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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.261 (2009/07/26 22:36) title:Je t‘aime,moi non plus──The addition of Colors──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

 奇妙なお食事会がお開きになったのは一時間後。終始一貫でたらめ盾に新婚ごっこを続けたオーナーはだいぶ機嫌が直ったが、
赤毛機長はげっそりしていた。
「いいか、ティア、俺は明日待機だからなっ、家までは送るけどそれ以上は知らないからなっ!!」
 本当はもう家にかけ戻って布団にもぐりこみ、今日のことは蜃気楼かオーロラだったと自己暗示かけたいアシュレイが叫ぶのに、
ティアも渋々頷いて、
「わかってるったら。でも、柢王、ほんとに大丈夫? なんだったら酔いが醒めた頃にうちから迎えを寄越そうか?」
 ティアが浮かれている間、低気圧に老酒あおっていた柢王は、すぐにタクシーに乗ったら吐きそう、というレベル。いつもなら
酔っ払うことはあっても賑やかな柢王の酩酊ぶりに、さすがにティアも心配になって尋ねたが、本人は苦笑して、
「へーきへーき。この辺なら休むとこあるしさ。だから心配しなくていいからな」
 その傍らに立つ桂花もうなずいて、
「おふたりとも明日は仕事でしょう。心配はいりませんから気をつけて帰ってください」
 揃ってのその言葉に、ティアも頷くしかなかったが、
「じゃ、桂花、なにかあったら遠慮しないでいつでも電話してね」
 念を押すと、アシュレイとふたり、タクシーに乗りこんだ。

「──大丈夫ですか、柢王?」
 親友たちが消えた瞬間、げっそりした顔で膝の間で頭を抱えた男に、桂花が尋ねる。その男はその姿勢のままくぐもったような声で低く、
「大丈夫じゃない──つか、まじで気持ち悪い」
「あんなにハイペースで飲むからですよ。どこかで吐いてきますか?」
 桂花は尋ねたが、柢王は首を振り、
「いや、平気──つか、ぐらぐらする。なんか船酔いみたいな感じ」
「単に酩酊状態なだけです。冷たい飲み物でも買ってきてあげますから、ここにいてください」
 桂花は冷静に言うと、立ち去ろうとした。と、柢王がその手首をぐっと掴んで、
「だめ。どこにも行くな」
 駄々っ子みたいに唇を尖らせる。桂花があきれた顔でその顔を見返して、
「子供みたいなことを言っても、この場合はかわいくありませんね。朝までこのままでいるつもりなの?」
 柢王はそれにいーやーと首を振って、
「うわ、ぐらっとくるぐらっと」
 回る酔いにふらふらしながらも、桂花の手は掴んだままで、
「うちに帰る。そんで、話の続きをする」
「──まだ忘れてないですか」
 言った桂花の手首を掴んだ手にぎゅっと力を入れて、
「って、忘れられない光景だろ? 長旅から帰ってきたらさ、目の前で恋人が親友と手つないでさぁ──それ追求しなくて
なにするんだ?」
 再びグレイの瞳して鋭く──据わった目では最大限に鋭く、だが──見上げた柢王に、桂花は、
「手をつなぐのと腕を掴まれるのはまったく違いますよ」
「えーっ──んじゃさ、俺のことだけ愛してるって言って、ここで」
 とまだ瞳据わった男はわがままを垂れる。どこまでがわがままで、どこまでが本気か──測れない鋭さが宿るその顔に、
「愛してる、ですか──?」
「そ。俺のこと、愛してんだろ?」
「……さあ、どうですか──」
 答えた機長に、柢王が、はあっ?と目を見張る。勢い込んで立ち上がりかけるその顔の前に、ふいに、クールな機長が身をかがめると、ささやくように、
「吾からも聞きますけど、あなたが家に帰ってしたいことは、本当に、そんなつまらないことですか──?」
 耳朶に吹きかけるようなその声に、柢王が目を見開く。ごく間近にある恋人のものすごくものすごく美人な顔を見つめること三秒、
「いやっ、もっと大事なことあるよなっ、つか、かなり大事なこととか大事なこととかさっ!」
 いきなり瞳きらきらさせてしゃきっと正気に戻った男に、クールな機長は、
「それなら、帰りますよ」
 差し出された手に、
「うん帰ろう! つか、いますぐ帰ろうっ!」
 さっとつかまって立ち上がる柢王の姿はほとんどちぎれんばかりに尾を振りはしゃぐ犬のよう。さっきまでの酔いも
青い炎もすっかり忘れ、恋人と手をつないだまま意気揚々とタクシーを止めると自宅に直行便。
ある意味、ものすごく幸せな人たちだ。
 
