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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.195 (2008/05/12 19:19) title:アルペジオ
Name:しおみ (zk230224.ppp.dion.ne.jp)


「それじゃ、アシュレイ、帰る前にちゃんと電話するからね」
と、いつものように微笑んだ夫の顔に、新米妻は深く頷く。スーツ着たその背中が、角を曲がるまで真剣な顔で見送った後、真剣に深呼吸。
「よっし、スタートだっ!!」
 入れた気合と家に駆け込む猛ダッシュに、雀たちがバタバタと電線から飛び立つ日曜の早朝だ。


 事の起こりは先週の金曜の夜──
 会社から帰ってきた夫のティアが、来週の日曜、ふたりの仲人でもある部長が家に来ると告げたことだった。
 ティアは大手商社のサラリーマンで、設立五十年の会社で『百年に一度の逸材』と噂される出来のいい社員だ。実家は資産家、美形で優しく、
誰からも狙…いや、好かれていたティアが、友達に無理やり連れてこられた見合いパーティーの席上、同じく友達に連れてこられていた家事手伝いの
アシュレイに一目惚れして猛烈アタック、あげく結婚したのは半年前のことだった。
 日頃から、焼サンマパチって逃げたドラ猫追っかけホウキ片手に裸足で駆けてく評判の『お転婆さん(円満な近所づきあいのための用語例その一)』
だったアシュレイが婚約しただけでも近所の人は驚いたが、その上、ティアが結婚後は何不自由ないマンション暮らしからいまどき木造平屋一戸建て、
火災保険高いだろそれみたいな造りの、両親とまだ小さい弟妹の住む二重の意味で窮屈なアシュレイの実家に同居すると決めたことには大いにたまげた。
 『物好きな人もあるもんだねぇ』『きっと変わり者だよ』ご近所さまはあれこれ囁いたが、高齢化の進むこの社会、近所に若い夫婦が存在するのは
いいことだし、ティアもすぐに近所になじんだから、若夫婦はつつがなく楽しく新婚生活を送っていたのだ。
「旅行から帰って挨拶してから顔見せてないもんなぁ」
「うん。君もそろそろ落ち着いただろうし、元気な顔が見たいからって」
「わかった。何時に来るんだ?」
「午前中は私と一緒に取引先のイベントだから昼かな」
「昼だな、よし、わかった……えっ、来週?」
 アシュレイは目を見張る。六畳の小ぢんまりした夫婦の部屋の壁、貼ってあるカレンダーには赤マジックで『父さんたち無人島ツアー』の文字。
「ティ、ティア、来週って父さんたち無人島に行ってるぞっ!」
「ああ、先月の福引で当たったのだよね。だからあの週は君とふたりきりなんだよねぇ。たまにはいいね、ふたりも」
 にっこりと笑ったティアに、アシュレイも赤面しかけたが、違―うっと、首を振った。
「てことは俺一人で部長の昼ごはん作るってことだなっ」
「ああ、そんなの気にしなくていいよ。お寿司でも取ったらいいもの」
「そんなわけに行くか! 店屋物なんか出したらおまえは飯も作れない嫁もらったって笑われるだろっ」
「そんなことないよ。君がふだん私のためにがんばってくれているのはわかってるもの」
 と、優しい旦那は微笑んだが、新米妻はいやいやいやいやっ、と首を振る。
「そんなのだめだ! おまえの会社の人なんだからちゃんしないと。昼飯は俺が作る!」
「それなら楽しみにしているね、奥さん」
 と、ティアはにっこり微笑んだ。 

