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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.170 (2008/01/03 13:29) title:フェアリー・テール
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

前書き
突然ですが、おとぎ話の裏には複雑な世の中を賢く生き抜くための処方箋ともいうべき知恵と教訓が多く含まれています。本日はそのなかのいくつかをご紹介してみることに致しましょう。

■『金の斧』
あるところに働き者で時に融通きかない正直者のきこりがいました。
ある日、きこりが森の奥でいつものように大きな木を切っていた時のこと。勢い余ったきこりの手から大事な斧がつるりと滑り、あっと
振り向いた時には、後ろにあった湖にぼちゃんと落ちてしまいました。
きこりは慌てました。青く深い湖を覗き、生真面目そうな眉間に皺を寄せて、
「なんということだ、もぐれるだろうか」
と思案に暮れていたその時です。
ふいに湖が泡立つと水面がゆれ始めました。思わず身構えたきこりは、次の瞬間、声も出ないほど驚きました。
まるで雲母がきらきら光るように──着ている方が放送コードギリギリの薄物衣装をまとった人の姿が湖の上に浮びあがったのです。
しかもその面は華のごとく、微笑むとあたりの空気が紫ラメに輝くような超絶美人です。その方は驚くきこりにいともマイペースに言いました。
「人の住まいに斧なんか投げ込んで、どんな奴かと思えば、運がいいね。おまえが不細工だったら沈めているところだけど可愛い雛だから
特別に聞いてあげる。おまえが落したのはこの金の斧か、それとも銀の斧か」
いきなりクイズです。しかも、ほっそりした指が差す方を見れば、ギラギラ光る黄金の斧とこれまたギラギラ光る銀の斧とがこれみよがしに
宙に浮いているイリュージョン。
が、実直なきこりはそのヤバイ衣装に赤面、狼狽していたので俯いたまま、
「い、いえ、私が落したのは鉄の斧です」
弾む動悸を押さえるのに必死で、『それ以前にそんな金銀で木は切れません』との突っ込みも思い浮かびません。
と、美しい人は微笑んで、
「ふふふ、初心な雛は可愛いよねぇ。それに馬鹿がつくほど正直だしねぇ。では、おまえの斧を返してやろう」
と、指を払えばあら不思議、きこりの膝もとに使いなれた斧が現れたではありませんか。きこりはおおと安堵の声を漏らします。
勢いよく顔を上げ、
「ありがとうございます!」
叫んだ後でまた赤面。懲りない様子に美しい人はさらにご満悦らしく、ふふふと微笑い、
「おまえの正直さの褒美にこの金と銀の斧もやろう。家宝にするといい」
使用目的限定勝手にファイナル・アンサーです。きこりは慌てて居住いを正し、
「わ、私はしがないきこりですからそのようなものを頂いても持てあましてしまいます。しかしあなた様のような方に巡り会えた奇跡の証に、
ひとつだけお伺いしたいことがございます!」
 期待に頬紅潮させるきこりに、美しい人は艶然と、
「本当に欲がない雛だね。いいよ、特別に許してあげる。なんだい?」
 と、きこりは一転まじめな顔で、
「このような湖にお住まいであるあなた様はもしや伝説の……」
「伝説の?」
「カッ……」
パ、と言う前に、きこりの脳天にはドゴッ!! 突き刺さった金銀の斧の下から血飛沫上げて後ろに倒れるきこりに、吐き捨てる声が、
「可愛いからってどんな失言も許されると思ったら大間違いだよ、雛っ!!」