 と、そんなカップルのそんなカップル振りを知らないタクシーのなかでは、
「桂花、大丈夫かなぁ。やっぱりうちから誰か迎えに寄越そうかなぁ」
 後部座席でティアが心配そうにきれいな顔をしかめていた。柢王が飲みすぎた理由はわかっているし、本人はパイロットで
限度がわかっているにしても、別れた場所は繁華街だし、
「桂花を残しておくのも心配だしなぁ……」
 悪い男が来ても桂花は相手にしないだろうが、でも気がかりだ。思わず、後ろを振り返ったティアに、
「あいつなら心配いらない」
 アシュレイのきっぱりした声が言った。えっ、と尋ねたティアに、真っ直ぐな瞳を向けて、
「あいつなら何とかする。それにどうでもダメなら電話してくるだろ、俺たちがいるんだから」
 はっきりと言い切ったアシュレイに、ティアは瞳を瞬かせる。
 心のなかの半分は感動している。
(君だって心配してるくせに、そんなに信用してるんだね!)
 が、残りの半分はその感動があるだけに、めらっとした焔がちらついて、
「君って、桂花のことよくわかるようになったよねぇ」
 なんだか意地の悪い声で聞いてしまうと、アシュレイはとたんに真っ赤になって、
「あいつは柢王が好きな奴だから──だからしっかりしてるに決まってるだろっ」
 そして、パイロットとしてはとっても信用している。ティアは心でつけ加え、そしてひそかにため息をつく。
(君って、本当に君、なんだよね──)
 『大きくなったら俺がおまえを乗せて飛んでやるからな!』──子供のときにアシュレイが言ってくれた言葉はいまもティアの
耳の奥に残っている。老舗会社を若造が背負うのは決して平坦な道ではなく、泣き言を言いたいこともあった。そんなときに
その言葉がどれだけ勇気と目標意識を与えてくれたか知れない。
 同じ場所にいられなくても、心はきっと側にいる。
『今度は俺が、世界一のパイロットになって、おまえを乗せて飛んでやるからな!』
 クリスタル・アイランドの砂浜で、瞳を輝かせて誇らしげにそう言ってくれたアシュレイの顔を思い出すと、アシュレイに
とっても自分は特別で大事な存在なんだと、嬉しくて、胸が熱くなる──熱くなり過ぎ、理性が焼き切れたのがいまのティアだが。
 いまも、アシュレイが桂花のことを信頼しているのを、嬉しいと思う気持ちと、自分のことだけ考えていて、と、ちょっと面白くないような気持ちと。
 どちらもあるけれど、でも、本心は、たぶん、嬉しい。そんな自分の気持ちがちょっと悔しくて、
「ね、泊まってって」
 ねだるようにそう尋ねると、アシュレイは、
「明日仕事だって言っただろうっ」
「うん、だから、間に合う時間に君の家まで送らせるから。だって君とゆっくり話す機会はあんまりないし、最近は私も君の便に思うように乗れてないし」
 月に一度が「しか」なのか「も」なのかは本人規準だ。
「私たちは柢王たちと違って、同じ家に帰るわけじゃないんだもん。もっと君と過ごしたいよ」
 文の前半はカップルじゃないから当然に違いないが、恋は盲目のオーナーは自分の発言でも前半は無視して後半に力を込めて訴えた。
 と、赤毛機長はちょっと驚いたような顔をしたが、
「お、俺だって、おまえと会いたいと思ってるぞ」
 今度こそ、照れたように窓の外に目を向ける。瞳がちょっとうろうろして、基本、ふだんのティアは大好きなアシュレイにとっては照れはするが本心だろう。
 が、その言葉にさくっ、と理性跳ね飛ばしたオーナーは瞳輝かせて、
「ほんとっ? じゃ泊まってくれる?」
「えっ、でも、あの──」
「私のこと考えてくれてるなら泊まってってくれるよねっ?」
「そ、それはっ…だけど、もしフライトになったら……」
「そんなに夜更かしなんてしないよ。それにまだ時間は遅くないし」
 宵の口と言ってもいいはずだ。
 アシュレイがその言葉にうーんと考えこむ。ちらと腕時計を見たところを見ると、万が一フライトだった時の体調管理が
万全かどうか測っているらしい。
(あとひと押し!)
 ティアはにわかに活気づく。アシュレイが泊まってくれるなんて久しぶりだ。かわいい寝顔を堪能しながらちょっといたずら
なんてしちゃおうかなぁぁぁ、など妄想が勝手に膨らんで、つい力んでもう一歩、
「ね、私のこと、愛してるなら泊まって」
 うっとりするような笑顔で誘ったところ、赤毛機長は首筋まで赤くなり──そしてわなわな震え出した。照れてるのかなぁと、
オーナーはときめいたが、ついに堪忍袋切れたアシュレイは握り拳固めると大声で、
「愛してるわけあるかーーーーっ!! 運ちゃん、このまま俺の家に直行だーーーーーっ!!」
「ええええええーーーーーーーっっっ!!!」
 
 
 後日──
 一面の窓から離発着の機体を望める天界航空本社ビルの最上階では、
「そうか。そうだよねぇ、やっぱり、アシュレイにだって心の準備が必要だもんねぇ──」
『そーそー、やっぱおまえ、押して押してちょっとは引くぐらいじゃないとだめだって』
 キレた赤毛機長に自宅に逃げられ、ひとり寂しく夜を過ごしたオーナーは、電話でステイ先の親友に恋愛相談。
 こちらは違って恋人とステキな夜を過ごした親友は嫉妬のこととか自分は過去押せ押せ押せしかなかったこととか、そんな
ことはすべて忘れた上機嫌な無責任さでうんうんうなずき、
『ってことで、ま、回こなせばなんとかなるって。俺、そろそろ出るから切るわ。ま、がんばれよ』
「うん、ありがとう、柢王。また相談するねっ」
 と、こういうときには当てにしてはならない親友の助言に礼を言ったオーナーは、よしと机を向き直る。
 そこにあるのは青い海と空が白い砂浜の向こうに無限に広がるクリスタル・アイランドのリゾート写真。じっとそれを見つめ、
「そっか。タイミングと押しだよね。うん、負けないでがんばろうっ!!」
 きらびやかな笑顔でうなずくオーナーが、そのパンフの下にあるクリスタル王室からの手紙を見るにはまだ時間がかかりそう。
「そうだ、明日のフライトに間に合うように、アシュレイに差し入れ買ってこよう!」
 と、足取りも軽く売店に急ぐオーナーの気持ちを赤毛機長が本当に知るのはいつのことになるのか──。
 ともあれ、ある意味では、ものすごく平和な人たちの物語だ──。


