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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.178 (2008/01/30 20:15) title:PECULIAR WING 13 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

BREAK THROUGH

「お騒がせしまして申し訳ありませんでした」
 やはりどこまでも落着き払った隊長がそう言ったのは、司令塔の一階にある、おそらくお客様用の部屋でのことだ。
 正体不明機をぶじに追い払い、墜落した機体とパイロットを迎えに行く指示を出すコントロールと裏腹、用事もなくなった天界航空一行様は
早々に軍の人に連れられて管制塔を出た。
 もとから管制塔は関係者以外立ち入ってはならないところであるし、いましがたの出来事は平和な旅客機業界にいる身としては
終わったからこそよけいドキドキすることだ。指示を出してから行きますと言った隊長を残し、軍の人の運転で司令塔へ向う間もメンバーは
誰も口を聞かなかった。
 司令塔の客室のようなところで冷たい飲み物を口に入れてようやく、
「……んっと、よくやるよな、軍隊って。あんなん毎回やってたら絶対ストレスでハゲるって」
 やれやれとばかりの苦笑いでそう言ったのはやはり柢王で、ティアも大きくため息をついて、
「おまえたちはまだいいよ、わけがわかるもの。私なんか心臓止まりそうで……」
「ああ、なんかおまえ、そんなのマジでありえねぇだろっ!みたいなこと口走りかけただろ、あん時。つか、まあ、俺も思ったけどさ」
 ソファの背に首を乗せた柢王に、ティアは恥ずかしそうな顔をしたが、
「アシュレイが止めてくれたから……ずっと、私の手、握っていてくれたんだよね」
 心底ほっとしたようなその笑顔に、アシュレイも頷いて、
「俺だってびっくりしたからな」
「本当ですよね」
 と、空也もしみじみと頷いた。
 他人のフライトでここまで心拍数が上がることなど誰も初めてに違いない。軍のフライト。軍の緊急事態。長くこの世界にいる人でも
経験する人はほとんどないに違いないそれを立て続けに見て、それぞれ疲労と感慨がのしかかっている感じだ。常識外れの、まさに奇跡のような
ものすごいフライトでもあったはずなのに、それに対して誰も言葉が出て来ない。
 と、窓の外、轟音が近づいてきて、見れば遠い滑走路にあの銀の翼の機体が滑り込んでくるところだった。機首を必要最低限までしか下げない、
独特のやり方で、この前と同じく、奇跡のように減速していく。
「ぶじに戻ったみたいですね……」
 窓の外を見た桂花がつぶやく。アシュレイもそれに頷いた。
 と、そこにノックの音がして、隊長が制服将校ふたりとともに入って来たのだった。

「みなさんにはよぶんな心配をおかけすることになって大変申し訳ない。どうかご容赦下さい」
 頭を下げた隊長に、代表のティアが慌てたように居住いを正す。
「こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが……本当に心に残る場面を見せていただいたと思います。こんな言い方は
失礼かもしれませんが、軍の方に対して、心から敬意を抱きました」
 まじめな顔でそう答えたティアに、隊長が初めて、優しい顔で微笑んだ。その瞳をアシュレイに向けると、
「あれがファイターの全てとはいいませんが、現実の一部ですな。だからと言って、あなたになにか求めようというつもりはありませんが」
 言った隊長に、アシュレイも頷く。
「見せてもらって……よかったと思います。無理を聞いてくださって、ありがとうございました」
 頭を下げたアシュレイに、ティアが、アシュレイとつぶやいて微笑む。柢王たちもほっとしたように瞳を見合わせた。

