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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.210 (2008/06/01 15:03) title:アルペジオ 2
Name:しおみ (160.155.12.61.ap.gmo-access.jp)

「子ザルとは連絡がついたか」
 ロビーから戻ってきたティアに、部長が尋ねる。ティアは微笑んで答えた。
「おいでを楽しみにしているそうですよ」
 と──賑わう見本市会場、少し先に見える取引先の社員に目礼しながら、
「それはありがたいが、無理をして家を燃やしていては話にならないぞ」
笑うアウスレーゼ部長はティアの直属上司で、仲人。当然ながら、アシュレイの性格も料理の腕もご存知で、勝手に『子ザル』とあだなつけ、自宅には仲人のお願いの時にアシュレイが持参した手作りクッキーを『百年経ったら固形燃料』と銘打ち飾っている、超然とした大人だ。
 そんな上司にティアはにっこり笑って、
「今回は特訓したみたいですから。それに料理は火が通っていたほうがおいしいですよ」
 愛があれば石炭もウェルダン。
「好きだ、可愛いで続くのは少しの間だけだぞ。後はお互い、片目瞑って、片耳塞いでおくぐらいが長持ちの秘訣だよ」
「それは仲人の言葉ではありませんよ、部長」
 と、顔を見合わせたふたりは笑いあった。
 勝気な奥さんとフランクに円満保っている部長の言葉は、こなれた大人のもので、ティアにも、まあそうかもしれないという気もしなくはないが、
(私はアシュレイのことならなんでも見ていたいけれどな……)
 たとえば、この数日いつも絆創膏が絶えないこととか、時に前髪焦げていたりすることとか。昼間は『買い物』と称して出て行くが、なかなか戻らず、しかも買い物籠は空のまま。近所の人に桂花さんの住む団地付近で目撃されていたりすれば、何をしているかくらいはわかる。
 お義母さんも仕方のない顔で笑って言っていた。
『あの子はこうと思ったら絶対に聞きませんから』
(ほんとに君は一途な人なんだよね──)
 あの見合いパーティーの時だって、アシュレイは他の女性たちのように着飾ったもの欲しげな様子は少しもなくて、着心地のよさそうな服を着て、おいしそうに肉にかじりついていた。心からのその笑顔。見ているこちらまで嬉しくなった。
 知り合ってみればワイルドであわてんぼうなところもあるが、いつでも一心、笑う時も怒る時も本気なアシュレイの側にいるとのびのびとした気持ちになれる。
 そのアシュレイが自分のためにがんばってくれる、その気持ちが本当に嬉しいから、秘密のつもりの特訓に気づいたそぶりは見せないが、けがをするのは心配だ。さっき30分後には帰るよと知らせるついでのように確認したが、今日はやはりひとりだった。
(気をつけてよ、アシュレイ──)
 宙にまなざしを向けたティアに、上司は笑って、
「タイム・リミット目前──さて、子ザルがどんなもてなしをしてくれるか、楽しみだな」
 
                   *
 
「うわあああああーーーーーっ」
 狭い台所に叫び声が響き渡る。勝手口の戸のかげから伺っていたナセルの顔が青ざめる。
 せっかくレシピ通りにまぜた調味料を流しにひっくり返し、アシュレイの、ボール拾う手が小刻みに震え、一瞬、ルビー色の瞳が泣くかと思われた。
 がっ、新米妻はキッ、とまなざしを上げると空に向かい、
「もう一回混ぜればいいだけだ! よし、やるぞっ」
気合を入れ直して、もう一度調味料をカップに入れる。ナセルもホッと息をつく。
『まだ配達あるんだろ? 気をつけて行けよ』 
 白いフリルの肩越し、振り向いたアシュレイにそう言われたナセルが去らなかったのは、なにもその可憐なショットが煩悩ストライクだったからではない。
 いや、それも七割あるが、残りの八割はやはり心配だからだ。七日連続以下同文に加え、昨日、御用聞きに来た時、アシュレイの母親であるグラインダーズさんからさりげなく『明日もお願いしますね』と頼まれたことから言っても、ここはきちんと見届けないと。
 と自分に言い訳し、仕事はアランにテレパシーで任せて見守っているのだが、当のアシュレイはドアが開いていることも気づかないほど料理に熱中していた。
 今日のごはんは『鳥手羽先のから揚げ甘酢あんかけ。野菜も添付できるし、卵スープはおこげ入れたら雑炊風にもなりますお客様』だ。
 基本調味料混ぜるのと火を通すだけの簡単作業だが、それなりに見えるお得ごはん。しかもあんかけだから、から揚げが若干冷めても大丈夫の時間差攻撃。冷蔵庫には万一に備え手羽二号たちも待機しているし、レシピは桂花さんの手書きで作業工程込み。万事抜かりなし、と、人の家の台所事情を必要以上に知る御用聞きは頷く。
 流しの横の狭い調理台の上のバットには実にランダムに並べた鳥手羽がすでに塩コショウされている。さっきの失敗に懲りて
ボールをしっかり抱えた新妻は、真剣な顔でそのなかに確実に材料を入れていく。酢、大量。黒酢、大量。砂糖、大匙3…
 え? と、驚く三河屋さんの前で、新妻も眉間に皺寄せながら、
「こんなに入れたっけ? でもこれそう書いてあるよな?」
 怪訝そうにかざすレシピはさっきこぼれた調味料で字がにじみ、mlのmが消えている。リットルですか、酢ーーーっ! 甘酢じゃなくてほぼ純粋ブレンド酢でしょそれーーーーっ!!