No.260 (2009/07/26 22:33) title:Je t‘aime,moi non plus──The addition of Colors──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)


「ああ、そうか、桂花の新機種の研修、来月だったんだよね」
 と、ティアがうなずく。
 テーブルの上にはひとしきりの料理が並び、皿が来るたび、無理やり食わされた赤毛機長はぐったりうな垂れている。
「──ティア…おまえなぁ……」
 丸呑みしすぎてかすれた声で、ようやくそう訴えると、
「あ、アシュレイったら、口の周りにソースついてる、私が取ってあげようか!!」
 と、瞳輝かせたオーナーはナプキンに手を伸ばす──のではなく、なぜかきれいな口元、舌を覗かせる。ぞっと、前髪逆立てた赤毛機長が、
「自分で拭くからいいっ!!」
 叫んで、さっと服の袖で顔を拭きながら座ったままで半歩退いたのは、実にすばらしい防衛本能だ。と、ティアは驚いた顔で、
「ああ、もう服が汚れちゃうのに!」
 あたかも赤毛君が悪いかのような言い草。
「柢王たちがいるからって、そんなに照れなくてもいいのに──」
と、うっとりした笑顔で頬染めるその瞳は盲目を通り越して妄目──ありもしないものまで見えているような感じだ。
 言葉にならない訴えを宿したアシュレイの瞳が再び柢王をスルーして、桂花の方にちらり。と、そのSOSを受けたように
クールな機長が口を開いて、
「はい、来月の頭から十日の予定です」
 答えた瞬間、テーブルの気圧が一気圧くらい下がったような気がしたのは、その隣で、老酒の杯一気に飲み干した男のせいか──
パイロット一人につき、飛べる機種は原則一種類──。
あまり知られていないことだが、研修と試験を重ねれば増えていく路線と違い、携わる機体の種類はそうそう変わることはない。
 飛行機は3Dを飛ぶものだ。前の機種の癖でちょっとやったら車輪つけませんでした、などということは絶対にあってはならないから、機種が変わるときはそうとう時間の訓練と適性検査をこなすことになる。
 ただ、桂花が今回行くのは、そうした実際の変更訓練ではなく、最新型機種のおひろめ研修のようなものだ。旅客機の進化は
日進月歩。最も新しい機種は戦闘機と同じスティック・ラダー、コンピューターも数段高度で乗客数も増える。かなり大きな様変わりだ。
 だからこそ、その機体に先に乗るのはおそらく、叩き上げのベテランではなく、ハイテクで育った若手たち。何が起きても
なんとかできそうな腕と性格の持ち主でフライト経験もそこそこの、有能な若手。製造元メーカーが各国のパイロット相手に
行うその研修の天界航空のメンバーのなかに桂花が選ばれたのは、まあそういう理由だ。新古米はまだまだ、柢王でももう少し
フライト時間がいるだろう。
 その研修はメーカーの本社で行われるから、桂花はもちろん泊りで外国。とはいえ、それは必要なものだし、いずれ新機種が
導入されればすべてのパイロットがもっと厳しい訓練を受けることになる。その手始めの一歩のようなものだ。
 そのあたりのことは、むろん、柢王にもわかっているはずだし、お互いに乗客の命を預かる仕事をしているのだ、ふだんなら
そういうことに文句は言わないはずなのだが──
 微笑んだ柢王はまっグレイの瞳をティアに向け、
「仕事だから仕方ないけど──でも、ほんっと、あれこれ押しつけてくれるよな、ティア?」
 がくっとくるような急激な気圧変化とそれに伴う大親友の凍りそうな目つきに、今度はオーナーが、瞬間身震いして、
「なっ、なにかあったの、おまえたちっ?」
「別に──なんにもねぇよなぁ、桂花?」
「ええ、なにもありません、オーナー」
 と、黒白機長はさらーっと答えるが、そのさらーっとした答えに乗ってなにかちりちりする気配が到来。ティアは思わず、
いやが…あれこれを忘れて瞳を瞬かせた。

