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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.189 (2008/04/27 09:39) title:店主等物語4 〜スイート・アンサーデー〜 (3)
Name:モリヤマ (i60-41-185-182.s02.a018.ap.plala.or.jp)

 
 そうして、3月。

「カイシャン、そなたに言伝じゃ」
「誰からですか?」
 塾から帰るなり、曽祖父に言われてカイシャンは首を傾げた。
「その前に。2月のチョコのお返しは済ませてきたか?」
「はい」
 カイシャンの返答に「ふむ」とひとつ頷くと、フビライは派手な色合いの大きな紙袋をカイシャンの前においた。
「柢王殿からそなたにと」
「……………………は?」
「柢王殿から、そなたに渡してくれと頼まれた」
「…柢王殿から、ものをもらう理由がありません」
「向こうにはあるように言うておったが」
「は?」
「そなた、先月桂花に贈り物をしておったであろう? なんでもその返しじゃと柢王殿が昼頃持ってこられた」
「どうしてアイツが…っ!」
「…ん?」
「い、いえ、なんでもありません。どうして柢王殿が…」
「そなたが贈ったチョコで、とてもよいことがあったとか…楽しそうに話しておったぞ」
(楽しいこと…? 俺が桂花に贈ったチョコで…!?)
(わからない……)
 桂花へ贈ったチョコの返しに、どうして柢王が来るのか。
 桂花に贈ったものなのに、どうして柢王がお礼に来るのか。
 意味も理由もわからなくて…でもわからない気持ちの悪さよりも、カイシャンは心の中に苛立ちと悔しさを感じ始めていた。
「とりあえず中を確認して、柢王殿に礼を言って来るがよかろう」
「……」
「カイシャン?」
「……はい」
 尊敬する曽祖父に言われ仕方なく、紙袋の口を少しだけ開けて覗き込む。
 最初に目に飛び込んできたのは、――――――― 白。
「!!」
「ほぉ……、これは見事な」
 声を詰まらせたカイシャンの横から手元の紙袋を覗き込んだフビライも、思わず感嘆の声をもらした。
「桂…花……?」
 中には背丈30センチ弱ほどの明らかに桂花を模したと思われるミニドールが一体。
 どうやって作られたのか、その髪も肌も瞳も……全てが本物のようにカイシャンの目をひきつける。ただ現実の桂花と比べると、人形ということを差し引いて考えても、等身の比率や表情などから、若めに…と言うか可愛く作られているように見えた。
「そなたが桂花を慕っておることを知った柢王殿が、わざわざ匠に頼んで作らせたものに違いない。よかったの、カイシャン」
「は…い」
 目を奪われながら、それでも次第に冷静になっていく。
(どうしてアイツが、俺に……?)

「失礼します」
「桂花っ!?」

 声がして振り向くと、ついさっきカイシャンも入ってきた勝手口から桂花が現れた。
「おお、桂花ではないか。さきほど柢王殿から素晴らしい贈物をカイシャンに頂戴した。よろしく伝えておいてくれ」
「……まさか……、来たんですか、あの人…、………!」
「桂花…?」
 フビライの言葉にそれでも半信半疑の桂花だったが、カイシャンの手にある見覚えのある紙袋を見つけ、一瞬言葉を失った。

(桂花、なんか空いてる紙袋で死ぬほどでっかいのってねえか?)
(なにに使うんですか? 棚の一番上に不用な紙袋がおいてありますけど、死ぬほど大きくはないですよ)
(んー)

 今朝の柢王との会話を思い出し、いまカイシャンの手にある紙袋の色や模様に、まさにあの紙袋だと確信する。
「カイシャン様、」
「なんだ?」
「それを…返してはいただけませんか」
「え…」
 柢王の思惑を考えこむあまり無口になりがちのカイシャンだったが、意外な桂花の申し出に逆に今度は言葉に詰まる。
「な、……なん…で?」
「……いえ、すみません。少し頭を冷やしてから出直してきます」
「え…? ま、待って! 桂花、待って! 俺の…俺のあげたチョコレート、美味しくなかった? …嬉しく、なかった、のか…?」
 来た早々、柢王からの品を返せと言ったかと思えば突然踵を返し出て行こうとする桂花の袖口を掴んで、懸命になってカイシャンは言葉を継いだ。
「いえ…いいえ、そういうことではありません。とても…美味しくいただきました。嬉しかったですよ。ただ……」
 歩を止め振り返り、桂花は必死に自分を見上げてくる黒い瞳を見つめて問いかけた。
「カイシャン様、ひとつお聞きしてよろしいですか? チョコに粉がかかっていましたが、あれはどこで?」
「カルミアがくれた。…桂花は苦いものが好きだから、これをかけるといいよって」
「……………なるほど」
「好き、じゃなかった…のか?」
「いいえ……。でも、そうですね……吾よりも柢王のほうが好きだったようです。だから、それをあなたに」
「アイツも食べたのかっ!?」
「すみません、あっと言う間に…」

