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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.183 (2008/03/24 11:13) title:暮鐘
Name:碧玉 (210-194-222-7.rev.home.ne.jp)


 この辺りだろう。
 見当をつけ空也は高度を落とす。
 眼下には緑溢れる平原が広がっている。
 以前は蒼龍王視察の離宮があった東端の地。だがその宮は今はない。
 国有地なので踏み込むものなく自然そのまま。
 しばらくすると森を背にポツンと小さな家が見えてきた。
 空也の上官である柢王と側近桂花の住居だ。
 ―――ストン
 家の前に降り立つ。
 空也が地に足をつけると扉に吊るされた小枝が乾いた音をたてはじめた。
 その小枝には見覚えがある。虫除けに効くと桂花に教えてもらったから。
「空也。何かありましたか?」
 背後にかかった声に空也は振り返る。見ると裏手からヒョッコリ桂花が顔を出していた。
「輝王さまから問い合わせが。早く知らせたほうがいいかと思っ・・・て・・・」
 返答しながら駆け寄り、角を曲がったところで空也は息を呑んだ。
 一面、大量の洗濯物がパタパタとなびいていたから。
「・・・これ桂花殿が?」
「吾以外する人はいません」
 当然と桂花は答える。
「凄い量ですね」
「このところ休みが有りませんでしたから。それより空也も非番のはず?」
「花街の詰め所に顔出したんです」
「休日まで花街ですか。さすが柢王の部下ですね」
 チクリと皮肉を言って、桂花は内容を促した。
 予想した通り大した用件でない。柢王の非番をねらった輝王の嫌がらせだ。
 だが放置するわけにはいかず、桂花はため息をついた。
「返書するなら届けますよ♪」
「お願いします。柢王直筆でないと・・・もうそろそろ戻ってくると思いますが」
「待ちますって。 柢王様お散歩ですか?」
「ええ。強制的に」
 言って桂花は再び手際よく洗濯物を干し始めた。
 白いシャツにパンツという桂花の出で立ち。軍服や宴会で着飾っている時より色濃く見え、空也は首をひねる。
「なんです?」
 空也の凝視に桂花は問う。
「桂花殿の普段の姿ってはじめてだと思って」
「日常まで軍服は着ません」
「そりゃそうですケド・・・」
 いつもながらの辛辣な口ぶり。だが険が感じられない。
 そうか。空也は気付いた。この場所が彼を寛がせていることを。
「わざわざ干さなくても桂花殿だったら風で乾かせるでしょう?」
「たまには外気に当てないと」
「手間がかかるのに?」
「柢王に汚れ物を出させる方が余程手間です。噂をすれば何とや。帰ってきましたよ」
「おっ、空也。何かあったかぁ」
 桂花の言葉に快活な声が被さる。上官にてこの家の主、柢王であることはいうまでもない。
 報告する空也に桂花はさりげなく補足を入れ、休暇が台無しと渋る柢王に返書の型を示唆する。
「おまえが返してくれりゃいいのに」
「面倒が増えるだけです」
「おまえが返そうが中身は一緒なのになァ」
「ホラ、さっさと顔を洗って」
 ボヤく柢王にタオルを投げ桂花は家に駆け戻る。
「ブッ!!いてッ・・・」
 ふたりのやり取りに噴出した空也に石つぶてがあたる。もちろん柢王の仕業だ。
「悪りぃな、茶でも飲んでてくれ」
 してやたり!!
 涙目で頭をさする空也に柢王はニヤリと笑い、急いで顔を洗い桂花の後を追う。数分後、桂花が茶道具を手にやってきた。
「うまい。それにいい匂いですね」
 桂花が渡した冷茶を空也は一気に飲み干し息をつく。
「このお茶は目にもいいんですよ」
「へぇー。でも俺もう目は」
「治ったなら尚更大事にしなくては。軍人は身体が資本です」
「そうですね」
「今度は熱いのを淹れましょう」
 今度は自分の分もお茶を注ぎ桂花は空也の隣に腰を下ろした。
 土手一面に咲く小さな白い花を、お茶を飲み並んで眺める。
 紫水晶の瞳はいつになく優しく。
 ゆったりと流れる時間。
 得したな。空也はボンヤリ思う。
 尚も二杯お茶を楽しんだ頃、柢王がやってきた。
「お茶の葉持っていきますか」
 桂花の申し出に空也は即答。
「また飲みにきます。桂花殿に淹れてもらった方が絶対美味しいし」
「高いぞ」
「報酬ってことで。速達で届けますからっ」
 笑って突っ込む柢王に空也は書簡を翳し、慌てて空に飛びあがる。
 見上げる柢王と桂花に空也は叫ぶ。
「また来ますっ。ぜーーーーったい、来ますからーーーっ!!」
 