(て、柢王、ものすごく機嫌が悪い、よな……?)
 基本的に愛情深いし、与え上手の優しい男だが、柢王は根底の気質はかなりはっきりしている。大事なことは胸に秘めて、
笑顔で悟らせないところもあるこの男は、だからこそ自分の欲しいもの・大切なものは明確にわかっている男で、
(け、けどなんで? 柢王が桂花に対して機嫌が悪いなんて、初めて見るよな?)
 クールな機長の顔はいつも通りだが、その桂花の顔を見る柢王の目の色を見たら原因は桂花意外にないはずだということぐらい、ティアにもわかる。
だが、一目惚れした挙句押しに押しまくってようやく手に入れた恋人を、柢王がそんな物騒な目で見る可能性があると言ったら……
(うーん、私ならヤキモチ、とかかなぁ?)
 と、こんなときには自分を客観的に見られるオーナーは心でつぶやき、え?と首をかしげる。
 いや、柢王が実はかなりのやきもち焼きであることは知っている。というより、かれが桂花とつきあいだしてからわかったことだ。
 誰も、自分の心をかき乱さない相手のことで愚痴を言ったり、地団太踏むようなことはしない。それは、空の上にいるアシュレイのことを思う自分の気持ちを思えば──こんなときはすっきり理解するオーナーだが──十分に理解できる。
(私だって、アシュレイがCAたちと合コンしたらものすごく嫌だし──)
 と心で続けるオーナーの理解の正否はさておいても、そう考えると説明がつく。とうより、他に理由が思いつかない。
(で、でも、なんでいまヤキモチ──?)
 以前は誰にでも等しく無関心だった桂花は、柢王とつきあいだす頃から少しスタンスを変え、誰にでも同程度の関心は持つようになった。
その結果、遠巻きに憧れていたCAとかパイロットのなかにも露骨に桂花に対する好意を表す者もいるとは聞いているが──
(でも、桂花が一番関心あるのはやっぱり柢王だろう? だって、同居までしてるんだし。他に桂花が関心持つって言ったら……) 
ありがたいことに、自分たち──と、心で続けたティアは、再び心でえっ?と叫び、
(──ということは、柢王がいま妬いてるのって、私かアシュレイ? でも、私が桂花に会うのは十日ぶりだし、ということは──…?)
「ええーっ! アシュレイーーーーーーーっ?!」
「なななっなんだ、ティア、どうしたっ!!」
 いきなり叫ばれ、ティアが何か考え事しているらしいこの隙にちょっとちゃんとエビ食べようと箸をそろーっと伸ばしかけて
いたアシュレイが飛び上がる。
 それに対して、
『ちょっといま柢王の嫉妬ルートを考えたら君にいきついたんだけど君桂花となにかありましたっっっっ???』 
勢い込んで尋ねたかったティアは、しかし、
「いっ、いやっごっ、ごめんねっ、ちょっと君のフライトのこととか思い出してたらねっ!!」
 わけのわからない説明しながら夢中で首を振る。
 いや、本心は別のことを叫んでいるのだ。アシュレイと桂花の仲がひんやりしていたのはもう昔のことで、
(大体、君って、反感持ってた相手に限って、気を許すとすごく懐いちゃうんだしっ)
 桂花に対するアシュレイの態度の変りようにはティアも少なからず気にかかることがあるのだが、
(ここでそんなこと言ったらよけいに柢王の機嫌が悪くなるっ!!)
 当の桂花が冷静な顔でいるのに、自分が指摘なんかしたらどんなことになるのか──試してみる勇気は、ティアにはない。
 だからつい話を逸らしてしまうと、アシュレイはホッとしたように息をついて、
「いきなりびっくりさせるなよ。仕事のことなんかいま考えても仕方ないだろ。ほら、食え、うまいぞ、エビチリ」
 と、来たばかりの熱々エビチリを皿に入れて渡してくれる。
 目の前の気圧異常に気づかないどころか、自分がさっきまでしかけていた恋人ごっこのことすら忘れたようなその態度に、
ホッとする反面、ちょっとむっとしたティアはわざと上目遣いで尋ねた。
「食べさせてくれないの?」
 瞬間、ボッ、と音がしてアシュレイの顔が真っ赤になり、
「自分で食えるだろーーーっ!!」
 叫んだアシュレイの顔を、桂花がかすかにおもしろそうに見る。
 
 瞬間、気圧がぐんと下がった。周囲の客が酸素マスクを求めるような顔でこちらを見る。が、桂花の笑みを垣間見てしまった
ティアのなかにも、なにかメラッッとした青い炎が燃え上がる。嫉妬とは実に感染力の強い病だ。
「まあまあ、アシュレイ、たまにはティアもいたわってやんねぇと。だよな、ティア?」
  と、笑顔で老酒あおる柢王の底響きする声に、それが好意なのか牽制なのかはさておき、ティアも毅然とうなずいて、
「そうだよ、アシュレイ! 君は中華のお箸がなんで長いのか知ってる? それはね、儒教の精神を食卓にももたらせようという
試みなんだよ。天国と地獄には同じとても長いお箸がある。そのお箸で自分の口に食べ物を入れようとすると長さが邪魔になって
食べられない。だから自分のことだけ考える地獄の亡者はいつも空腹を抱えている。でも、天国ではみんながその長さを活かして
向かいの人の口に食べ物を入れてあげる。だからみんないつもおなかいっぱい食べることができるんだ。だから中華では人に
食べさせてあげるのが正しいんだよ」
 と即席のでたらめをさも真理のように言い放った。
 アシュレイが目を見張る。
「そっ、そんなの初耳だぞ、本当か、ティア?」
 私の願望で脚色はしてあるけど。オーナーは心でだけつけ加えてうなずいた。博識にかけてはティアを信頼しているアシュレイは
とまどったような顔をしたが、つっこむ時につっこむ男が老酒あおって、つっこまないので仕方なし、
「エ、エビチリだけだからな……」
 そっと、箸にオレンジ色のエビを掴んで半信半疑、差し出すと、ティアは恥ずかしげもなくパクっと食いつき、
「うん、おいしいっ、アシュレイ!」
さっと、蓮華に八宝菜掬って、
「じゃ、今度は君ね。あーんしてっ!」
「もっ、もういいだろ、ティアっ!」
「だめだよ、君はしてくれなくても、私は功徳を積むんだから。はいっ!」
 瞬時に柢王の嫉妬のことなどけろりと忘れ、ハートマーク飛ばして赤毛機長に迫るオーナーの姿に、周囲の客たちは津波の
前の海のような引き潮になる。
「──あれが功徳なら俺なんか毎日積みたいくらいだな」
 と、親友たちの姿を眺めながら、柢王が皮肉っぽい笑みで桂花にささやく。と、クールな機長は肩をすくめて、
「箸が長くて向かいにしか届かないなら、円卓である必要はないですね」
 柢王が注ぎ足した老酒の杯を少し離れた場所におく。柢王はそれに軽く顎を反らして杯を空け、
「それ以前にあれは儒教じゃなくて仏教の話だろ。そもそもアシュレイ仏教徒じゃねえしさ。つか、ふつうは信じねぇだろ、
あんな話」
 と、クールな美人は柢王の顔をまっすぐに見つめ、
「吾は、かわいいと思いますけれどね──」
 紫の瞳が照明にきらめいて、その瞬間、原子炉のような熱量の湧き起こった円卓に、周囲の客は今度は押し寄せる津波のごとく注目だ。


