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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.230 (2008/06/15 16:03) title:カプリッチオ
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)


「へぇ、今度の週末は桂花の実家なのか?」
 茶菓子を出したアシュレイに、いとこの柢王は笑って、
「そ。冰玉の顔見せに。まだ冰玉が小さいからさ、桂花がひとりで電車乗ってつれてくのも大変なんだよな。たまにはあいつも親の顔もみたいだろうし、お義母さんが見ててくれたら息も抜けるだろうしさ」
 座布団枕に寝そべりながら答える。
 隣に住む作家の原稿待ちの間、柢王はしばしば、かつては押しかけ下宿していたおじの家に転がり込んで昼寝したりただ飯食らったりしている。今日も、間近に結婚記念日の迫った週末、嫁の実家にいくことになった顛末を話しながら、我が物顔でくつろいでいた。
 話を聞きながら夫のシャツにアイロンかけていたアシュレイは、ふと、眉をひそめて、
「けど、おまえ、向こうのお義父さんとほんとにうまくいってるのか? 俺は結婚式のときしか会ってないけど、あのスピーチは忘れられないぞ」
『桂花、いやになったらいつでも戻ってきていいからねっ、パパはおまえの味方だからねーっ』と父親が泣き崩れたスピーチは津波の前の海のように招待客すべてがドン引きした前代未聞の語り草だ。その根底にあったのが、掌中の珠のように育てた愛娘が年頃になって彼氏連れてきたと思えばすでに妊娠数ヶ月、おつきあいに口出す以前に結婚認めるしかなかった花嫁の父の複雑な心境であるとは気づかないアシュレイは心配そうに尋ねたが、
「へーきへーき。ま、貰いに行ったときはあれこれ言われたけど、冰玉が産まれてからはすげぇじじバカになってるからさ」
 月いちでおもちゃが届いて押入れいっぱいだしさ、と、オトナの事情で花嫁の父泣かせた男は悪びれずにからからと笑う。アシュレイも頷き、
「それならいいけど。けど、おまえたちが結婚してもうすぐ一年か、早いなぁ」
 そういう自分もティアと結婚して八ヶ月。幸せな時間はあっという間にすぎる。
「ほんとにな。ついこの前、桂花と出会ったような気がするのになぁ」
 柢王がたまたま用事で入ったデパートのフロアで、出会いがしら、思いっきりぶつかってしまった相手が桂花だ。あわてて手を貸して立ち上がらせたが、手のひらに汗が滲んでいないかと自分で焦った。
(あん時、ほんとに息がとまりそうだったんだよな──)
 柢王の反射神経なら角を曲がった先にいた人をよけるのは難しいことではないはずだった。なのにぶつかったのは、パッと視界に飛び込んできたその顔があまりにきれいだったから。とっさに見惚れて、停止するのを忘れたのだ。
 平謝りした柢王に、そのデパートの制服を着た桂花も丁重に失礼を詫びて──やがて立ち去る桂花の背を見送った柢王は、その名札に書かれていた名前と売り場名をしっかりと記憶。翌日、何食わぬ顔をして桂花の担当している売り場に行き、
『あ、昨日はどうも……』
 みたいなところから会話を始め、三ヵ月後には結婚を考えていたスピード展開だ。
 それから今に至るまできれいな嫁さんと可愛いわが子─七ヶ月─と過ごす毎日は楽しくて、柢王にはあっという間に過ぎた気がする。
 でも、桂花にとっては結婚早々出産、育児と続いて、せわしい毎日でもあっただろう。桂花の実家は電車で小一時間もかからないところだが、子供が小さいとそれでも遠出で、ふだんの外出先は近所限定。だからといって、不満を言うわけでもなく、家事も育児もきちんとしてくれているし、本当によくできた嫁、だからこそ、たまには親の顔くらい見せてやらないと旦那の面目が立たない。
 会社の同僚から車借りたから、今度の休みはおまえの実家に行こうと言い出したのはそれが理由のひとつでもあった。
『あなたがそんなこと言うなんて珍しいですね』
 と、笑っていた桂花は、しかし、嬉しそうで──一ふだん、見ているつもりでも気づいてやれてないことも多いんだろうな、と改めて苦笑いした柢王だった。
 
 