これは『雉も鳴かずば撃たれまい』という教訓を含んだ、おとぎ話です。

    *

■『眠り姫』
あるところに、魔女の呪いにかかって、百年の眠りに就いている美しい姫君がいました。
これまで幾人もの勇気ある騎士がその姫を救い出そうと挑みましたが、姫の眠る城をとり囲む、切っても切っても生えて来るシュラムとかいう
アグレッシブな茨に負けて、目的を果たせませんでした。
しかし、ちょうど呪いから百年目のある日、とある南の王国の王子が、その茨の城を訪れたのです。王子は国一番の勇敢な騎士。時に過ぎたるは
尚及ばざるが如しと噂されるほどの短気な強者です。
びっしりと城を取り囲み、悪意に満ちたざわめきでその刺を揺らす茨を見上げた王子は、不敵な輝きに瞳を燃やし、正々堂々言い放ちました。
「俺が相手になってやるからかかって来い!」
かくしてゴングは鳴り、王子がその剣を振って太い茨をバサッと切り裂くと、茨がうねりを上げて王子を攻撃。王子がえいっと切る。
茨がビュンッと反撃。茨が攻撃、王子がバサッ。王子、茨、茨、王子。お互いヒットポイントなしに延々と勝負が続きます。
と、ついに茨が王子の頬にピシッとかすり傷! その瞬間、国一番の勇者で国一番の短気を誇る王子の瞳がルビーに燃えて、
「くそーっ、なんだ、この化け物草っ! これでも食らえーっ!!」
と、放たれたのは王子の必殺技、『火焔砲』! 悲鳴のようなきしみを上げて一気に燃え上がる茨に王子は会心の笑みを浮かべ、
「よしっ、ざまーみろっ」
すっきりすると馬に飛び乗り故郷へと凱旋。
その背後で音を立てて燃え上がる城の中で眠り姫はいったいどうなったのか──。
これは『時に現実より夢のなかにいた方がましなことだってある』、という、おとぎ話です。

               *

■『サンドリヨン』
あるところにサンドリヨンと呼ばれる娘がいました。サンドリヨンとは灰被りの意味で、意地悪な義理のお姉さんふたりに日々こきつかわれ、
暖炉の側で寝させられていることからついた名前です。
その日も、王宮で開かれる舞踏会のためにサンドリヨンの高飛車な姉さんたちは朝からサンドリヨンをこきつかっていました。
「ほら、サンドリヨン、靴を持って来なさい! 早くしないと遅れてしまうでしょう!」
「私の髪飾りはどこ? 全く、サンドリヨンはなにをやらせてもダメなんだから」
王子様との玉の輿で中央政権狙う野心家の姉さんたちの命令に、サンドリヨンははいはい笑顔で尽くしていました。
が、軍艦のように飾り立てた姉さんたちが馬車に乗って王宮へと向うと、その態度は一変。頭の灰除け投げ打って、
「ったく! 鏡見ろっーのな! あんなケバくて年食ったヤツら、どんなぼんくら王子だって誘いたくねぇつーの! つか、働かせたいなら
金払えっつーのな!」
腕組みするサンドリヨンは、灰被りの上に猫かぶり。外へ出れば王宮の明かりが小高い丘の上に煌煌と点ってサンドリヨンを嘆息させます。
「腹減ったなぁ……」
食べればその分メタボまっしぐらな姉さんたちと違って、サンドリヨンは育ち盛りの食べ盛り。色気も食い気もありありありのお年頃です。
王子様にもダンスにも興味はありませんが、王宮に用意されているというごちそうのことは気になります。台所にあるのはかびたパンと
チーズのひとかけら。んなもん髪の毛一筋の栄養にも足りません。
ぐうぐう鳴く腹の虫にサンドリヨンが我慢しかねて、
「腹減ったぁぁ! ああくそっ、誰かいますぐものすごいごちそう食わせてくんねーかなーっ!!」
全身全霊、叫んだその時です。
パッと目の前が光り、
「あなたですか、ごちそうが食べたいと願った人は?」
現れた人にサンドリヨンは愕然と目を見張ります。それは白い長い髪に三角帽子、ほっそりした腰のものっすごい美人魔法使いの姿です! 
魔法使いはそのきれいな顔に食いつきたいような笑みを浮かべてこう言いました。
「あなたの切実な願いが耳に届いたので来ました。吾があなたの願いを適えてあげましょう」
「えっ、マジで! ほんとにいいのかっ?」
喉を鳴らしたサンドリヨンにうなずいて、
「もちろんです。では、さっそく始めましょう。このマッチを擦ると……」
と、懐から煉獄印のマッチを取り出しかけた魔法使いは、悲鳴を上げました。
「なにするんですかっ!」
「え、だって願い適えてくれるんだろ?」
と、その首筋に齧りついたサンドリヨンが答えます。
「だからこれからその説明をするところでしょう!」
「えっ、説明なんか要らないって。俺、場数は踏んでっから。それに優しくするし痛くしないしさぁ」
「えっ、なんの話ですか? あなたはごちそう食べたいだけでしょう?」
「うん、ごちそう食べたいし、それを適えてくれるんだろ。だから、いっただっきまぁぁーーーーーっす!!」
と、目の前のごちそう美人に齧りついたサンドリヨン。魔法使いの悲鳴が響いたその後は──