No.259 (2009/07/13 12:16) title:ループ
Name:碧玉 (210-194-218-77.rev.home.ne.jp)

『―――桂花、そこにいたのね。怪我はない?』
 膝を抱え俯いた桂花に傷がないのを確認し、李々は『よかった』と呟く。
そして悪戯っぽく『怖かった?』と目をすがめた。
 数十もの魔族の奇襲に、ただ、ただ怖くて、足でまといの自分がなさけなくて・・・
『隠れて泣くなんて男らしくなったものね♪』
『な、泣いてなんて・・・ない』
 楽しげな李々に、桂花は顔を上げ反論した。
『はいはい、泣いてなんていないわ』
 きめ細かい頬を伝う涙を伸ばした指で払い、
『怖いのを怖いって認めるのも強さの一つ。なにより難しいことだけど』
 と、李々は震えの止まらない桂花をギュッと抱きしめた。
 そして、
『そうだ、どうせなら思いっきり泣いてみない? スッキリするんじゃない?』
『そんなのヤダ』
笑って提案する李々に桂花は首をふる。
『ふふ。そう言うと思った。じゃあ・・・一生に一度。一度だけ大声で泣いてやるってのはどう?』
『一度だけ?』
『そう、一度だけ』
 今度の提案には桂花もちょっと考え、そして頷いた。
『李々は嬉しいときにも涙が出るって言ったよね。なら俺は一番に嬉しいときに泣くことにする』
『―――桂花は頭がいいわ。ふふふ・・・』
 見開いた目を細くし李々は嬉しそうに笑った。
 その鮮やかな横顔に、桂花は李々と迎えるその時を疑うことなく信じ続けた。

 過去の残夢を払い桂花は伏せた目を開いた。 
 今なら分かる。
 泣きたかったのは李々ほうだ。
 常に笑顔な彼女が時折見せる寂しげな顔。
 あの頃の吾に力があれば・・・・
 胸いっぱいに広がる苦味に顔を歪め、桂花は再び目を閉じた。
 

 テーブル一杯に広げた和菓子の山。
 包装紙から老舗和菓子屋のものとわかる。
『食ってみろよ。この味知らなきゃモグリだぜ』
 浴びせた冷たい視線も目の前の邪気なき笑顔には効果なく、嘆息まじりに桂花は口に運んだ。
『どうだ!!』
『―――美味しいです』
 素材のを生かした繊細な味に桂花は目を見張る。
『だろっ!!作ってる親父が頑固でさ「柢王さまもお並びくださ・・・」ってンなのいいから食え、食え』
 満足気に笑い、柢王は次々と桂花に菓子を押し付ける。
 並んでいたのか・・・どおりで朝から姿が見えないと思った。と呆れながらも桂花の頬もゆるんでいく。

『最高!!それ一番』
『こないだも言いましたよ』
 白い衣装をひきずり桂花は反論する。
『こないだは、こないだ。今は今。コレがホント』
『って次も言うくせに』
 あきれた口調を装いつつも口元の笑みを隠すことはできなかった。

 黒い水の中、押し寄せる過去を断ち切るよう桂花は瞳を開いた。
 思い出は風化する。だが魔族の記憶に劣はない。遙か昔の出来事すら鮮明に再生してしまう。
 李々なら消し去ることができるだろうか。
 思ってはみても、唯一残された柢王の軌跡を失くすなど桂花にできるわけもなく。
―――――『絆なんてものはけして信じてはいけない』―――――
 繰り返し唱えた李々の言葉が甦る。
 李々は正しかった。吾が従順であればこんな辛い思い、いや、此処に居ることすらなかったろうに。
・・・だが、やり直すことができたとしても吾は間違いなくあの手を取るだろう。差し出され、そして最後に残されたあの腕を。
 黒い水の中、桂花は柢王に身を寄せる。
 腕から再生された器だけの身体に。
 そして優しく微笑みかける。彼が好きだといった表情(かお)で。
 音も光りも愛をも伝わることのない恋人を胸に抱き、
 泣きたい時に泣けなかった、里親と同じ路をたどりながら・・・。
 

 


No.258 (2009/07/07 21:23) title:Je t‘aime,moi non plus──The addition of Colors──
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

と、
「俺たちの好きは、なんだって──?」
 背後から、ものすごく聞きなれた声が、妙に機嫌よさそうに尋ねた。
 が、その響きはなんでだか乾いた空気で火災注意の真冬の晴れ日を思わせた。なぜかすぐに振り向く気になれず、アシュレイは思わずまなざしで桂花を伺ってしまう。と、クールな機長は顔色も変えず、側に来た男の顔を見上げて、
「早かったですね、柢王」
 やっぱりこれは柢王? アシュレイはおそるおそる振り向いて、息をつく。たしかにそこにいるのは制服姿の柢王だ。
 が、日差しのようなあたたかな男のその、笑顔の後ろにある『晴れの日の後には寒波が来ますよ』というような底知れない気配はなじみのないものだ。
 目をぱちくりさせた機長の頭上で、大親友はその恋人のきれいな顔を見つめて、
「偏西風に乗ったからな。つか、なんか取り込み中みたいだけど、深刻な話?」
 笑みを浮かべながら、ちらりと下げた視線が、まだ桂花の腕を掴んでいるアシュレイの手の上でバウンド。瞬間、こすった下敷きで毛を撫でられた猫のように赤毛機長の肌に粟が立つ。なんかここものすごい静電気だけどなんでっ??
 が、クールな機長は軽く肩をすくめるようにして、
「こんな場所で取り込める話題なんて知れたものです。アシュレイ機長、柢王が戻ったならオーナーのところへ伺いましょう。そろそろいい時刻だと思いますよ」
 さらりと言って立ち上がる。
 自然、アシュレイの手は桂花の腕から離れたが、アシュレイも柢王が戻ったのにそれ以上話は続けられない。なんでもわかってくれる大親友だからよけいに言えないこともあるのだ。頷いて、
「だよな。俺、ちょっとティアのとこに電話してみるから」
 話はまた聞いてもらおうと、気持ちを切替え、電話をかけに廊下に出て行った。

