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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.179 (2008/01/31 01:14) title:PECULIAR WING 14 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (228.239.150.220.ap.gmo-access.jp)

BRILLIANT WORLD

 潮の匂いが濃紺に金をまき散らした夜空に漂っている。
 月明かりにほの光る白砂。後ろからはレストランの明かりと賑いが感じられるが、まだあたたかな砂の上に並んだ足跡をつけて歩く
ふたりの耳に聞こえるのは潮騒だけだ。

 軍の敷地を出て、一同は小解散。航務課スタッフは仕事に戻ったし、空也は頼まれた買い物に出かけた。残ったメンバーはひとまずホテルに戻ったが、
「ってことで、俺らはここで退散な。おまえたちも話したいことあるだろうし、俺らもせっかくの休みだから有効に使いたいし。
晩飯も勝手に食うから、おまえたちはふたりでのんびりしろよ。明日、帰るんだしさ」
 柢王がそう言って、フロントで鍵を受け取った。いつの間に部屋替えを手配したのか、スィート・ルームのナンバーを読み取ったアシュレイが
眉を吊り上げ、
「おまえ、ここに来たのはいちゃつくためかっ!」
 怒ったのに、
「だってここ俺のプロポーズ記念の島だもん。つーか、おまえもさ、アシュレイ。ここは忘れられない島になってんだから、いっそもっと
とことん忘れられない島にしてみたらどうだよ? な、ティア?」
 からかうようなその言葉に、アシュレイはきょとんとし、ティアはなぜだか真っ赤になった。爆笑する柢王の隣りで、桂花があきれたような
顔をしている。
 アシュレイはまだきょとんとしていたが、そのふたりの顔を見比べると、
「ふたりとも、いろいろ、悪かったな。それに──言ってくれたこと、役に立った、サンキュ」
 桂花の瞳を見てそう言った。と、爆笑をやめた柢王の瞳に優しい笑みが宿る。クールな機長も静かに微笑って、
「吾はなにもしていませんよ」
 こっちが立ち直ったようならそれでよしとばかり、さらりと接してくれる先輩機長たちに、アシュレイもちょっと面映いながらも笑顔を見せた。 
 明日のフライトは見送るから朝食の席で会おうと約束して、解散。ティアとアシュレイとは、少し休んでから夕食を一緒にすることにして一度、
部屋に戻った。
 そして、美しいドーン・ピンクとオレンジが交じり合う日没のレストランで食事をしてから、一緒にビーチを歩くことにしたのだ。