 は、いいが──
 美人で格闘系の母は家事万能だというのに、その娘であるアシュレイは洗濯機を回せば泡が吹き出、買い物行けば財布を忘れ、料理本片手に
ローストビーフを作れば炭の丸焼きが出来上がるという、まじりっけなしの家事オンチだ。まともにできる料理はサンマの塩焼きと
大根おろし、
目玉焼きと千キャベツ…って朝ごはん? 第一もてなしとはどんなことをすることかもわからない箱入りだ。
 強さを誇る両親は無人島での人目を憚らない対決を心から楽しみにしている。弟たちが一緒に行くのはふたりを水入らずにしてあげようという配慮だ。
(なのに部長が来るなんて言ったら、母さんたち心配して行かないって言い出すに決まってる。俺だって、ティアの嫁になったんだから、
自分の亭主のことくらいちゃんとしないと──)
 パーティー会場で大きな肉の塊にかぶりつくアシュレイの無邪気な顔に一目惚れしたと、それから日に百回近いメールや電話を寄越したティアが
どうやって仕事をしていたかはわからないが、初めてうちに遊びに来ることになった時、暑いなかをわざわざ自宅近くで買ったスイカふたつも抱えて
『ここのが一番おいしいんだ。君の家族の方にも食べてもらいたくて』と屈託なく笑ったティアに、アシュレイはこの人なら大丈夫だと確信したのだ。
 その確信通り、アシュレイの家に同居したティアは、家族のことも大事にしてくれて、
(俺のことだって可愛いとか大好きとかいっつも歯が浮くようなこといってくれるし、失敗しても許してくれるし……)
 そのティアに、飯も作れない嫁をもらったと恥をかかせるようなことはできない。いや、実際に作れないのだが、そこはそれ、
「なせばなる、なさねばならぬ何事も、だよなっ。きっと出来るっ!」
 と、自分に言い聞かせてみたのが金曜の歯磨きタイムのことだった。
 
                       *
 
「桂花、おまえちょっと落ち着けば?」
いつになくそわそわしている妻に、柢王が苦笑いする。出版社に勤める柢王は、休みの時には結婚九ヶ月目の美人な奥さんとなぜか生後四ヶ月の
一人息子冰玉にまとわりつくのが楽しみな能天気な旦那だ。疑惑の赤ん坊はベッドで睡眠中。
「つか、そんなに気になるんだったら覗きにいけばいいじゃんか。どうせ勝手知ったる他人の家なんだしさ」
「そんなことできませんよ。あんなにがんばってるのに冷やかしにいったら恨まれますから」
 と、無意識ながらも旦那のスーツのポケットチェックしていた桂花は振り返って眉を寄せる。柢王は、顔は可愛いのに大雑把でおおまたぎ、
戦闘能力高いのに家事能力は最低レベルのいとこの顔を思い出し、
「誰に似たのかねぇ。ほんとティアも物好きだよなぁ」
 そういうところも可愛いんだよと笑顔で言い切ったその旦那とは初対面から馬が合った。あるいはお互いその嫁に対する尋常でないエネルギーぶりに
同類項を見たものか。だが、柢王の妻の桂花は美人の上に何をやらせても有能で、結婚前には娘を溺愛する向こうの父親から、
『これでは網エビが鯛を釣るようなものではないか! もっタイなさすぎる!』
 と、いろんな意味で凍りそうなことを言われたが、孫が産まれてからはその態度は激変。
(やっぱじじい釣るには孫に限るよな)
 笑う婿は、お義父さんが特に嬉しいのは冰玉がまだあんまり柢王に似ていないところだということまでは気づかない。
「とにかく勝手口から覗いてみたらわかることじゃん。何なら手伝ってやればいいし、こいつが起きたら日光浴がてら見に行こうぜ」
 能天気に言ってのけた亭主に、嫁さんは深いため息だ。
 