 その、背後で──
「ねぇ、いまの見た? 桂花機長とアシュレイ機長のツー・ショット! あれってなにー?」
「アシュレイ機長が真っ赤になって桂花キャプテンの腕掴んでたわよねぇ!」
「やっぱりあのふたりラブラブなのかしらっ」
「えっ、でも柢王キャプテン見てよ、なんかちょっとあのふたりのツーショットも……」
 こわいんですけど……。呟いた、CAの言葉を証明するかのごとく、窓の側では目端の利く人なら気づく、なにかふしぎな空気が立ち込めている。
「──で、いまのはなに?」
 荷物足元、腕組みした黒髪機長が桂花に尋ねる。笑顔の割りに瞳の色はグレイで、例えていうなら豪雨の前の空のよう。桂花がそれに落ち着いた顔で、
「なに…って、ただの世間話ですが?」
「って、こーんな世間話って、あんの?」
 と、腕組み解いた柢王が桂花の腕をガシッと掴んだ。瞬間、後方から黄色い悲鳴が上がる。
が、クールな機長は、低気圧の気圧配置を瞳の中に隠し持つ恋人の顔をまっすぐ見つめ、
「あるかどうかというより、あったのだからあるのでしょう。そんなことより、吾たちも出た方がいいのではありませんか。アシュレイ機長が電話したなら、オーナーはたとえ無理をしてでもすぐにいらっしゃると思いますよ」
 落ち着き払った答えをよこす。
 その冴えたまなざしをじっと見つめた柢王も、ああと答えると腕を放して、
「ま、ここじゃあれこれ気が散るから置いとくにして、うちに帰ってからでも話はできるよな。どうせ俺たちは明日は休みなんだからさ」
 にっこりと、微笑んだ機長に、クールな機長は見惚れるような笑みをよこして、
「きっと、うちに帰るまでには、忘れてしまっているでしょうね」
 スーツケースを掴むと歩き出す。
 確固としたその背中を、舌打ちした機長が同じくスーツケース掴んで追いかけて、出て行くふたりの背中は白と黒とにチェスボードの上のような微弱な緊迫感。残された人たちは、静電気に吸い寄せられる埃のごとく、なぜとわからないまま視線を奪われている。
 