 そう、あっと言う間に……。

 粉雪が風に舞い、できれば外には出たくないと誰もが考えるだろう、2月のその日。
 薬屋『夢竜』の前に、営業に出ていた桂花の帰りをじっと待つカイシャンの姿があった。
 毛糸の帽子に毛糸のマフラーと毛糸の手袋、たっぷり厚着の上にコートを着込み、分厚い靴下の重ね穿きにもこもこの長靴。完全防備なのだろうが、外にのぞく顔は雪に濡れ頬は真っ赤だった。
 通りすがりのおばちゃんたちの心配はもちろん、近所の肉屋や魚屋や寝具店や諸々の人たちも心配して数分おきに「うちに入って待ったらどうだい」と声をかけるがカイシャンは動かない。『モンゴル亭』の主に言えばなんとかなるかと思ったが、あれの好きにさせてやってほしい、と返される始末。こうなれば桂花がダメでも、せめて柢王が帰ってきて薬屋の中にカイシャンを入れてやってはくれないだろうかと遠巻きに皆が願っていたとき、
「…カイシャン様!?」
 カイシャンが、そして皆が待ち焦がれていた桂花が帰ってきた。
 同時に勝手に見守り隊(仮名)も安心して密かに解散した。
「桂花っ…!」
「どうしたんですか、こんなところで…。ああ、こんなに手も頬も冷たくなって…!」
 自店まで目と鼻の先まできたところでカイシャンの姿を認めた桂花は、すぐさま走り寄って膝を折り、自分のコートを着せかけた。その上から小さくて冷たい身体を抱きしめる。
(………うわぁ)
 じんわりと春のような温かさに包まれて、カイシャンの心は逸った。
「桂花っ。俺、桂花に…」
 俺が作ったチョコレートを、と胸に抱いたままの包みを意識しながら言いかけて……一瞬にして身体からぬくもりが消えた。
「なんだ、早かったな?」
「…あなたは遅いお帰りで」
 突然二人の後ろに現れた柢王が、桂花を羽交い絞めるようにして掬い立たせていた。そのままおんぶお化けのように背中に張り付き桂花の襟首に顔を摺り寄せている。
「おまえがいないのに、ひとりで待つなんてイヤじゃねーか、なあ!?」
「そうですか。わかりました。重いからどいてください」
「この重みが好きなくせに〜〜〜〜〜〜!!」

 バキッッ!!
 ――――――― 没。

「カイシャン様、さあ早く中へ。少し温まったら、モンゴル亭まで吾がお送りしますから」
「大丈夫。俺、いっぱい着てきたし。桂花に渡したいものがあって待ってただけだから」
 そう言って「ありがとう」とまず自分にかけてくれた桂花のコートを返し、手の中に大事に持っていたものを桂花に差し出す。
「…これ、は…?」
「俺が作ったんだ。バ、…バレンタインだから。そ、そしたら俺、帰る。おやすみ桂花!」
「え…? あっ…!」
 少し照れくさそうに言いたいことだけ早口で告げてしまうと、桂花に引き止める隙も与えず、カイシャンは雪明りの中を駆けていった。