『俺に飯の作り方教えてくれ……』
 前髪ぐるるんで両手を絆創膏でいっぱいにしたアシュレイが桂花を訪ねて来たのは先週の土曜の昼下がり。柢王は取材で留守だった。
いつもは元気いっぱい、出された茶菓子はどこまでも食べる旦那のいとこの常にないしょんぼりした顔に、桂花は目を見張った。
 話を聞いて理由はわかったが、その、火を通すものの大抵を炭化させる確実なケミストリーの腕前を知る桂花にはうかつな返事はできない。
勝気で人に頼るのが嫌いなアシュレイがわざわざ来たからには尚更で、
「ね、でも、少しくらい出前でも──その方が余裕もできるし、部長さんのお相手もできますよ?」
 伺ってみたが、旦那のいとこは首を横に振る。聞けばティアにもそう言われたらしい。が、ティアはアシュレイが作ったものならコークスだって
喜んで食べるはずだ。そんな男は問題外、迷う桂花に、アシュレイはエプロンの前をギュッと握りしめ、
「俺、ティアに何かしてやりたいんだ。あいつが俺たちにしてくれるように、俺だってあいつの嫁らしいことくらいしてやりたい……」
 いじらしい決意を込めた言葉に、桂花は再び目を見張る。
 初対面の時にはドラ猫吊るして呵呵大笑、心底魂消たが、この赤毛の新米妻は純粋で一途な人なのだ。この前だって冰玉を見て、『すごい早産だったのに、子供って健やかに育つもんだなぁ』と嬉しそうに笑って柢王に遠くを見させていた。いまだ気づかないのはこの人くらいだ。
 その前髪と絆創膏から察するに、きっと早起きして自分でなんとかしてみたのだろう。それでも焦げた匂いに家族を起こしただけで
奇跡は
起こせなかったらしい。というより、あの家で内緒で特訓なんて間取り的に不可能だ。
 別に、若い新妻が作る料理が劇的に炭だったとしても、部長も腹は立てないだろうが、それでも、自分や家族のためにがんばってくれている
旦那のためになにかしてあげたい気持ちはよくわかる。桂花だって、しめ切り抱えてあちこち原稿もらい歩く旦那のために、冰玉の面倒を見ながら、
家も自分もいつもきれいに、食事も栄養バランスを考えて…と気を使っているのだ。
 それなのに、当の旦那といえば、打ち上げだ取材だと午前様のご機嫌さまで帰って来ては、
「冰玉、お土産だぞ〜っ」
 と、やっと寝た子を起こしたり、
「なあなあ、こいつも寝てるしさ〜たまには一緒に風呂入ろうぜ〜」
 と、『あんたが子供ですかッ!』みたいなことをしたり言ったり・・…・ああ、なんか思い出したら腹が立ってきた。
 そういえば、冰玉が産まれる直前、実家に顔見せに行くのを、日帰り出張に行く柢王に言いそびれたことがあった。夕食の支度には
帰るつもり
だったのに、疲れていたのかうとうとして、気づけば夜。慌てて帰り支度しているところへ、柢王が片足スリッパ片足突っ掛けで息せき切って
飛び込んできて『頼むから帰ってく来てくださいっ!!』といきなり土下座したこともあったっけ……。
 ふふ…、と微笑んでしまった桂花は、いや、と首を振る。いまはうちの話じゃない。同じ新妻として、アシュレイの気持ちはよくわかる。
 桂花は頷くと、アシュレイの手を取って、
「それなら一緒に頑張りましょう。七日もあればなんとかなりますよ」
「ほ、本当か? 俺、がんばるからなっ」
 アシュレイも希望に満ちたまなざしで強く頷いて・・…・。
 そしてふたりでがんばったのだ。本当によくがんばった。炭化化合物がよーくローストしました×3くらいになる程度には……。
「部長さん、味オンチだといいけれど──」
 行く気満々の柢王が、まだ寝ている冰玉にガラガラ鳴らすのをはたきながら、桂花は本末転倒なことを呟いていた。
 
 
 アシュレイは息をついた。本格的な掃除は昨日桂花が手伝ってくれてすませたから、今日は調理だけ。
「がんばるぞ」
 と、コンロの上の魚焼き網の取っ手握りしめたところに、勝手口の戸が開いて、三河屋のナセルが顔を出す。
「すみません! 配達立て込んでて──」
 息切って謝るナセルにアシュレイは笑って、
「ちょうどいいタイミングだ。おまえにもずっと配達させて悪かったな」
「そんなことはないですけど……でも、アシュレイさん、大丈夫ですか? なんだったら、俺、お客さん帰るまでいますけど」
 どうせ大将年寄りだし、御用聞きはもうひとりの店員のアランがしてくれるから、と言ったが、フリルエプロンフリフリ前髪もちゃんと直した
新妻は毅然と赤い瞳燃やして、
「大丈夫だ。七日も特訓したから今日はできる!」
 自己暗示かけるような言葉に、七日同じ調味料を桂花さん宅に配達し続けたナセルは心でため息ついて、
(だから七日特訓したってことは七日目にも完成しなかったってことでしょう?)
 しかも今日は肉料理だから魚焼き網は使わないはずだ──思うのだが、緊張顔を笑顔に隠した人妻にそんなことは言えない。
(ほんと、見てるだけって体に悪いよなぁ──)
 丸に三の字の前掛けかけた三河屋さんが切ないため息ついた、午前十時だ。


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