                    *

「ほら、アシュレイ、君の好きな北京ダック!」
「わっ、わかってるって、そんないちいち言わなくても!」
「あ、ほら、君たちは体が資本なんだから、ちゃんと野菜も食べなくちゃ」
「だから自分で食うって言ってっ…んぐぐっっ!」
「わっ、そんな感激するほどおいしいの、アシュレイっ!」
 と、目をハートマークにしたオーナーが感激する隣の席で真っ赤な顔で手足ばたつかせている機長は、ただいま口に突っ込まれた青梗菜が丸ごと食道通過中。息ができないので慌てているだけだ。
円卓の向かいの席からそれを眺めた柢王が、
「……な、さっきの世間話の内容って、あの新手のいやがらせと関係あること?」
 複雑な目をしながら隣の桂花にささやいたのは、某高級ホテルの最上階にある評判の中華料理店。お仕事帰りの経費でご飯の真っ最中だ。
 美しい照明とテーブルセッティング。洗練された空気漂うその店の上席にも関わらず、次々に繰り出されるあーん、攻撃に、
「ティアっ、おまえさっきからなぁっ!」
 ようやく青梗菜飲み込んだ機長が赤い顔をして叫ぶ光景がさっきから何度繰り返されているのか。だが、仕事帰りのスーツも艶やかなオーナーは、きれいな顔を嬉しそうに上気させて、
「嬉しいよねぇ、君と一緒にご飯食べるの、すごく久しぶりなんだもん。たくさん食べてね、アシュレイ。あ、柢王も桂花も遠慮しないでどんどん食べてね、ここ、なに食べてもおいしいんだよ」
 と、一応、ほかのふたりの存在も忘れていないらしく微笑んだ。が、その瞳は完全ハートマーク。それを見た黒髪機長は心の中で、
(つか、おまえ、絶対食いたいもん、違うよな、ティア……)
 確信を持ってそうつぶやいた。
 もとがオーナーとパイロット、バラバラのシフトで働いている四人だ。柢王が、同居中の恋人である桂花と揃って食事するのだって月に半分あればいいところ、だからこの四人が揃って会うのも実に、クリスタル・アイランド以来、ということになるのだが──。
(島でなんかあったんだろうなぁ──)
 そもそもティアはデュラム・セモリア教徒がアルデンテ命を信条にするのと同様に、生まれながらに血管にアシュレイ命が流れているようなアシュレイ信者だ。
 だが、幼馴染で大の親友であるふたりの関係は、少なくともこれまではそんなセクハラ──もとい、強烈な押しの嵐を生み出すことはなかったはずで──まあ、近似事項はあるにしろ──だからこそ、ティアがまるでネジが外れたようにいきなりセク…いや、アシュレイに対して押しまくるには、なにかそうなるきっかけがあったと考えるのは妥当なのだが……。
(っても、アシュレイがあれじゃあなぁ……)
「はい、アシュレイ、あーんしてっ」
 蓮華にかに玉掬って差し出すティアに、
「だから、俺はひとりで食うって言ってるだろっ」
 文句言うアシュレイは照れているのではなく、怒っているのだ。いや、半分は困惑? 周囲から好奇の視線が向けられるなか、顔から火が出そうな様子でティアのセク…ええと、強烈なプッシュに耐えている。
 勝気で強気で一途な親友は子供のときから恋愛関係においてはおくてで、うぶ。遊び散らしていた柢王やそこそこあれこれいろいろオトナのジジョーとかあったティアとは違う。ただの人間関係だって時に不器用なほどこなれていないのに、
(あんなセクハラ、困惑するに決まってんだろうに──)
 なにがあったか知らないが──というか、ティアの態度は暴走しすぎて、なんかそれ、いやがらせ? と言いたくなるほど浮かれている。
「つか、なんとかは紙一重っていうか……」
 もしかして、仕事が大変すぎて大事なネジの二、三個、どこかに落としたのではないだろうかと、リゾート帰りでネジとか箍とか外れた人たちをたくさん見てきた黒髪機長はひそかにつぶやく。
「だから、ティア、俺は自分で食うって言ってるだろっ」
 冷や汗かきながら、ティアの差し出す蓮華を押し返そうとするアシュレイの瞳が、救いを求めるようにちらっ、と柢王──を通り過ぎて桂花に向く。
 瞬間、黒髪機長のなかに、なにかめらっとした青い火花が散ったのは、先刻のカフェテリアでの様子を思い出したからか。
 もとが人間関係に不器用なアシュレイは、誇りも高い、子供のときから誰かに相談することができないたちで、ふたりのことを知り尽くしている自分にティアのことを話すのはかえって難しいかしも知れないことは柢王にもわかる。
 だから、アシュレイが桂花に相談したのかも知れない、ということは柢王にも察しはつくのだが──
(だからってさ──)
 柢王は視線をちらと隣にいる桂花に向ける。目の前のセクハラにも動じた様子もなく、淡々と食事を口に運んでいる恋人の顔はいつも通り冷静そのもの。
 だからこそ、その、
「オーナー、近頃、お仕事はいかがですが」
 さりげなく円卓の肉の皿を柢王の前に押しやりながら尋ねた桂花の声に、我に返った─のかはわからないが─のか、
「ああ、そういえば、これはまだ本決まりじゃないんだけどね」
 もしかしたら今度、VIPフライトの話があるかも知れないんだよね、と話し出したティアに、開放されたアシュレイがホッとしたように、息をつき、感謝のまなざしを桂花に投げたのが、また柢王の気圧を低くする。
 いや、別に、なんということはないといえばない、はずなのだが──なんとなく面白くない気持ちがあるのはなぜなのか、黒髪機長本人にもわからないのだが。
 が、フライト命の親友はすぐにその話題に飛びついて、
「VIPって、うちが機体貸すのか?」
 民間の貸切ならともかく、いまどき、VIPフライトといえばその国の軍が操縦して行うのが普通だ。昔みたいに何々航空が旗立てて国賓を送迎ということはめったにない。
 と、オーナーは仕事のときの顔でちょっと苦笑いして、
「機体もだけど、たぶんパイロットも──でもいまはまだそういう話があるかもしれない、という程度だから詳しいことは話せないけど」
「って、うちのパイロットが乗るってことか?」
 と、アシュレイがさっきまでのセクハラを忘れた顔で目を丸くする。
 その父たちからかつての話は山ほど聞かされて育ったアシュレイと柢王だが、コクピットにいるパイロットも気は使うし、時間はあれこれ変更されるし大変だが、とにかくグランドスタッフやCAたちが本当に大変なのがVIPフライトだという話だ。
「もしあったら、受けるつもりか、それ?」
 尋ねたアシュレイに、ティアが苦笑いを深めて、
「名誉なお話だとは思うけど──私の一存ではなんとも言えないよね」
 そう答えたのはその、名誉とリスクと労力を会社単位で勘定したときの採算がどの程度か測りきれない、ということだろう。
 その言葉にパイロット三人はうなずいたが、どのみち、実現されたとしても、そういうフライトはたいてい、スーパー・キャプテンと呼ばれるような超ベテランが数人チームを組んで担当するのが普通で、腕はともかくキャリアはまだ若いかれらに直接関わる話とは思えない。
 だからか、ティアもすぐにその話は終わって、
「それでおまえたちは最近どうなの? あ、アシュレイ、このエビチリもおいしいよ、食べながら話そうよ」
 と、再び、エビを箸につまんで、あーん攻撃。
 赤毛機長が真っ赤になって、
「だから、おまえなっ」
 叫んだ口に、エビが押し込まれて赤毛機長が手足ばたつかせる光景が再会される。
「つか、やっぱいやがらせ?」
 黒髪機長は心底気の毒そうに、隣の恋人に首を振った。


No.257 (2009/06/22 15:29) title:速やかに癒される想い
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 コポ・・コポ・・・・。
 口からこぼれていく小さな球体が、踊りながら水面に向かってのぼっていく。
 学校の屋内プールには空がない。
 歪みの向こうを水底から見ていた氷暉は、ゆっくり視界を閉じた。
 こうしていればまた、どこかのそそっかしい奴が、溺れていると勘違いして自分に向かって飛び込んでくる・・そんな気がして。