「一体ここでなにが起きたんだ?」
明け方になり、メイクも崩れ、若い赤毛に夢中な王子様に玉の輿の夢破れて戻って来た姉さんたちが見たものは、家の前に散らばるマッチの
残骸と、何事ですかっ、ちゅーくらい乱れまくった寝室に、
『恋人できたんで、アデューッ!』
浮かれながらもいままでの駄賃代わりに金目のものかっぱらって家出したサンドリヨンの実にふざけた書き置きひとつ。
これは『猫でも恥でも衣服でも、とっととかなぐり捨てたもん勝ち!』という、あくまで、おとぎ話です。

■使用上の注意
この教訓は体験者の経験に基づくものであり、効果には個人差があります。ご利用は計画的に!


No.169 (2008/01/03 13:20) title:ESPRSSIVO ─The Addition of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

『1』 

「おまえら、なんかあったろ」
尋ねた機長にクールな恋人は静かに微笑んで、
「なにかって何ですか、柢王。そんなことよりこれ、テーブルに運んでください」
いつも同様、ごく冷静な顔で食材を渡された機長は、渋々キッチンを後にする。
先週、購入されたばかりのテーブルには熱々の鍋がうまそうに煮えている。その前で、嬉しそうに待ち構えているのは、仕事帰りの
アシュレイとティア。引っ越し祝いの夕食会だ。
奇跡なのか、翌日がみんな休みで三人が夕方帰ってくる日。帰宅も一緒の仲良しプラン。
降りてくるティアを待つ間に、車を取りに行っていた柢王は、玄関先に残してきたふたりの間の空気の変化にちょっと眉をひそめた。

楽しげに、和やかに。桂花と話しているアシュレイ。それはいまはもうアシュレイが桂花を嫌っていないのは知っている。が、もとが
照れ屋で、照れているところを見せるのも嫌なぶっきらぼう。そんな当たり前そうな笑顔をはじめて見た。
おいおいどういう心境の変化? 聞こうとしたところへ、
「ごめん、待たせたね」
ティアが降りてきて、聞けずじまい。
それでうちに戻ってから、こっそり桂花に確かめてみたのだが・・・・・・。
常にクールな恋人は、それにただ微笑むだけで何も答えない。
大の親友と恋人の和解は嬉しい事のはずだが、恋人の事は何でも一番に知っておきたいヤキモチ焼き機長が、ややふて腐れながら、
鍋に具材を放り込むのは仕方がない。