「星がきれいだね」
 ふいに、ティアが足をとめて言った。一歩だけ先を歩いていたアシュレイがふり向くと、零れ落ちそうに広がる星座を見上げているティアの
横顔が目に入る。瞳を細め、
「星空を見るなんてすごく久しぶりのような気がするよ。リゾートだったら何度も来てるのに、そんな心の余裕がなかったのかな」
 微笑んで、アシュレイに視線を戻す。アシュレイはそれに小さく肩をすくめ、
「おまえは忙しいからな。それに気にしないといけないこともいろいろあるし──」
「それは君たちだって同じだろ? いろんなところに行って、いろんな人と関って、大勢の人の安全を守って……大変な仕事だよ」
 アシュレイは頷いた。確かにそうだ。機長になってからなおさら、いまいるところはゴールではなくスタートなのだとわかることばかり。
ただ飛べれば楽しいと思っていた新米時代とは本当に違って来ているけれど。
「でも、誇りに思える仕事をしてると思ってる。だからそれに関るいろんなことが楽しい。それを束ねてるおまえの仕事だって、
俺はものすごく誇りに思えることだと思うぞ」
「うん、私もそう思ってるよ」
「──ティア、俺な……」
 と、笑顔で頷いたティアに、アシュレイは口を開いた。
「機長になってから、自分がひとりで飛んでるんじゃないって、ほんとにわかるようになってきたと思ってた。おまえや、みんなが
支えてくれるから俺は飛べるんだって、ほんとにわかってきたって思ってた。でも、あの官制であいつらのフライトを見守ってるしかない時に、
初めて、おまえや地上のみんなはいつもあんな思いをしてるんだなってわかった。俺たちのことサポートしてくれながら・・・…ただ信じるより
他にない時もあるんだって」
「アシュレイ……」
「心配するのは信じてないってことじゃないよな。信じるしかできない時もあるんだよな。気がつかなくて──いろいろ心配かけてごめんな、
ティア。それに、迷惑もかけて」
 言ったアシュレイに、ティアは目を見開く。慌てたように首を振って、
「私こそ、君の気持ちも考えずに、押しかけて来て本当にごめんね」
「おまえが来てくれて、嬉しかった。おまえの顔を見た時、本当は嬉しかったんだ」
「アシュレイ……」
 ティアが瞳を潤ませる。アシュレイはその顔を見つめて言った。
「昼間、あいつに言ったのは俺の本心だからな。俺はまだがんばっていろんなこと勉強しないといけないし、その間にもおまえに迷惑かけたり
心配かけたりするかも知れないけど……でも、俺はおまえが心から安心できるように、おまえが誇りに思えるようなパイロットになるから。
俺が飛んでるなら絶対大丈夫だって、おまえにも、みんなにも思ってもらえるパイロットになるから。だからティア──」
 アシュレイはまなざしを上げ、そしてこぼれんばかりの笑顔で宣言した。
「今度は俺が世界一のパイロットになって、おまえを乗せて飛んでやるからな!!」
 ティアの瞳が限界まで見開かれる。あふれてきた涙が、そのきれいな瞳をゆらす。
 泣き出しそうな、でも、その顔はすぐにアシュレイの見たなかで一番きれいな輝くような笑顔になって、
「うん、アシュレイ、約束だよ!」
 大声で答えると、抱きついてきたティアの体を、アシュレイもしっかりと抱きしめる。
 笑顔1000%、抱き合うふたりは────しかし、まだカップルではないので、回らない。
 
             *
    
             *

 午後の日差しが世界を金色を帯びたあざやかなブルーに染め上げる。
 上昇中の機体のコクピットで、アシュレイは、コー・パイ席の空也にフラップを畳むように指示を出した。
 ラジャーと答えた空也は、セッティングを終えると、きらめくような外の景色に瞳を細め、
「いい天気ですね。風も少ないし、今日はぶじに戻れそうですよ」
 航務課によれば、本日、空は雲の少ない上天気。帰着空港も雪の心配もなく、フライト事情は良好そうだ。中二日まであれこれあった
フライトだが、胸のうちがすっきりした機長も晴れやかな顔で、
「でも最後まで油断するなよ。クリスタルの空を出るまでは特にタービュランスの心配もあるから」
 ふたりして、油断なく全てを見張り、機体が更に上へと進もうとしたその時──
「キャプテンッ、レーダーに機体が……!」
 空也の言葉に、えっ、とレーダーを見れば、それは後ろから左右に広がりつつ追い上げてくる小型の機影が四つ。
「どうゆうことだ? 空也、官制に……」
 言いかけたアシュレイの言葉を遮るように、無線から、聞き覚えのあるイルカチームのリーダーの声がした。
『王室からの命で、この機が領空を出るまで護衛をします』
 言われて、驚いたアシュレイは、思わず視線を左に向けて、げっ、と叫ぶ。
 晴れ渡る青い空。コクピットの窓の左、一定の距離は開いているものの、飛んでいるのはあのイルカチームの青い機体だ。アシュレイの側に
二機、空也側に二機。
「ご、護衛って、みなさんがですかっ」
 確かめるようにそう言うと、リーダーの声はこともなげに、
『はい。昨夜命令を受けました。そちらの航務課には話が伝わっているはずですが』
 ふたりはえっと目を見張り、それから、ああっと叫んだ。本日のプランニングをしてくれた航務課スタッフは、では、と出かけようとする
ふたりを引きとめ、ふしぎな笑顔でこう言ったのだ。
『ふたりとも、承知だと思いますが、空の上では色々なことが起きます。冷静に、そしてお客様に楽しんでいただけるフライトにして下さい』
「あれはこのことかーーーっ」
 言わないかふつうは、言うだろう? 心の中の航務課に尋ねてしまうアシュレイの隣りで空也も青ざめた顔で、
「機長、護衛があるほうが危ないですよっ」
 だが、四機は上昇するこちらの機体の、ニア・ミスにならない距離を悠々飛んでいて、それが王室のご厚意だと言われたら文句のつけようがない。
むむむ、と考え込むアシュレイの耳に、イルカ・リーダーが、
『氷暉はいませんからご安心下さい』
「って、いたらびっくりだっ!」
 思わず、アシュレイは柢王ばりにつっこむ。が、すぐにため息をついて、
「王命でまさか落とされることはないだろ。空也、操縦頼む」
 空也に操縦を任せると、客席用のマイクのスイッチを入れた。

