[戻る]

投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
以前の投稿(妄想)小説のログはこちらから。
感想は、投稿小説ページ専用の掲示板へお願いします。

名前:

小説タイトル:

小説:

  名前をブラウザに記憶させる
※ 名前と小説は必須です。文章は全角5000文字まで。適度に改行をいれながら投稿してください。HTMLタグは使えません。


総小説数:1010件  [新規書込]
[全小説] [最新5小説] No.〜No.

[←No.207〜211] [No.212〜212] [No.213〜217→]

No.212 (2008/06/01 15:07) title:おうちでごはん2
Name:えり (160.155.12.61.ap.gmo-access.jp)

 水曜日の昼下がり、買い物かごを片手に桂花は商店街を歩いていた。
 その横にはよちよち歩きの冰玉。
 好奇心旺盛なところは誰に似たんだか、やんちゃで行動的な冰玉からは目が離せない。それでいて何かびっくりすることがあると一目散に桂花の元に戻ってきてだっこをせがむ。
(くっつきたがりのところも誰かさんにそっくりだ)
 親子三人川の字で眠る時、冰玉は桂花の手を握って放さないし、柢王は冰玉ごと桂花を包み込むようにしたがる。頬をくすぐったり、指を絡めて髪に口づけたり。
 冰玉の前でそういういたずらは駄目って言っているでしょう、と諫めても柢王は「もう眠ってるから大丈夫」と一向にに意に介さないが。
 ふと、桂花の口の端が持ち上がる。
 本人も意識せぬほど、ほんの少しだけ。
 最近は柢王の仕事が立て込んでいたらしくなかなかゆっくりと家族の時間が持てなかったが、先ほどこのところの激務が落ち着いたらしい柢王から「今日は早めに帰宅できるめどが付いた、お前の作った茶碗蒸しが食いたい」というメールが送られてきていた。
「空也、こんにちは。ゆり根はありますか? あとミツバと」
 八百屋で足を止めた桂花は、親しくしている店員の空也に声を掛ける。
「……っと、いらっしゃいませ、桂花殿。今日は茶碗蒸しですか?」
 いいですね〜俺も好物です、と手早く商品を包みながら笑う空也にほほえみ返し、代金を払って受け取る。
「ありがとう。ほら、行くよ冰玉」
 店頭に並んだ野菜を面白そうに眺める冰玉を促し立ち去る桂花の後ろ姿を空也はぼんやりと眺める。
「なーんかいつもよりご機嫌だったなぁ……いいことでもあったのかな」

 
 他にも柢王の好物をあれこれ買いそろえ、さて帰ろうと歩き出した桂花の前からやってきたのは見慣れたストロベリーブロンド。
「あっ、桂花!」
 桂花が気付くと同時に、アシュレイも桂花に気付いた。
「どうも。こんにちは」
 アシュレイも買い物帰りらしく、両手にいっぱい荷物を抱えている。
「なぁ、お前今時間ある? うちで茶ぁ飲んでいかねえ? うまい饅頭があるんだ」
「……何か御用ですか」
 何か裏があるのでは、とちょっと眉根を寄せ用心深く問い返すとアシュレイは照れたようにうつむく。
「あのさ。俺に魚のおろし方、教えろ!」
 ティアがこないだアジフライを食べたいって言ってたんだけど、母さんが今日はお隣の李々さんと女学校の同窓会に出かけてて遅くなるから聞けなくて、と早口で一気に説明をする。
「アシュレイ殿、あなたねぇ……」
 人に頼み事をする時に命令口調って。
 思わず呆れかえる桂花。
 けれど。
「…………わかりました。大丈夫、アジならそれほど難しくはありませんよ」
「ほんとかっ!?」
 桂花の了承にアシュレイは嬉しそうに笑う。
 料理がまだそれほど得意ではないらしい新妻のアシュレイだが、出来合いのものや冷凍食品を使うという手もあるのに、わざわざ魚をさばくところからやろうとするところがいじらしい。いや、むしろ無謀と言うべきか。だが、何事もチャレンジしてみることが大切だ。
 それに、大切な人に美味しいものを食べさせたい気持ちは痛いほどよくわかるから。

 かくして魚屋で新鮮なアジを手に入れた二人は、アシュレイ宅でひとまず饅頭とお茶のおやつで一服し、戦闘状態に入った。
 桂花の説明とお手本で一通りのプロセスを確認し、いざアシュレイも出刃包丁を握る。

「アシュレイ殿、まずゼイゴをとらなくては」
「今やってるっ!」
「アシュレイ殿、ワタの前にウロコをとった方が」
「わかってるっ!」
「アシュレイ殿、アジフライを作るなら中骨もとった方が」
「ああっ、まだあんのか!? めんどくせえ……、あっ、桂花、俺がやるんだから手は出すな!」