 心で叫ぶ三河屋さんをよそに、新妻はがしゃこがしゃこ、ボールの中身をかき混ぜる。たちまち漂う殺菌効果抜群の香りに三河屋さんが咳き込みかけ、あわてて口押さえたところへ──
「アシュレイさん、おらんかのーっ」
「あ、裏のおじいさんだ」
 聞こえたしわがれた声に、アシュレイは慎重にボールを置くと、手を拭きながら玄関へ向かった。
 その隙に、ナセルはパッと靴脱ぎ、台所に飛び込むと、砂糖と塩の容器から中身掴んでボールに放り込む。がしゃがしゃ混ぜて、すばやく味見、
「とりあえず酢じゃないっ!」
 ボールを戻し、急いで外へ。
『おおう、アシュレイさん、回覧板じゃ。今回は特売のすっぽんエキスが出ておるぞ!』
『すっぽん? でもうち両親がそういうのはいっぱい持ってるから──』
『おお、そうじゃった、ご両親もまだまだ現役じゃからのぉ、アシュレイさんたちも負けられんのぉ』
 玄関から聞こえるのんきな会話とは裏腹、三河屋さんは心臓バクバク。見守っていた方が寿命縮むのに、愛の力で現状否認。深呼吸するその肩が、ふいにポンと叩かれる。
「ナセルじゃんか、何してんだ?」
「あ、柢王さん、桂花さん──」
 と、疑惑の四ヶ月くんもパパにだっこ。原因と結果の揃い踏み。
 挨拶そこそこ、
「うまくいっていますか?」
「つかなんか催涙弾みたいな匂いするけど、大丈夫か、この家?」
 尋ねるふたりに説明するより先に、アシュレイのスリッパの音がして、一同はあわててドアの影に隠れた。
「ったくもー、この忙しいのに何なんだ、すっぽんすっぽんって、そんなにすっぽん体にいいなら飲んで長生きすればいいだろっ」
 と、入って来たアシュレイは、さて、と気を取り直したように、くだんのボールに向き直る。箸の先でその中身をちょんとつついて、手の甲にのせてペロッ。
「うん、いい味だ」
 にっこりと頷くのに、ナセルがよろめく。
(なに? ナセル、よだれ出そうな顔してるけどそんなにうまいのあれ?)
(なにかが違う気がしますけど……)
 目で会話する夫婦の隣で三河屋さんは、可愛い赤毛の新妻がフリルエプロン、から揚げ差し出し、『はい、あーんっ』する場面を妄想中。独身男の妄想力は無限大。
 が、その妄想も、新米妻が再び別のボール取り出した瞬間に消える。今度のレシピはにじんでいない。書かれた通りに材料をきちんと計り、スープを作るアシュレイに、桂花がドアの影からうんうんと頷く。
 今度は卵を別のボールに割って──ガシャ! 