 帰りも炎天下の空の下、軍の人の送りつき──
 晴れ渡った空の色はあざやかで、つい小一時間前にその上でドッグ・ファイトが行われようとしていたことなど伺えない上天気だ。
敷地を走るジープの座席でアシュレイはため息をついた。と、その瞳にアラートの裏側から出てくるパイロットの姿が映る。
「止めてください!」
 軍の人が驚いたようにジープを止める。とたんに、アシュレイは外へ駆け出した。
「アシュレイッ!」
 ティアも慌てたように車を降りる。その後に続こうとした柢王を、桂花が腕を伸ばして遮った。
「え、なに?」
 尋ねるのに、クールな美人は軽く顎で向こうを指し示し、
「あれが例のパイロットだと思いますよ」
 言われた柢王は、えっ、とそちらを見やった。そして、笑みを浮かべると肩をすくめ、
「じゃ、しゃーねーか。自分のフライトの問題、だしな」
 どっかりと、浮かせた腰を落ちつかせた。

「おまえっ!」
 アシュレイの声に、炎天下の日差しのなか、暑いに違いないフライトスーツに身を包んだあのパイロットは、めんどくさそうに顔をこちらに
向けた。息を切らせて駆け寄ったアシュレイと、同じくその後ろで見守るティアとを無感動に見ると、
「なんだ、サル、まだいたのか」
 どうでもいいことのように言う。
 ヘルメットの下の汗でわずかに額に張りついた髪と、その瞳の上から頬を切り裂く傷跡。まだいたのかと言うことは、アシュレイが思わず
叫んだ声を、無線越し聴き取っていたということだ。それでも、高濃度のコバルトのようなその瞳は相変らず冷ややかで、こちらの感じている
思惑など切り離す温度だ。
(たったひとりで飛ぶ翼……)
 地上で誰がどう思おうと、闘うその時、あの張りつめた空に見るのはただ自分の闘うべき相手だけ。それがファイターというものだろう。
仲間とともに空にいても、そこで感じる気持ちの温度は旅客機のコクピットとは大違い。
 そのことのなにを、アシュレイが真実、実感できたわけでもない。
 それに、
(国を護る翼は、いつか、他の国の愛国者を撃ち落すかもしれない翼だ──)
 それが世界の現実の一部なのだとしても、それをどう解釈したらいいのかさえ、いまのアシュレイにはわからない。
 ただ──
(本当に、それだけなのか……)
 あのコクピットのなかで、この相手が感じるものは、いつでも張りつめた気持ちだけなのだろうか。
 フライトにリハーサルはない、と言った隊長の言葉の意味はよくわかる。旅客機の機長だって同じことだ。でも……。 
 楽しさは、無責任とは違う。あの空の上でのびやかな気持ちになるのは、だから後ろのことなど忘れているというのとは違うのだ。
 パイロットが命の重さを忘れたら、それは命の無軌道で身勝手な翼になる。だが、同時に、空や翼を信じる気持ちがなければ、
誰があの場所で、命を護る強さを信じられるだろう。空も翼も好きではなくて、誰がヴィルトゥオーゾと呼ばれるほどうまくなれるのだろう。
飛ぶことにかけらも楽しさがなくて、
(あんなフライトができるのか──)
 目の前にくるりと半回転して放たれた矢のように視界を過ぎる。腹は立ったけれど、それでも、あの機体を自分の手足のようにして飛ぶ高揚は、
そこに命が関るのとは別の次元で当然のことだろうに。
 こちらを見下ろす冷たい瞳に、そう言いたかったけれど、それを言うことはできない。
 だから、アシュレイは別のことを言った。
「おまえのフライト、見たぞ。……すごいと思った」
 けどなっ、と、アシュレイは語気を強めて相手の瞳を睨んだ。
「だからっておまえがやっためちゃくちゃは許さないからなっ! おまえがなに考えて飛んでるかなんて俺にはわからないけど、
俺は──俺だって、自分の客を大事にその大切な人のもとまで届ける責任があるんだ! だからおまえのしたニア・ミスは絶対に許さないからな!」
「アっ、アシュレイ!」
 ティアの慌てたような声が背後で聞こえたが、目の前の相手はバカにしたように肩をすくめ、
「サルに許してくれと頼んでない。話がそれだけなら出ていけ、ここは軍の敷地だ」