 こんなやりとりが続くこと約2時間(!)、どうにか下ごしらえを終えた時にはアシュレイはもちろん、桂花もぐったりと疲れてしまっていた。魚をさばくのには体力が必要だ。
 その間、冰玉の面倒はアシュレイの幼い弟妹が見てくれていた。
 まさかこんなに長い時間面倒を見させることになるとは……。
「冰玉、そろそろ帰ろうか」
 長い間悪かったね、と言いながら桂花が子供部屋に顔を出すと、ちょうど冰玉がアシュレイの弟・ナセルのランドセルの中身を引っ張り出しているところだった。
「こらっ、冰玉、やめなさい!」
 慌てていたずらっ子の手を止めようと駆け寄り、手に持っていた教科書やプリント類を奪い返す。
「ああ、桂花さん、大丈夫だから!」
 幼いながらも利発なナセルはかまわないよ、というように冰玉ににっこり笑いかける。と、桂花の持っているプリント類の間から一枚の紙が滑り落ちてきた。
 ちょうど手帳を切り取ったようなサイズ。
 それが何かと考えるよりも前に桂花の目に飛び込んできたのは見慣れた書き文字。
(……あの人の)
 一瞬動きが止まった桂花の視線の先をとらえ、「あ!」とナセルが声を発する。
 やりとりを黙って見ていた妹のグラインダーズも「あーっ!」と声をあげる。
 そこに書かれていた文字は……「借用書」。
「……これは?」
 紙を拾い上げ、にっこりと微笑んだ美貌のおばの凄みに圧倒され、しどろもどろになってしまうナセル。
 おじさんが経済の勉強で利息がトイチで会社にお財布忘れたらしくて、と冷や汗をかきながら説明するナセルだが、どちらかというと怒るよりも呆れてしまい情けなくて仕方がない桂花であった。
 多分本当にお金がないというより面白がってのことなんだろうけど……それにしたって!

「すごい! これ、全部君が作ったの?」
「……桂花に教えてもらったから」
 大皿に山盛りのアジフライを前に、ティアが目を輝かせる。
「でも、君のことだから教えてはもらっても自分でやり遂げたんだろう? 本当に美味しそうだな、嬉しいよ」
 私のために作ってくれたんだろう? と声には出さない気持ちを込めて、照れたように黙り込む妻をティアは優しく見つめる。
 早めに帰ってきて本当によかった。
 柢王と別れて帰宅すると、ちょうどアジフライが出来上がったところだったのだ。
 よく見れば指先にはバンドエイドがまかれ、他にも小さな傷がいくつか。今朝まではそんなところに傷はなかったのに……まさかアジフライのせいで?
「冷めるだろーが、早く食べろ! ほら、お前たちも」
 頬をうっすらピンク色に染めたアシュレイは、ティアや弟妹のご飯をよそって自分もいただきます、と手を合わせて食べはじめた。
「いただきます。…………うん、美味しい。君は本当に料理の腕を上げたよね」
 アジフライを一口食べ、率直な感想を口にするティア。
 そっか? と素っ気なく答えながらもアシュレイの表情は嬉しげにほころんでいる。
「だって姉さん、相当気合い入ってたもんね」
「義兄さんのためだもんね」
 ね、と顔を見合わせこっそり話す弟妹。
「それより、柢王おじさん大丈夫かなぁ……」
 何の落ち度もないのに、思わず責任を感じてしまうナセルであった。

「なあ、もしかしてまだ怒ってる?」
「……」
 食器を洗っている最中だというのに後ろから抱きしめたり、髪に指を絡めて引っ張ったりあれこれいたずらを仕掛けてくる柢王を完全無視状態の桂花。
 どちらかというと借用書の件よりも、今、邪魔をされていることに怒ってますけど。
「なんか言えよ〜。あ、食後のコーヒーは俺がいれてやっから♪」
 それともケーキにはやっぱり紅茶がいいか? と悪びれずニコニコ笑う柢王を桂花は横目で見やる。
 洗い物を終え、濡れた手を拭いているとくるりと回転させられ、正面から腰を抱き込まれた。額と額をすりあわせるようにしながら頬を柢王の両手で包まれる。
「悪かったって。もうしない。……な?」
 何が「……な?」だ。
 とはいえ、桂花も実は最初からそれほど怒っているわけでもなかった。ナセルにお金を借りたりしたことよりも、せっかく久しぶりにゆっくりとした時間が持てるはずだったのに、素直に甘えるよりも問いただしておかなければならない出来事がおきてしまったことが悔しいだけで。
「……今度はお財布を忘れたとしても、ナセルじゃなくせめてアシュレイ殿に借りてくださいね」
 わかってるって、と笑うと柢王は身を離し、よちよちとパパに向かって歩いてきた冰玉を抱き上げながら桂花に向かってウィンクしてみせる。
「冰玉、今日はみんなで川の字になってくっついて寝ような♪」
 でもお利口さんだから早く寝るんだぞ、と真剣な顔で諭す柢王に馬鹿じゃないですかと憎まれ口を叩く桂花の声音は、笑いを含んで優しいものだった。


[←No.207〜211] [No.212〜212] [No.213〜217→]

小説削除:No.  管理パスワード:

Powered by T-Note Ver.3.21