「こぉら、冰玉、パパはおもちゃじゃねぇから」
 と、腕に抱えた愛息子が近頃覚えた眼球攻撃から身をかわしながら、柢王はこわい顔をして見せたが、青いロンパース着たわが子は嬉しそうに手足ばたつかせて笑うだけだ。最近は長時間抱えていると柢王でも腕が痺れる。見るもの聞くもの全てに興味津々、なめたりつついたり叩いたり、表情も日に日に豊かになって、全身でこの世を体験学習中。
 そのコラーゲンとエラスチンたっぷりのほっぺをつつきながら、
「いいか、車の中ではおとなしくしてるんだぞ。桂花、支度できたかぁ?」
 言い聞かせ、奥に向かって聞くと、
「お待たせしました、行きましょうか」
 ベビーバッグ肩に出てきた桂花に、柢王は目を見張る。
 桂花は真っ白なノースリーブのワンピースに揃いの白いつば広帽をかぶっていた。ほっそりと洗練されたデザインのそれは、柢王が結婚式の二次会のために贈ったものだ。でも、そのときにはもうおなかに冰玉がいたから、桂花は『こんなの入りませんよ』と苦笑いした。だったら産んだ後に着ればいい、と笑ったのだが、結局、育児に忙しくて着ないままにタンスに眠らせていたのだ。
 見つめている柢王に、桂花が不安そうに尋ねる。
「おかしくありません?」
「ん、世界一の美人」
「もぅ、まじめに聞いているのに」
「なんで? ほんとのことだろ。なあ、冰玉、ママは世界一の美人だよなぁ?」
「ばっぶぅ!」
 と、七ヶ月の息子も手を上げる。桂花はそれにためいきをついて、
「ほんと、調子のいいところはそっくりなんだから。それじゃ、忘れ物はありませんね?」
 ふたりで出かけるときには子供含めて重いものは柢王担当。冰玉片手に旅行鞄と紙袋に入れた本のようなものを取り上げた柢王に、桂花がかすかに眉をひそめる。
「仕事ですか、それ?」
 尋ねるのに、柢王はいーやと笑って、
「仕事は完全オフ。これはまあ見てのお楽しみってことで、じゃ、冰玉、行くか!」
「ばっぶぅ!」
 意気揚々、桂花の実家に向かった。

