると思いますよ」
 落ち着き払った答えをよこす。
 その冴えたまなざしをじっと見つめた柢王も、ああと答えると腕を放して、
「ま、ここじゃあれこれ気が散るから置いとくにして、うちに帰ってからでも話はできるよな。どうせ俺たちは明日は休みなんだからさ」
 にっこりと、微笑んだ機長に、クールな機長は見惚れるような笑みをよこして、
「きっと、うちに帰るまでには、忘れてしまっているでしょうね」
 スーツケースを掴むと歩き出す。
 確固としたその背中を、舌打ちした機長が同じくスーツケース掴んで追いかけて、出て行くふたりの背中は白と黒とにチェスボードの上のような微弱な緊迫感。残された人たちは、静電気に吸い寄せられる埃のごとく、なぜとわからないまま視線を奪われている。
 
                    *

「ほら、アシュレイ、君の好きな北京ダック!」
「わっ、わかってるって、そんないちいち言わなくても!」
「あ、ほら、君たちは体が資本なんだから、ちゃんと野菜も食べなくちゃ」
「だから自分で食うって言ってっ…んぐぐっっ!」
「わっ、そんな感激するほどおいしいの、アシュレイっ!」
 と、目をハートマークにしたオーナーが感激する隣の席で真っ赤な顔で手足ばたつかせている機長は、ただいま口に突っ込まれた青梗菜が丸ごと食道通過中。息ができないので慌てているだけだ。
円卓の向かいの席からそれを眺めた柢王が、
「……な、さっきの世間話の内容って、あの新手のいやがらせと関係あること?」
 複雑な目をしながら隣の桂花にささやいたのは、某高級ホテルの最上階にある評判の中華料理店。お仕事帰りの経費でご飯の真っ最中だ。
 美しい照明とテーブルセッティング。洗練された空気漂うその店の上席にも関わらず、次々に繰り出されるあーん、攻撃に、
「ティアっ、おまえさっきからなぁっ!」
 ようやく青梗菜飲み込んだ機長が赤い顔をして叫ぶ光景がさっきから何度繰り返されているのか。だが、仕事帰りのスーツも艶やかなオーナーは、きれいな顔を嬉しそうに上気させて、
「嬉しいよねぇ、君と一緒にご飯食べるの、すごく久しぶりなんだもん。たくさん食べてね、アシュレイ。あ、柢王も桂花も遠慮しないでどんどん食べてね、ここ、なに食べてもおいしいんだよ」
 と、一応、ほかのふたりの存在も忘れていないらしく微笑んだ。が、その瞳は完全ハートマーク。それを見た黒髪機長は心の中で、
(つか、おまえ、絶対食いたいもん、違うよな、ティア……)
 確信を持ってそうつぶやいた。
 もとがオーナーとパイロット、バラバラのシフトで働いている四人だ。柢王が、同居中の恋人である桂花と揃って食事するのだって月に半分あればいいところ、だからこの四人が揃って会うのも実に、クリスタル・アイランド以来、ということになるのだが──。
(島でなんかあったんだろうなぁ──)
 そもそもティアはデュラム・セモリア教徒がアルデンテ命を信条にするのと同様に、生まれながらに血管にアシュレイ命が流れているようなアシュレイ信者だ。
 だが、幼馴染で大の親友であるふたりの関係は、少なくともこれまではそんなセクハラ──もとい、強烈な押しの嵐を生み出すことはなかったはずで──まあ、近似事項はあるにしろ──だからこそ、ティアがまるでネジが外れたようにいきなりセク…いや、アシュレイに対して押しまくるには、なにかそうなるきっかけがあったと考えるのは妥当なのだが……。
(っても、アシュレイがあれじゃあなぁ……)
「はい、アシュレイ、あーんしてっ」
 蓮華にかに玉掬って差し出すティアに、
「だから、俺はひとりで食うって言ってるだろっ」
 文句言うアシュレイは照れているのではなく、怒っているのだ。いや、半分は困惑? 周囲から好奇の視線が向けられるなか、顔から火が出そうな様子でティアのセク…ええと、強烈なプッシュに耐えている。
 勝気で強気で一途な親友は子供のときから恋愛関係においてはおくてで、うぶ。遊び散らしていた柢王やそこそこあれこれいろいろオトナのジジョーとかあったティアとは違う。ただの人間関係だって時に不器用なほどこなれていないのに、
(あんなセクハラ、困惑するに決まってんだろうに──)