『あ……』
 砕けた卵で手のひら黄色にして、新米妻の瞳が潤んだように思われる。でも、再びキッと瞳を上げて、手を洗うと冷蔵庫に向かういじらしい背中に、見守るナセルはくらくら。桂花は両手揉み絞ってハラハラ、赤ん坊はパパの肩口よだれダラダラ。
 ともあれ、今度は卵が割れた。見守る一同安堵の吐息。アシュレイもホッとした顔で頷くと、卵を溶き、鍋にスープを移し、火を点ける。
「弱火だよな。それで次は、酢を一回あっためといて──」
大鍋に移される酢の量に桂花が目を見張る。鋭く振り向いたのに、ナセルが、
「いや、それがかくかくしかじか……」
 説明する間にも、アシュレイは、水溶き片栗粉を作り、スープをとった戻しホタテやネギを刻んだり、皿に野菜を敷いたりとこまめに働く。エプロンのすそがひらひらして、三河屋さんがくらくらするのとは裏腹、ひとつずつ作業を終えてゆく。
「なんだ、あいつ結構やるじゃん」
 意外そうに囁いた柢王に、桂花は微笑み、
「がんばりましたからね」
「みたいだな。つか、ま、俺の桂花が先生だもんな。なぁ、冰玉ぅ?」
「ばぶぅ」
「もう、口ばっかりの癖に。ねぇ、冰玉ぅ?」
「ばっぶぅ」
 どっちなんですか四ヶ月くん? つっこめない独り者は黙って監視続行。
 大鍋いっぱいの酢に大匙3杯の水溶き片栗粉を加え、
「これをとろ火にしてる間に、揚げるんだよな」
 揚げ物鍋を火にかけるアシュレイに、いや、その酢は朝まで煮ないととろみつかないからと首を振る。それに気づいた柢王が笑って、
「親切な応援団のために、俺も手伝うかな」
 と、冰玉片手に抱えたまま携帯電話取り出すと、少し離れたところから電話をかけた。リーンと家の中で電話の音がして、
「誰だよ、いいところなのにっ」
 アシュレイがバタバタ出て行く音。
「おう、アシュレイか。忙しいとこわるいんだけどさ。ちょっと冰玉がおまえの声が聞きたいって言ってんだよ。なぁ、冰玉?」
 と、柢王が携帯電話差し出すと、なんと齢四ヶ月の赤ん坊は、
「ばぶばぶぅ」
 そんな口八町親子にだまされたアシュレイの、 
『冰玉か。どうしたんだ?』
 優しい声が廊下から届くのを聞きながら、ナセルと桂花は台所に飛び込み、
「片栗粉ってどのくらい溶くんですか、桂花さんっ」
「その袋全部をこの水で! あっ、油かけたまま火の側離れちゃだめって言ったのに!」
 速攻溶いた片栗粉を入れ、揚げ物鍋の火を消し、急いで外へ出る。
 再び一同ドアの影で見守り体制。電話切って戻ってきたアシュレイは微笑みながら、
「それにしても、冰玉はまだ『ばぶぅ』しか言わないのに、よく俺と話したがってるとかわかるな、柢王。やっぱ父親だからかな。ティアもそのうち……」
 言いかけ、耳まで真っ赤。三河屋さんはやや蒼白。わかっていても知りたくないことはあるものだ。
 ともあれ、何も気づかない人妻は、再び揚げ物鍋に火をつけ、いよいよから揚げだ。
「油がころころ音を立て始めたら少し火を弱める、んだよな」
 七日自分に言い聞かせた言葉を繰り返す。その姿に、桂花が何度も頷く。
 油が熱される音がし始め、アシュレイは火を弱め、菜箸の先をつける。頷いて、
「よし、行くぞ」
 手羽一号をひとつ、取り上げて、ジュッ! カラカラ乾いた音が響く。真剣な顔で鍋を見つめるアシュレイ。そのアシュレイを真剣に見つめるナセルと桂花。そのふたりの姿を面白そうに見る柢王とよだれ垂らす赤ん坊。
「う…わっ、できたーっ!!」
 アシュレイが瞳を輝かせた。頬を上気させ、見つめる箸の先には、奇跡のようにこんがりと黄金色に揚げられた手羽一号の姿!
「アシュレイさん……!」
 ナセルと桂花も瞳を見開き、その光り輝くから揚げを見つめる。
 まるで錬金術でも見るように──そっとキッチンペーパーに載せられた一号を皮切りに、アシュレイが狂喜しながら鍋に入れていく手羽は次々と金色に揚がってゆく。
「よかったぁぁ……」
 アシュレイが微笑む。泣き笑いしそうな笑顔だ。それを見守る桂花の瞳もうるうるして、いったい、から揚げごときで人はかくも感動するものか。
 ともあれ、嬉しさに瞳潤ませたアシュレイが、最大限の丁寧さでから揚げを皿に盛りつけた時、ガラッと引き戸のあく音がして、
「アシュレイ、戻ったよ!」
「あ、ティアだ!」
 アシュレイが嬉しそうに身を翻した瞬間──


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