 騒がしいのはきらいだ。めんどうな人付き合いもごめんだ。
 すべてのノイズをシャットアウトして一人きり―――・・・・そんな孤立した世界に突如現れた赤い髪。
 初夏の屋外プールで、ろくに話もしない間に彼に惹かれ、珍しく自ら行動をおこしていた。
あれから、なかなか合わない時間を調整しながら、プールで待ち合わせをして特訓した。
 練習回数が少ないわりに、アシュレイは上達が早く、秋には完全に犬かきは姿を消し、誰もが認めるみごとなクロールをマスターしていた。
 しかしこのまま手放すつもりなどなかった氷暉は、背泳ぎや平泳ぎも教えてやると言いだし、今につづいている。
 そんな風に、充実した日々を送っていた彼の耳に先日、非常に不快なニュースがとびこんできた。
 以来、氷暉の胸に黒い染みがにじんで消えない。          
 水面をパシャパシャたたかれ水中から顔を出すと、氷暉の胸に『黒い染み』をつくった張本人が立っていた。
「氷暉・・・って、あなたですか」
「そうだ」
「アシュレイがいつもお世話になってます―――けど、もう結構ですよ。じゅうぶん泳げるようになったし、これからは私が教えますので」
「・・・・」
「今日はもう、先に帰しましたから。彼を待っていても時間のムダになってしまうと思い、私が代わりに」
 挑発的な瞳。
 整った顔というのは、表情を固めると、こうも冷たい印象を与えるものなのか。
「アイツがそれでいいなら異論はない」
 あのアシュレイが、一度はじめたことを中途半端にできるタイプではないということぐらい察しがつく。だからこそ、氷暉は顔色もかえずに頷いた。
「そうですか。話の分かる人で良かった。既にご存知かと思いますが『彼は私の恋人』なので」
 強調された、譲れない言葉につい反応して、氷暉の瞳が細くなる。
「――――あんたの、教室でのパフォーマンスには、アイツもかなり怒っていた。恋人?・・・笑わせる」
「笑われても。本当のことですから」
 勝利の旗を背後に掲げ見下ろすティアランディアに、怯みもせず余裕の態度で応える氷暉。
「笑うさ。俺の時みたいに、“ あいつの方から ”してきたっていうなら分かるけどな」
「!?」
「ウソだと思うならコイビトに訊いたらどうだ?」
 口角をあげた氷暉を、殺すいきおいで睨み、踵をかえすとティアは姿を消した。
 ほんの少しだけ溜飲が下がった氷暉はそのまま水をかきわけて泳ぎだす。

 俺もいい加減、おとな気ない――――。でも、これでいい、宣戦布告だ。

「氷暉」
 呼ばれた気がして止まると、赤い髪がこちらを見ていた。
 胸がざわつくのを感じながら、彼のいるプールサイドへと向かう。
「どうした、帰ったんじゃなかったのか」
「氷暉ごめん。オレ泳ぐのやめる」
「・・・・」
「でも、ちょっとの間だけだ。まだ平泳ぎ完璧にマスターしてないし」
「・・・そうか」
 ザバッと水から上がり、渡されたタオルを手にとると、頭を拭きながら赤い髪に手を伸ばす。
「――――伸びたな」
「だろ?めんどくせーけど約束だからな」
 ニッと笑うその白い歯に引き寄せられて顔を近づけたが、我にかえりとどまる。
 ここでティアランディアと同じことをしても警戒されるだけだ。自分はあの男ほど信頼があついわけじゃない。
「なんだよ」
 赤い髪に手を差しこんだまま動かない氷暉に、怪訝な顔をするアシュレイ。
「いや。それじゃあ俺も帰るとするか」
「わりぃな」
「気にするな」
 クシャと柔らかな髪を軽くつかんで離した氷暉は、シャワー室に歩いていきながら、優しい声色でささやく。
「ひとりで悩んで結論を急ぐな。お前にはオレがついてる」
「氷暉・・・」
「泳ぎたくなったら言え、待ってる・・・・あぁ、そういえば、さっきお前の恋人だと言いはる男がきたぞ」
「ティアが?!なんでっ、あいつお前になんか言ったのかっ」
 何となく察しがついているのだろう、顔が赤い。
「フン。お前に近づくな、ってことだろ」
「あのヤロ〜・・・変なカン違いしやがって。悪かったな氷暉、気にしないでくれ」
「・・・・・あのこと奴に言ったからな」
「あのこと?」
「お前が俺に施した人工呼吸モドキ」
「え゛」
「そういう訳だから、しばらくは奴に近づくなよ。ムリヤリ喰われるぞ」
 自分でライバルを扇動しておきながら、アシュレイには「気をつけろ」と言う。
 その矛盾した行為に苦笑しながら、トンと細い背中を押して、シャワー室から彼を追いだしドアを閉める。
「べ、別にティアに知られても、どうってことないからな!おれは人命救助しただけだっ」
「あれがか。ただ唇をぶつけてきただけだろう、人工呼吸というよりは、むしろ不慣れなキ・・――」

ドンッ!!

 ドアを蹴り上げる音と同時に怒号が響き、思ったとおりの展開に氷暉はわらう。
 鏡に映った顔。
 アシュレイといるだけで機嫌がいい自分、というのも滑稽だったが、かまわない。やっと自分を変えてくれる相手に出会えたのだ。なりふりかまってなどいられない。

「覚悟しろよ・・・・アシュレイ」

静かになったドアの向こうを振りかえり、氷暉は一人つぶやいた。


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