 なにがあったか知らないが──というか、ティアの態度は暴走しすぎて、なんかそれ、いやがらせ? と言いたくなるほど浮かれている。
「つか、なんとかは紙一重っていうか……」
 もしかして、仕事が大変すぎて大事なネジの二、三個、どこかに落としたのではないだろうかと、リゾート帰りでネジとか箍とか外れた人たちをたくさん見てきた黒髪機長はひそかにつぶやく。
「だから、ティア、俺は自分で食うって言ってるだろっ」
 冷や汗かきながら、ティアの差し出す蓮華を押し返そうとするアシュレイの瞳が、救いを求めるようにちらっ、と柢王──を通り過ぎて桂花に向く。
 瞬間、黒髪機長のなかに、なにかめらっとした青い火花が散ったのは、先刻のカフェテリアでの様子を思い出したからか。
 もとが人間関係に不器用なアシュレイは、誇りも高い、子供のときから誰かに相談することができないたちで、ふたりのことを知り尽くしている自分にティアのことを話すのはかえって難しいかしも知れないことは柢王にもわかる。
 だから、アシュレイが桂花に相談したのかも知れない、ということは柢王にも察しはつくのだが──
(だからってさ──)
 柢王は視線をちらと隣にいる桂花に向ける。目の前のセクハラにも動じた様子もなく、淡々と食事を口に運んでいる恋人の顔はいつも通り冷静そのもの。
 だからこそ、その、
「オーナー、近頃、お仕事はいかがですが」
 さりげなく円卓の肉の皿を柢王の前に押しやりながら尋ねた桂花の声に、我に返った─のかはわからないが─のか、
「ああ、そういえば、これはまだ本決まりじゃないんだけどね」
 もしかしたら今度、VIPフライトの話があるかも知れないんだよね、と話し出したティアに、開放されたアシュレイがホッとしたように、息をつき、感謝のまなざしを桂花に投げたのが、また柢王の気圧を低くする。
 いや、別に、なんということはないといえばない、はずなのだが──なんとなく面白くない気持ちがあるのはなぜなのか、黒髪機長本人にもわからないのだが。
 が、フライト命の親友はすぐにその話題に飛びついて、
「VIPって、うちが機体貸すのか?」
 民間の貸切ならともかく、いまどき、VIPフライトといえばその国の軍が操縦して行うのが普通だ。昔みたいに何々航空が旗立てて国賓を送迎ということはめったにない。
 と、オーナーは仕事のときの顔でちょっと苦笑いして、
「機体もだけど、たぶんパイロットも──でもいまはまだそういう話があるかもしれない、という程度だから詳しいことは話せないけど」
「って、うちのパイロットが乗るってことか?」
 と、アシュレイがさっきまでのセクハラを忘れた顔で目を丸くする。
 その父たちからかつての話は山ほど聞かされて育ったアシュレイと柢王だが、コクピットにいるパイロットも気は使うし、時間はあれこれ変更されるし大変だが、とにかくグランドスタッフやCAたちが本当に大変なのがVIPフライトだという話だ。
「もしあったら、受けるつもりか、それ?」
 尋ねたアシュレイに、ティアが苦笑いを深めて、
「名誉なお話だとは思うけど──私の一存ではなんとも言えないよね」
 そう答えたのはその、名誉とリスクと労力を会社単位で勘定したときの採算がどの程度か測りきれない、ということだろう。
 その言葉にパイロット三人はうなずいたが、どのみち、実現されたとしても、そういうフライトはたいてい、スーパー・キャプテンと呼ばれるような超ベテランが数人チームを組んで担当するのが普通で、腕はともかくキャリアはまだ若いかれらに直接関わる話とは思えない。
 だからか、ティアもすぐにその話は終わって、
「それでおまえたちは最近どうなの? あ、アシュレイ、このエビチリもおいしいよ、食べながら話そうよ」
 と、再び、エビを箸につまんで、あーん攻撃。
 赤毛機長が真っ赤になって、
「だから、おまえなっ」
 叫んだ口に、エビが押し込まれて赤毛機長が手足ばたつかせる光景が再会される。
「つか、やっぱいやがらせ?」
 黒髪機長は心底気の毒そうに、隣の恋人に首を振った。


[←No.253〜257] [No.258〜258] [No.259〜263→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21