「俺、お前に謝ることがあった・・・・・・」
アシュレイがうつむきがちにそう言ったのは、車を取りに行った柢王と降りてくるティアを待っていたときのことだ。
「謝ること、ですか?」
尋ねた桂花に、アシュレイはうなずいて、
「俺、誤解してたことあったろ。おまえと冥界のオーナーのことで・・・・・・」
「ああ・・・・・・ありましたね、そんなこと」
「俺、そのことおまえに謝ってなかったよな。・・・・・・ごめん、あんなヤツと不倫してるとか言って」
赤くなりながら、しかし、しっかりと顔を上げて言ったアシュレイに桂花が瞳を見開く。
「あれは──もう、終わった話ですし。そんなこと、気にしていたんですか」
尋ねた桂花にアシュレイはきっと瞳を上げて、
「だって、あんな気持ち悪いヤツだぞ! 俺、知らなかったけど、でもあんなヤツとデキてるなんて失礼じゃんかっ」
「それは──」
ある意味、冥界オーナーに大変失礼。思ったかもしれないクールな機長は、しかし、かすかに笑うと尋ねた。
「ですが、いまは誤解はないのでしょう?」
「それはそうだ。おまえのことは信用─して、る、から・・・・・・・」
言いかけた言葉の半ば、ちょっと息を飲み込んで、迷ったもののはっきりと言った機長は赤くなる。自分で自分の言葉が恥ずかしいが、
ここは我慢だ。ちゃんと言うべき事はちゃんというべきなのだ。
と言いたげに、瞳をまっすぐ、見つめてくるのにクールな美人は、
かすかに目を見張り、
そして──
「それなら、問題は何もありませんよ」
微笑んで、優しく瞳をそらす。
その横顔に目を当てたアシュレイは、少し、瞳を動かしたが、すぐに、
「うん。問題ねぇよな──」
前を向いて答える。その口元と瞳にあるのは、それでも嬉しそうな笑顔だ。

「あ、これうまい。桂花、おかわりあるか」
器を差し出したアシュレイに、ティアと柢王が目を見張る。いま名前で呼びました?
が、呼ばれた桂花はいたって冷静に、はいと器を受け取り、
「オーナーもたくさん召し上がってくださいね」
「あ、うん」
言いながらもティアの瞳はうるうるしている。アシュレイ! と感嘆符と感激が瞳の中で踊っているのがよくわかる。
対して、柢王は渡された器を受け取り、またガツガツ食べている親友と、いつもながら変わらない顔の恋人とを見比べて、
(ありえねぇだろ。つか何だ、これ)
複雑な顔で肩をすくめる。

嬉しそうに食べる顔。感激に瞳を潤ませている顔。クールな笑顔とその隣のヤキモチ混じりの困惑顔。
機長自宅の食卓は、とてもエスプレッシーヴォ。

『2』

「…マジでありえねぇ……」
降りて来た機長がよろめいたのは自宅のリビング。
階下から漂う飯の匂いに腹の虫が目覚めた。隣を見れば昨夜あんなに熱烈に愛し合ったはずの恋人の姿はない。
「マジで? つか起きれねぇくらいしときゃよかった…」
黒髪機長が思わずむっとしたのは、昨夜しつこく絡んだ理由が理由だから。
「ぜってーあいつらに気ぃ使って早起きしたな。んなに早く起きねぇつの。つか気使うなら俺に使ってくれっつーの」
大の親友と恋人の微妙なニアミスに妬けたなんて大声で言えることではないが、桂花だって薄々わかっているはずなのに。
マッタリどころか、朝7時半から飯の支度!
ティアたちが起きてくるまで絡んでいちゃつこう。決めて、階下に降りて行ったところ……。
見たのだ。すっきり着替えた恋人と親友がキッチンで楽しげに飯を作っている姿を。
愕然と突っ立っていると、
「おう、柢王」
笑顔満開のアシュレイが気付いて声をかける。と、その奥からクールな美人の恋人が、
「早いですね」
くすりと瞳で笑って見せたのに、黒髪機長の機嫌は一気に低気圧だ。

「おまえ早いなぁ」
起きて来たアシュレイが目を見張ったのは30分ほど前のこと。
キッチンにいた桂花はそれに挨拶して、
「あなたこそ。眠れませんでしたか」
尋ねるのに、アシュレイはいやと首を振り、
「よく寝たけど、飲んだ次の日は早く目が覚めるんだ。おまえこそ、昨夜、柢王が朝はゆっくりなって言ってたのに」
カウンター越しに覗いて見れば朝からうまそうな料理が仕込まれていて、にわか腹が鳴る。
慌てて顔を洗いに行って戻って来たアシュレイは再び桂花の手元を覗いて、
「おまえなんでもできるんだな。俺、目玉焼きなら作れるけど後はさっぱりなんだよな……」
と、桂花は穏やかに、
「慣れですよ。それに吾は食べないものが多いので」
「そっか。んじゃ、俺もやったらできるかな。なんか簡単なの教えてくれたら……」
いいんだけど。最後までいう前に赤くなったアシュレイに、桂花は微笑んで、
「構いませんよ。どうぞ」
赤毛機長はルビー色の瞳を輝かせて、おう! と、キッチンに踏み込んだ。

