投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3
その夜。
閉店後の甘味処「モンゴル亭」に、カルミアがやってきた。
敬愛するティアランディアに、毎年愛の証のチョコ菓子を手作りして贈りたいという野望を抱いていたカルミアだったが、周りにそんな芸当(菓子作り)ができるものは見当たらず…。今年こそはと考えた末、家が甘味処で器具が揃っている上、自身も菓子作りの経験者らしい同級生に思い当たった。
だが近所で同級生とはいえ、当のカイシャンとは挨拶すら交わしたことがない。
躊躇ううちに日は過ぎギリギリの今日、ようやく声をかけることに成功したカルミアだった。
……だったのだが、
「そうじゃ、そこでココアパウダーを」
ジジつきなのは、なぜ。
「おじいさま、そろそろお寝みになって下さい。明日も早くから仕込があるのではありませんか?」
「おお、そうじゃな。それではそろそろ寝むとするか。カイシャン、カル坊の布団はちゃんと敷いたか?」
「はい。ここの片付けが終わったら、すぐに眠れるように用意してあります」
「うむ。ではあまり遅くならんうちに寝むのだぞ」
「はい」
「カル坊もな」
「…はい」
「…………どうして僕がカル坊なんだっ」
フビライが厨房をあとにしてしばらくすると、地を這う声が作業中のカイシャンの耳に届いた。
おまえのほうが俺よりちっちゃくて可愛く見えるからじゃないか…と心で即答したカイシャンだったが、口には出さない。そういえばカイシャン自身もカルミアの姿が視界に入らず見逃すことがたまにある、というか…さっきもあったな、と思い出す。
「おじいさまは水晶宮の旦那とは古馴染みだし、おまえのことも生まれたときから知ってるからじゃないのか。俺も、おまえの父上や番頭さんと商店街ですれ違ったりすると『カイ坊、いつも元気だな!』って言われるぞ? …たぶんこっちが知らなくても、大人のほうでは俺達のことをよーく知ってるつもりでいるんだろうな」
「…………フン」
カルミアはまだ不満気だったが、カイシャンはなんだかおかしかった。
「それより、俺のはそろそろ仕上がるけど……」
自分の分は不器用ながらもフビライに教わったとおりオーソドックスではあるがそれなりに仕上がりつつある。あとは冷蔵庫で冷やしてパウダーをまぶしたりトッピングをすれば出来上がりだ。
だがカルミアのものは………。
「…それはまずいんじゃないか」
フビライが出て行った途端、カルミアは持ってきた大きな風呂敷包みの中から赤やら青やらの粉末や物体を取り出して、チョコ生地に大量に混ぜだしていた。
「マズイわけないだろ、この僕が愛を込めて作ってるのに! …まぁお子様な君には理解できないかもしれないけど、大人なティア兄様は死ぬほど辛いものがお好きなんだ!」
「ほんとにか?」
「柢王殿がおっしゃってた!」
自信満々に胸をはって答えるカルミアに、
「…………そ、そうか」
嘘くさいと思いつつ、カイシャンは頷いてみせた。
「そういえば、あの薬師は苦いものが好きだって言ってたぞ」
「苦いもの? でもうちに来ると俺が盛ったみつ豆とか、丸めた大福とか好きだって言ってくれるぞ」
「社交辞令じゃないのか」
あっさり返されたカルミアの答えに、
「…………そ、そうだったのか」
カイシャンはショックを隠し切れない。
「落ち込むなよ、うっとおしい。…そう思って、君の分も用意してきた」
ほら、と渡されたのは掌に納まるサイズに小さく折り畳まれた紙包み。開いてみれば青緑色した粉が入っている。苦いものでこんな色なら、ニガウリとかの類だろうか。フビライが好きで、前に新メニューの味見でゴーヤゼリーを作ってくれたのだが、それきりカイシャンは食べる勇気を失ったままだった。粉を見つめながら、そんなことを思い出していると、
「それを出来上がったものにまぶせば、少しはあいつの好みに仕上がるんじゃないかと思う」
「……カルミア」
「ほら、これも」
カルミアから渡されたのは自身もさきほどから着用している不織布マスクだった。
「粉って結構飛ぶからな」
たとえ愛する人が好むものでも、辛いのやら苦いのやらを吸い込んでは大変だ。お菓子作りどころでなくなるかもしれない。
「…うん、ありがとう」