 下らないことを聞いたように背を向けようとする。その背中に、アシュレイは叫んだ。
「だから俺は世界一のパイロットになってやるからなっ!!」
 えっ、と、ティアの驚いた声が聞こえる。痩せた背中がぴたりと止まって、その頭がかすかにこちらを向きかける。アシュレイはそれに
腹の底からの大声で続けた。
「俺は絶対、世界一のパイロットになってやるから! おまえにだって、他の奴にだって、俺が飛んでるなら大丈夫だって言われるくらい、
うまくなってここの空を飛んでやる! おまえが二度とあんな悪ふさけできないように──俺は、世界一のパイロットになって、
俺の客を絶対安全にこの島に連れてくるからなっ!!」
 そう──
 やっと、迷いが晴れて雲間から光が差すように。
 決めたことはそのことだ。
 世界一のパイロットになって、自分の客をこの島に、そして、待つ人たちのところまで連れていく翼になること。
 空の旅はアシュレイとってはいつも胸をときめかすものだ。
 小さい頃、父親の乗った機体を眩しい思いで見上げていたあの頃と同じに、いまでもあの真っ青に光に満ちた空の上は、胸をときめかせて
くれるものなのだ。
 トラブルがあったり、力不足で歯噛みしたい気持ちがあったとしても、あの遮るもののないコクピットから見る世界はいつも輝きに満ちている。
あの場所から見る世界は、人の決めた境界線など意味をなさない、純粋な光に包まれている。
 だからその空の上を。
 自分のシップに載り合わせた全ての人を、大切に、地上で待つ人のところに連れていく。
 それが誰かにとって心ときめく旅であっても、そうでなかったとしても、ひとつのシップに同じメンバーが載り合わせた旅は一度しかない。
国籍も年齢も違う人たち。そこでしか、居合せることのない人たちを、人生の次の場面へ、そして、その人たちを地上で待つ大切な人たちの
もとに送り届けることこそが、自分の役割なのだ。
 だから、その人たちに、自分が飛んでいるのなら大丈夫だと思ってもらえるように──
「俺は絶対世界一のパイロットになってやるからなっ!!」
 心の底からそう宣言したアシュレイの前で、張りつめたフライトスーツの背中は、しばらく動かずにいたが……。
「寝言は寝てから言え、サル」
「いいいいーーーっ」
「おまえの腕じゃ百年早い」
 パイロットはバカにしきった顔でこちらを振り向くと、アシュレイの瞳を見据えてそう言った。
「つまらないことで時間使った。さっさと山に帰れ、サル」
「おまえなぁっ」
 アシュレイは真っ赤になって叫んだ。
「時間取ったからっておまえどうせ営倉に戻るだけだろうっ! 禁固刑が偉そうに言うなっ!」
「うるせぇ、サル。サル山に帰ってから騒げ」
「ふざけるなっ! おまえこそ永遠に禁固刑くらって出てくるなっ!」
「ふざけてるのはおまえのフライトだ。浮かれる暇があったら海鳥の様子でも見ろ、サル。今度来る時もあんなにちんたら飛んでたら
さっさと撃ち落すぞ」
 吐き出すように言い捨てたパイロットはもう振り向きもせず、ヘルメット片手にいかにも面倒くさそうな足取りで炎天下の日差しのなかを
去って行く。アシュレイはその後姿をただ、見送った。
 傍若無人で、会話を交わす以前の資質が丸欠けのいやみな奴。言葉も態度もむかつくことだけの本当に腹の立つ奴、なのだが……。
(俺が言い終わるまで、いて…くれた、んだよな──)
 おまえに護ろうとするものがあるように、俺だって、大事な命を抱えて飛んでいる。
 そのことだけは、絶対に譲れないと──
 その気持ちが伝わってくれたかどうかは、全く、わからないけれど……。
 ため息をついて、振り向くと、ティアが驚いたように目をまん丸にしてアシュレイを見ていた。
 アシュレイはそれに微笑んだ。手を差し出して、
「よし、ティア。帰るぞ!」
 ようやくふっきった、晴れやかな笑顔でそう告げた──


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