「あれ、みんな早いねぇ」
起きて来たティアは一同を見回して驚いた顔をした。テーブルに並んだ皿に感激顔で、
「うわ、すごい! これ、桂花が?」
「アシュレイ機長も手伝ってくださいました」
「アシュレイが?」
いつの間にそんなに仲良しに? と、当の赤毛機長はちょっと顔を赤くしながらも、
「桂花に簡単なの教えて貰ったから、今度おまえ泊まるときも大丈夫だからな」
その言葉に、オーナーは目を見張る。
「私のためにっ?」
「たまには目玉焼き以外もいいだろ」
「アシュレイ〜っ!」
「うわっ、こんなことで泣くなよ、ティアっ」
抱きつくオーナーに赤毛の機長は真っ赤になって目を見張る。
そんなハイテンションな親友達を前に、躍起になって新聞読む黒髪機長にクールな美人が穏やかに、
「柢王、ちょっと。忘れていたことがありました」
呼ばれた機長は渋々キッチンへ。ふて腐れた五才児モードで不機嫌に、
「何だよ、忘れ物って?」
尖らせたその唇に、ふと優しい感覚が触れて、
「おはようの挨拶を」
きれいな恋人が瞳細めるのに、目を見張り、それから秒速で上昇気流に乗った機長は、一転、笑顔で、
「おっはよーっ」
恋人を抱きしめて熱烈な挨拶返し。
機長自宅の今朝は、ややも高気圧配置のエスプレッシーヴォ。

『3(新春特別ジパング・バージョン)』

「なあ、桂花、これもうひっくり返してもいいか」
尋ねた赤い髪の機長に、隣にいる白い髪の機長は微笑んで、
「まだですよ。お餅は真ん中が膨らむくらいに焼いたほうがおいしいそうですから」
「そっか。でもうまそうな匂いだなぁ。早く焼けないかなぁ」
「ねぇ、アシュレイ! まだ焼けないならこっちでおせちでもつまんだら?」
「桂花もさ、キッチンじゃエアコン効きにくくて寒いだろ、こっちで酒でも……」
と、ダイニング・テーブルについた金髪のオーナーと黒髪の機長が声をかけるが、
「いや、そろそろ膨らんできたから目が離せない。先に食ってろよ、ティア!」
「吾もいまは寒くありませんから。飲みすぎると、明後日フライトですよ、柢王」
オープン・キッチンのふたりは席には戻らない。
コンロの上、網に載せた餅の焼け具合を様子を見守るふたりは赤白めでたい頭をくっつけそうな仲良しぶりだが、ダイニングの
金黒ふたりは手持ち無沙汰の不機嫌顔で、
「ちょっとあのふたりくっつきすぎてるよねぇっ、柢王っ」
「つか雑煮の餅なんかレンジでいいっつーのな、どうせ腹入ったら同じなんだし、なっ、ティア!」
すでにヤキモチこんがりきつね色。
機長自宅の食卓は、新年早々エスプレッシーボ。


No.168 (2007/12/26 17:37) title:永遠の時
Name:未来 (softbank219172066006.bbtec.net)