「ガキんちょ、なに持ってきたんだ?」
 小さな後姿を見送る桂花の背後から、いつのまに復活したのか、柢王がひょっこり顔を覗かせ、桂花の受け取ったものを奪おうと手を出した。
「ダメです!」
 その手をピシリと打って、桂花は薬屋の戸を開けた。
 すぐに湯を沸かし、最近お気に入りの青茶を入れる。
 そうしてカイシャンからの包みを開き、中のものに笑みがこぼれた。
「一緒に食べて行けばよかったのに…」
 それぞれ大きさも形も微妙に違う、不恰好な一口大の生チョコレート。
 でもだからこそ、カイシャンが一生懸命に作ったものだとわかる。
「いただきます」
 着膨れした子供の姿を思いだし明日モンゴル亭に身体の温まるお茶でも届けようと思いながら、早速桂花はひとつ取って口に運んだ。
「………?」
 瞬間感じた違和感は、それが口の中であっと言う間に解けた途端、確信に変わった。
(これは…!)
「いただき〜♪」
「柢王…っ!!」
 止める間もなく、柢王も口に入れてしまう。
「結構うまいな〜。んでもガキんちょの分際で俺の桂花にバレンタインチョコ贈るなんて…アイツ最近調子こいてんじゃねーかっ」
 口調だけは憤慨した様子で口に放り込み続ける。
「はぁ…」
「なにため息ついてんだ、おまえ」
 口の周りに青緑色のパウダーをつけた柢王が、不思議そうに問うてくる。
「別に」
 そっけない桂花にそれ以上追求しなかったが、答えは数時間もせずに出た。
 雪は降りやまず、この冬一番の底冷えのする夜だったが、主人が戻った薬屋は熱帯夜のごとく熱い夜だった。

 営業の疲れもあり、翌朝は柢王より起きるのが遅くなってしまった桂花だったが、そのとき、ガキんちょにお礼しないとな…と笑いながら呟く声を聞いたような気がした。
 柢王がカイシャンに礼だなどと、それこそ信じられなくて、たぶん幻聴だろうと思っていた。
 そうしてひと月が経った、今朝。
「ガキへの返しは俺がしとくから、おまえはなんもしなくていいぜ」
 突然そう言われ、はいそうですか、と了承できるはずもなくきっぱりと断った。
 吾が頂いたものですから、吾がお返しをします、と。
 だが柢王も引かず、
「いいって。マジ、絶対アイツが喜ぶもの用意しといたからさ!」
 尚もきっぱりと言い放ったのだった。
 
 
(喜ぶもの、って…………)
 あの人のことだから、絶対なにか変なものを無理やり押し付けてきているに違いない。
 そう思い、どうしても予定から外せない馴染みの客だけを回り終え、モンゴル亭へと急いだつもりの桂花だった。
 ………結果は柢王に後れを取ってしまったわけだが。
 
 
「アイツが食べたのは、…別にいい。でも、」
「でも?」
「……これは…返したくない」
「カイシャン様」
「だって、これは俺がもらったものだ!」
「カイシャン、我侭を言うでない」
「いいえ、吾のほうが勝手を言っているのですから」
 そう言ってカイシャンを見て、ふと疑問が湧く。
 どう贔屓目に見てもカイシャンが好意を持っているとは思えない柢王から贈られたものに、どうしてそれほど執着するのだろうかと。
「カイシャン様、それではその中身を見せてはいただけませんか」
「…知らないのか?」
「え?」
「桂花は、この中身を知らないのか?」
「え、ええ。……でも柢王のことですから、なにか不調法したんじゃないですか?」
 桂花の決め付けたような物言いに、もしここに柢王本人がいても桂花の言葉は変わらないのだろう、とフビライの面にかすかに笑みが浮かんだが、桂花が気づいたのはカイシャンの変化だけだった。
「…だったら、」
 ほんの少し顔を赤らめ、カイシャンにしては珍しくそっぽを向きながら言った。
「これを俺が持ってるのが、イヤってわけじゃないんだな」
「は?」
「フォッフォッフォッフォッフォッフォッ」
「おじいさま…っ!」
「いやいや、すまん。…おお、わしはちょっと用事を思い出した。少し出てくるが、あとは頼んだぞ」
「え、あの、吾もすぐに帰りますけど…」
「では、わしの用事が済むまでここにいてやってはくれぬか。店のほうは大丈夫なのじゃろ?」
「まあ…たぶん」
 あまり役には立たないが、とりあえず店番はいる(はずだ)し…と、だらけた様子の店番を想像しながら桂花が答えると、
「では、頼んだぞ」
 そう言い置いてフビライは出て行った。
 
 
 


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