 
 あれから数ヶ月。
 空也は一人東端の地にいた。
 建物に裂傷はないものの廃墟となった今はどこか寂れている。 草木もボウボウと生い茂り荒みに加速をかけている。
「桂花殿が悲しむな」
 ポツンと呟き空也は足元の雑草をむしりとる。 
 この家が桂花にとって唯一の憩いの場と知っている空也は、このままにはしておけなかった。
 伸びきった枝を揃え、枯れ果てた草木を抜きさる。
 倒れかけた花を植えかえ、乾いた土に水を撒く。
 ガーデニングが重労働であることを空也ははじめて知った。
 記憶に残る外装再現に一心腐乱打ち込むうち、すっかり薄暗くなっていた。
 空也の全身は汗と泥にまみれ、手足は重く疲労を伝える。
 だが息吹を取り戻した庭を眺める顔は達成感に満ちていた。
「柢王様っ・・・・桂花殿っ・・・」
 いまにもふたりが現れそうで空也は呼びかける。
 だが返るものはない。
 忘れかけていた現実が空也に重くのしかかる。
 憧れ慕っていた柢王元帥の死。そして英知と美を兼ね添えた側近殿の失踪。
 柢王元帥の葬儀の日、側近桂花は結界石で行われた罪人の処刑に乱入し、刃を振るったそうだ。乱心やら魔族の本性だのの噂と共に桂花の負った致命傷が伝えられた。「あの傷では生存はないだろう」現場にいた兵士は告げる。
『乱心!?』空也は笑う。
 あの聡明な人が理由もなく無謀な行動をとるわけない。
 何かある。
 せざるを得なかった訳が。
 けれど今となっては―――――ただ、ただ願う。
 ―――――生きていてくれと。
 ―――――この地に帰ってこなくてもいい。だから、どうか。
 空也の願い、それは祈りですらあった。
 気持ちを切り替え空也は大きく息を吸い込むと空へ飛び上がる。
 そして以前と同じ言葉を吐く。
「また来ますっ。ぜーーーったい、来ますから〜〜〜っ!!」
 ―――――――――・・・タン   カタン  カタン  カタン
 扉にかかる小枝が乾いた音を奏ではじめる。
 空也に応えるかのように。
 その音は風に乗り東端の地に響きわたる。
 優しく。強く。温かく。
 響きは麻痺した空也の心の奥にもゆっくり浸透していく。
 突然の出来事に慟哭できなかった心を癒すように。
 乾いた空也の瞳に涙が湧きあがる。
「うっ・・・うううう」 
 嗚咽が込み上げる。
 悲しみは堰を切った河ように激しく空也に襲いかかる。
 空也は泣いた。子供みたいに、全身全霊で。
  カタンカタン  カタンカタン  カタンカタン  カタンカタン  カタンカタン
 奏は空也を優しく包み込む。
 暮鐘のようなその音は、空也の涙が枯れるまでいつまでも東端の地に鳴り響いていた。
  
 
 
 

 
 

 


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