 土曜の早い時間だったから道は混んでおらず、柢王の運転する車は暑くなる前には郊外にある高級住宅地にたどり着いた。
 それぞれに意趣を凝らした瀟洒な邸宅が立ち並ぶなか──これみよがしなくらいに美麗で、どーんとばかりにそびえる大邸宅の前で車を止める。赤レンガの車寄せの左右に花咲き群れる美しい前庭は、ガーデニングの会社を経営する桂花の母親が手がけたものだ。そしてその、過剰なゴージャス感と迫力がなんかイタリア男みたいな邸宅は桂花の父親の設計。
 玄関チャイムを鳴らすと、
「まあ、柢王さん、桂花、早かったわねぇ!」
 嬉しそうに出迎えてくれたのは桂花の母。長い赤い髪に真っ白のエプロンをつけたその姿はとても桂花くらいの子がいるとは思えない、大輪の花のようなあでやかな美人だ。冰玉を見ると驚いたように、
「まあ、冰ちゃん、大きくなったのねぇ!」
「ばぶばぶ!」
 と、冰玉が小さな手を差し出す。女性には決して攻撃を加えない息子に、柢王が笑って、
「こいつ、美人ははっきりわかるんですよ」
 言うと、お義母さんはまぁぁと微笑んで、
「調子がいいところは柢王さんにそっくりなのね。美人が好きなのも遺伝かしらねぇ?」
 ほほほほほほ、と笑う声はすべてをお見通しになられているかのようだ。初対面からこのお義母さんには決して逆らわないと誓っている柢王はアハハと笑うだけ。お義母さんもすぐに本当の笑みを見せて、
「うちの人が待ち構えているのよ、入ってちょうだい」
 カッコ原文の儘、と注釈つけたいその言葉の意味は、吹き抜けの廊下から一面フレンチ窓の光差し込むリビングに通されるとわかった。まるでホテルのスイートルームのように洗練させた美しい居間。高価な革のソファ、書棚にずらり展示された建築模型。そして、
「あなた、桂花たちが着いたわよ」
 妻の声に、うむ、と声のした方を見やれば──光のなか、権高な芸者のような首のひねりでこちらを振り向きつつある男は、片手は腰に片手は窓にと、たしかに待ち『構えている』。優雅な四肢を英国紳士の朝の礼服ディレクターズスーツに身を包み、リフティングの疑いある凄艶な美貌に長い金髪背中に流した、その足元なにゆえ健康サンダル? しかも素足の桂花の父は、その異様にくっきりした金黒色の目を柢王にひたと向けて、
「来たね、柢王くん──」
「こんにちは、お義父さん──」
 と、微笑み合う舅と婿の視線の間に流れる微妙な青白い閃光。無理な首のひねりに尖ったあごの先わなわな震え始めたお義父さんはようやくポーズをやめて正面向き直り、一転、
「桂花ぁぁっ、お帰りいぃぃぃぃぃっ、パパ待っていたんだよーーーーーっ!!」
 飛びついてきたのを、桂花の腰抱えた柢王がさっとかわす。どっ、と前つんのめりになったお義父さんはキッと柢王を振り向いて、
「親子の対面を邪魔するのかねっ、柢王くんっ!」
「抱きつくんならこっちがいいでしょ、ほーら、冰玉、おじいちゃんだぞーっ!」
 と、柢王が片手で冰玉掲げると、とたん、お義父さんは方向転換、
「うっわぁぁぁぁぁっ、冰ちゃん、よく来たねぇぇっ!! 重くなったねぇぇぇっ!」
 と、おもちゃのごとく抱きかかえ、揺すりあげられた冰玉もまた新しいおもちゃの登場に、きゃーっと叫んで大興奮。すぐさま小さな指を眼球につきたてるのに、おじいちゃんは、
「あいたたたた、冰ちゃん、なんでもできるねぇ、しゅごいでちゅねぇぇぇっ!」
 文字通り、目の中に入れても痛くない感じ。
「お義父さん、冰玉、お義父さんに会いに車に乗って来たんですよー」
 妻は安全圏の自分の背後に確保し、微笑んだ柢王に、お義父さんは、
「しょうなのぉ? 冰ちゃん、おじいちゃんに会いに来てくれたにょおぉ?」
 いるよな、こんな、幼児に幼児語で話しかける大人。嬉しそうにゆさゆさするのに、冰玉もロンパースの手足バタバタさせて応える。戻ってきたお義母さんがそれを見て、
「まあ、仲良しだこと」
 ほほほと微笑み、柢王たちにお茶を勧めた。
「冰ちゃん、おじいちゃんね、冰ちゃんの1才の誕生日にベンツ予約したんでちゅよ〜っ」
「へぇえ。冰玉、まだはいはいも出来ないのに、お義父さん、気が早いですね。それに子供用のベンツって言ってもあれ結構高いですよね」
 毎日遊園地でカートに乗せたほうが安上がりかもしれないと苦笑いした柢王に、お義母さんが、あらと首をかしげ、
「ベンツはおもちゃじゃないわよ、柢王さん」
「…て、マジでメルセデスーーーッ?!」
 どんだけアホですか、お義父さん──たまげた娘婿が視線を向ける先、お義父さんは長い金髪冰玉にぎゅーっと両手で引っ張られながら、
「ほら、うしゃぎちゃんでしゅよー、かわいいねぇぇぇっ!」
 こんなにアホだと証明中。柢王はやれやれとため息をついた。
 一流の建築家と聞いた桂花の父親との初対面は、大事な娘さんを結婚前に妊婦にした重さもあって、柢王らしくもなく緊張したものだ。微笑みながら観察眼鋭いお義母さんと不機嫌そうな健康サンダルのお義父さんを前に、
『桂花さんを俺にください、絶対に幸せにしますから!』
 断言した柢王に、
『私は桂花を嫁がせるなら伊勢えびのようなりっぱな男と決めていたのに、これでは網エビが…以下略っ!』
 鋭く断言返したお義父さんは、桂花がすでに妊娠三ヶ月だと知ると卒倒した。後の采配はお義母さんが揮い、二ヵ月後の大安にふたりは結婚、五ヵ月後には冰玉誕生。お義父さんの婿の価値判断の基準がなにゆえエビなのかはいまだにわからないが、わからなくても構わない。というより、誰が決めるの、そのエビ度? 
 そんなことを考えていた柢王に、お義母さんが、
「お茶を飲んだら少し休んだらいいわ。すぐには出かけないのでしょう、柢王さん?」
 言われた柢王は、笑顔で、はいと答えた。桂花が目を見張る。
「出かける…って、柢王、ここに来るのが目的じゃなかったの?」
 尋ねたのに、頷いて、
「目的はあれこれあるけど、今日の予定はおまえとデートすることだな」
「え?」
 と、桂花が瞳を見開いて驚く顔に、柢王とお義母さんは顔を見合わせ、にっこりと笑った。


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