カルミアの準備のよさに一瞬面食らったカイシャンだったが、すぐに心からの感謝を述べると、おそろいのマスクをつける。
そうして再びふたりは無言で作業に没頭したのだった。
そして―――。
口にふくめば、ほんのり冷たさを感じた瞬間ふわりと舌のうえでとろけるような、愛の手作り生チョコレートが完成した。
カルミアのものは、食感を楽しんでもらおうと赤唐辛子と青唐辛子を細かく細かくみじん切りにしたものを生地に練りこみ、表面には赤・青唐辛子のパウダーをまぶした究極のチリチョコレート。
そしてカイシャンのほうは、実は入ってないまでもニガウリパウダー(推測)がまぶされた、ほんのり苦味の利いた大人のためのゴーヤチョコ。
「うん、いいじゃないか! …っと、そうそう、これこれ…」
出来上がった生チョコを前にご満悦だったカルミアが、なにやら楽しそうにゴソゴソと風呂敷包みの中を探り出す。
その横で、カイシャンはふとこの数時間を振り返った。
…ここに来るまでの道のりは、カイシャンにとって遠く険しいものだった。
甘味処「モンゴル亭」を手伝う看板曾孫ということで周囲には誤解されがちだったが、実のところカイシャンは手先が器用なタイプではなかった。
店の手伝いも、フビライが言いつけるのは、混ぜるだけとか丸めるだけとか、極力簡単な作業だけで。
だから今夜の、いきなり厨房を使わせてほしいという子供達の申し出にも、フビライは出来るだけ簡単に作れるものをチョイスして自ら指導に当たったのだった。
それでもやっぱりカイシャンは容器をひっくり返してしまったり、湯煎のところを直火にしてしまったりと簡単な失敗を繰り返し、そのたび挫折しそうになっていた。
(ほんとに俺にできるんだろうか…)
(……こんなグチャグチャなものもらったって、桂花、迷惑なんじゃないのか?)
不器用な自分の掌の熱で融けかかったチョコをボーッと見ながら、そんな考えが浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。
「なにしてるんだっ、握るなバカっっ!!」
「カイシャン、氷じゃ」
もしカイシャンを叱咤激励してくれた二人がいなかったら、きっとここまで辿りつく事は出来なかっただろう。
自分がここまで来れたのは、ふたりのおかげなのだ……。
「おいってば!」
「ぅわっ…な、なんだ?」
すっかり自分の世界に浸りきっていたカイシャンは、カルミアの声に一気に現実に引き戻された。
「ボケッとしてる暇なんてないだろっ。ほら、コレ!」
そう言って差しだされたのはラッピングセット一式。
「おまえ、本当に用意がいいな…」
「当然だろ」
カルミアの性格もあるのかもしれないが、それら全てが守天への愛の表れなのだろうとカイシャンは思った。
(俺も頑張らなくちゃな…!)
「小さすぎるかと思ったけど、このくらいでちょうど良かったな」
そうつぶやきながら満足げにカルミアがチョコを小箱に入れて漆黒の紙で包みだす。慌ててカイシャンも箱と包装紙を手に取る。
そうしてカルミアは金、カイシャンは薄紫のリボンをつけ、翌日それぞれ意中の人にチョコを贈ったのだった。
「どうだった、ちゃんと渡せたか?」
「うん。おまえは?」
「僕が渡せてないなんてこと、あるわけないだろ」
フン!とばかりにそっぽを向かれても、カイシャンはつい笑ってしまう。
「なんで笑ってるんだ」
「いや別に…。チョコ、気にいってくれてるといいな?」
「なにボケたこと言ってるんだ君は」
カイシャンの言葉にカルミアは呆れたように大きな息を吐くと、きっぱりと言い切った。
「この僕がリサーチして、ちゃんと好きな味に仕上げたんだから、気にいらないわけないだろっ。絶対気に入ってるはずだ!」
「そうだな」
自信満々のカルミアに、笑顔でカイシャンも大きく頷いた。
ところで、2月半ばといえば、例年塾ではちょうどさまざまな行事が催される時期だった。縄跳び大会や雪の彫像作り大会、定期試験に卒業式の予行練習、春にある入塾式の準備等々、大人同様、子供の世界もそれなりに多忙だった。
そのため二人の子供達は、チョコを渡したきりどちらも彼の人と顔を合わすことなく毎日が過ぎていった。
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