投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
名残の花というにはまだ早い桜が、風に吹かれて児童のあいだを縫うように舞い落ちる。
アシュレイはこの春で小学5年生になった。今日は進級して初の登校日だ。
毎年クラス替えのある近隣の小学校とちがい、ここ文殊小学校は2年に1度のクラス替えなので、これから2年間同じメンバー、同じ担任となる。
それが、3,4年生のころも担任だったアランだとわかり、飛び上がって喜んだのはアシュレイだけではなかった。
(まだ終わんね―のかよぉ〜)
校長先生の話は長い。担任の発表が先だったため、すでに緊張感がなくなった生徒たちは、足元の砂をけずったり靴を片方ぬいだりと暇をもてあましている。
最前列でアシュレイが大きなあくびをひとつもらすと、前に立っていたアランと目が合った。
(やべぇ)
あわてて口をとじたアシュレイに、彼は「メッ」という顔をしたが、その口角はあがっていたので悪びれず笑いかえす。
と、そのとき後方で生徒がざわざわと騒ぎだした。
「なに?なんだ?なにがあった!?」
ぴょんぴょん跳んで後ろのようすをうかがうアシュレイの目に飛びこんできたのは、学年トップクラスの才女、大空桂花の肩を借り、生徒の間から出てきた橋本柢王の姿だった。
「柢王!?」
具合がわるそうに口元をおさえて歩くようすに、なんども目をこするアシュレイ。
(俺と同じくらい頑丈な奴が?うそだろ?)
ヨタヨタ歩いていく後姿を信じられない気持ちで見送っていると、校長が話を中断し、新しく就任した先生の紹介がはじまった。
その後スムーズに進行された朝会が終わると、アシュレイは足早に昇降口に向かい、保健室へと急ぐ。
そっと引き戸を開け中をのぞくと、桂花の後姿があった。保健の先生はいないようだ。
アシュレイが近づくと、桂花が場所をあけてくれたので小声でその名を呼んだ。
「柢王・・・?」
背をむけている肩が、わずかにふるえている。
「―――――てめぇ・・・」
アシュレイが唸ると、柢王はふりかえりニヤリと笑った。
「お前やっぱ、仮病かっ!おどろかせやがって」
「朝会、早く終わっただろ?」
「なに言ってやがる、このバカ」
「バカだと〜?俺の大芝居に感謝してほしいぜ」
「ったく、おかしいと思ったんだ、お前が保健室なんて・・・桂花もグルか」
「要領を得ない長話は大嫌いです」
桂花の辛辣な発言に二人は「確かに」と声をたてて笑った。
「俺は2時間目までここで寝てるから、よろしく」
「わかった、じゃあ後でな」
アシュレイが桂花と保険室を出て行こうとすると、ちょうど引き戸が開きもう一人の親友、中島ティアランディアが現れた。
「病人が声を立てて笑ってるなんて、先生に聞こえたら大目玉だよ」
「おまえも来たのか」
「アランが君を呼んでこいって。桂花が付いてるのに君まで行くことはないって」
「ゲ、なんでここにいるって分かったんだ。さすがアランだな」
感心して見せたアシュレイにムッとして、ティアは唇をとがらせる。
「そんなの、先生じゃなくてもわかるよ。私だって君のことなら・・・」
ぼやくティアはこれからの2年間、アシュレイとまた同じクラスになれたことはとても嬉しいが、担任が引きつづきアランだというのが気に入らない。
だいたい、教師のくせに教え子の姉に夢中だなんて・・・確かにアシュレイの姉は彼とそっくりで可愛らしい人だが、既婚の子持ちだ。非常識にもほどがある。
眉間にシワをよせているティアに気づかず、走って階段を上っていくアシュレイはあまりにも無邪気すぎて、桂花はティアの隣りで苦笑をもらした。
「えーっ、家庭訪問〜?」
配られたプリントを見て、アシュレイが声をあげる。
「そうです、再来週から始まるから、おうちの方に都合の良い日を記入してもらうこと。みんな、木曜日までだよ」
「うちなんかもう2回も来てんだから今年はこなくてもいいじゃん」
ピラピラとプリントを振りながらアシュレイが言うと、「君のお宅には必ず伺います」と、アランは満面の笑みを見せた。
なんでだよー、と言いながらも嬉しそうなアシュレイの遠い横顔に、ティアは唇をかむ。
アシュレイは年上の男性に弱い。
彼は実兄がいないせいか(兄のような姉はいるが)やたら年上の男に懐くのだ。
一方的に懐くだけならいいが、相手もアシュレイを気に入ってしまうパターンが多い。
彼の義兄を筆頭に、ティアの祖父アウスレーゼにも、兄のパウセルグリンにも、とても可愛がられている。
商店街を歩けば、金物屋のハンタービノ、ハーディン親子や酒屋の氷暉など、アシュレイに声をかけるものは後を絶たない。しかもみんな男ばかりだ。
(なんで男にばかりもてるんだ、君は――――・・・は〜な〜ざ〜わぁぁ〜・・#)
元気にしゃべるアシュレイを、彼の隣の席でうっとりとほほ笑みながら見つめているのは、花沢ナセル。
ティア、桂花とトップを争う才媛であり、アシュレイの大ファンでもある。
何かというとアシュレイに向かって「私の将来の旦那サマだし」発言をし、ティアの人相を悪くする存在だ。
今のところナセルがいちばん手強い恋のライバルと言っていいだろう。
まあ、それにしても。
小学生のうちに運命の相手と出会えたのはラッキーだった。
これからも、アシュレイに勉強を教え、中学までには彼の成績を自分に近いレベルまで引き上げてみせる。同じ大学へ行くために。
アシュレイの今の成績は中の上。勉強嫌いで塾に通うこともしない彼がこの成績を保っているのは、ひとえにティアランディアの努力のたまものだった。
(私は勝手だな。自分の欲のために君が好まない勉強をさせるなんて――――でも・・・)
開いたままのノートに書き列ねていく名前。
1 花沢ナセル
2 三河屋の氷暉
3 担任のアラン
4 金物屋のハーディン
番外 磯野セシリア
(セシリアは血の繋がった妹だから、まぁいいとして・・・要注意人物の4人は気を許せないな。特に花沢ナセル、あれはなんとかしなければ)
しょっちゅうアシュレイのそばをうろつき、世話を焼きまくる姿は非常に目障りだ。
席替えのクジで見事アシュレイの隣の席を引き当てた運の強さも腹立たしい。
(アシュレイは私のものなのにっ)
彼と出会ったその瞬間、確かな想いが胸の中に息づいて、今では揺るぎないものとして自分を支配している。
アシュレイの些細な言動のひとつひとつが雫であり、それが大きな波紋をつくりティアのあらゆる感情を呼びさましたのだ。
こんな豊かな気持ちを与えてくれた彼を、誰かに奪われるなんて我慢できない。
(――――嫉妬なんて感情は・・・・あまり知りたくなかったけどね)
エゴだと分かっていても、引き返すつもりなど毛頭ないティアランディアであった。
Powered by T-Note Ver.3.21 |