『お客さまに、機長よりお知らせ致します。ただいま、当機の左右にクリスタル・アイランド空軍の機体が飛行しています。これらは
クリスタル・アイランドの誇る精鋭『エア・ドルフィン』──王室の特別なお計らいにより、本日、当機がクリスタル・アイランドの領空を
出るまで見送ってくれる予定です。窓際のお客さまにはどうか、シェードを上げてご覧下さい』
 流れてきたアナウンスに、Fクラスの座席にいたティアは目を見張る。へぇーと、客席がどよめいて、他の客たち同様、ティアも急いでシェードを上げた。
 と、真っ青に輝く空の先に、きらきら光る青い機体が、上昇しているこちらと並んで飛行しているさまが見える。
「戦闘機だ」
「初めて見るよ」
 興奮にざわめく機内にはいつになくわくわくした気配がただよって、CAたちもめずらしそうにちらちらと窓の外に目をやる。
その四機は、次第にうっすら流れる雲が出始める頃までそうして、天界航空機の左右を護ってくれていたが──
 ふいに、合図されたように、機体が翼を傾けて、視界の下に消えていく。
「あぁ…」
 と、客席に名残惜しそうなため息がつかれたその時──
 わあっ、と歓声が上がった。見れば、もう数qは先の空に、翼を揃えた四つの機体が、こちらの向う視界の右から左へ大きな半円を描いていく。
その後に、浮びあがったのは色あざやかなスモークで描かれた、七色の虹だ。

 扉ごしに沸き起こっている拍手を、コクピットのアシュレイと空也は目を見張ったままで聞いていた。クリスタルの領空ギリギリ、
描き出された数qの虹の橋をくぐりながら、
「……いい旅になりそうですね、キャプテン」
 戻っていく機体をレーダー上に見送る空也が、アシュレイの顔を見て微笑んだ。アシュレイも肩をすくめ、
「ほんとにめちゃくちゃな軍隊だな」
 いいながらもその美しい空を見つめる。
 今度の旅で、初めて接したファイター、と呼ばれる人たち。
 旅客機とは違う機体、違う目的、違う思いを抱えて、違う高さを飛ぶ翼。超音速が気流を切り裂くその世界でかれらが本当に見ているものが
なにかなど、人生初めの新米機長に本当に理解できたはずがない。
 それでも、
(俺は俺の大事なものを護って飛ぶんだ──)
 乗客を。かれらの大事な思いを。待つ人のところまで大切に連れていく。それが自分の夢だし、自分の翼だ。ファイターたちが護る安全な
地上から、大事な命を乗せて目的地まで飛ぶ翼。
 誰も彼ものすべてを理解することはできないけれど、思い描くことで、人はより優しく強くなれる。
 だから、心を鍛えて、可能性の限り大きな夢を思い描いて、後ろに乗ってくれる人たちにただ一度の大切な旅を提供できるように──
 そのためにも……。
「絶対に、世界一のパイロットになってやるからな──」
 微笑んだ機長はホィールをしっかり、握りなおし……。
 
 やがて機体は超高高度のコバルトに輝く世界に包まれていくのだった──
 

 上昇する機体はやがて色あざやかなコバルトの続く高高度の光のなかへ──


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