誰も訪れない地の果てで、泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いた。
やがて涙も出なくなったころ。
涙と一緒に悲しみ以外の全ての感情を失ってしまったかのように、心の奥にはもう何も残ってはいなかった。
愛する人の魂を持った命は全力で生きていて、新しい時を紡いでいる。
それを見るたびに愛する人は永遠に失われ、今自分の腕の中にいる彼は決して自分が愛した人ではないということを思い知る。
吾に“永遠”を教えてくれた人…。
その永遠は今、吾の目の前に絶望となって広がっている。
あなたがいない世界を生きていくこと…。
それは永遠より長く、言葉では言い表すことが出来ないほど悲しい。
吾に永遠を教えてくれた人はいなくなってもなお、こうして永遠の時を示す。

もしも あの時 あなたと出逢わなかったら。
もしも あの時 あなたの手を取らなかったら。
もしも あの時 あなたを 愛さなかったら。

吾は今、こんなに悲しく孤独な思いはしなかったのだろう。

だけどあの時
あなたと出逢わなかったら。
あなたの手を取らなかったら。
あなたを 愛さなかったら。

“永遠”を知ることも、“絶対”を信じることも、自分を、誰かを愛することも出来なかった。
生まれてきた喜びを、生きてきた強さを認めることが出来なかった。
そうして吾は気付くことが出来た。愛する人との出逢いを否定することは今の自分を否定することだ、と言うことに。吾の中のあなたを、あなたの生き方を否定することだ、と言うことに。
出逢わなければ良かったなんて、決して思うことは出来ない。
あなたに逢えて、あなたを愛せて、あなたに愛されて…良かった。

泣いて、泣いて、泣いて。遥か昔に枯れ果てたはずなのに。
紫微色の頬を涙が流れ落ちた。


No.167 (2007/12/13 14:43) title:PECULIAR WING 11 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

TURBULENCE

 滑走路の向い側のアラート・ハンガーのシャッターが上がり、そこから尖った機首と慌しく動く整備士たちの姿が見える。軍の人たちも
いっせいにそちらを振り向いた。
 が、パイロットが営倉からそこへ向うというなら、先程のようにさっさとチェック・インして即座に離陸、とはいかない。アラートの
せわしさを尻目に、ジープの無線からは、先発機と官制とのやり取りが続けられている。
『320、P地点より北上中、あと7分でターゲットと接触予定』
『コントロール、了解。ターゲットは針路340方向より南下中。機種不明、速度約1・2M。接触予定空域にタービュランス、
風速250ノット』
『了解』
 答えるパイロットの声はくぐもってはいても落ちついていた。秒速125mの風が吹く空域にも怯んだ様子は、少なくともその声には
ないように思われる。官制も同様に冷静で、もう一方の無線ではイルカ・チームへの着陸指示が出される。
 エマージェンシーは、その人の器量が試される時だ。驚いてもいいが、慌てふためいたらパイロット失格。だからそのキビキビとした
やり取り自体はアシュレイには意外ではないものの、緊張が忍び寄ってくるのは仕方がない。旅客機なら絶対に飛ばない気流の中へと向う機体、
そして、それがそうと承知で飛ぶはずの機体……と、パイロット。
 Tシャツの背中に汗が伝い落ち、実際には五分にも満たないはずの時間が永遠のようにすら感じられるそのアシュレイの側で、
ティアは険しいような不安なような、複雑な思いを宿した面でアラートの方を見つめている。
 と、無線から落ちついた声が、
『アラートよりコントロール、680、パイロット、チェック・イン』
 アシュレイはハッと瞳を上げた。
 と、いきなり凄まじいエンジン音が響き渡る。耳を劈くようなその音に混じって、様々な人が先程の作業同様、慌しく機体の最終チェックを
する声が無線越しに聞こえる。油圧、オイル・タービン、火器官制システム、排気、立て続けにOKの声が聞こえるそのなかに──
『680、スタンバイ完了』
 醒めた声が、耳朶の奥に低く響くのが聞こえた──。
 隊長が、マイクを掴む。落ちついた声で、
「氷暉、聞こえるか」
 無線の向こうの声はかすかにこもりながらもあの、腹立たしいような投げやりさで、
『……聞えてますよ』
「偵察機が無事に飛べるならおまえは援護だ。それが不可能ならおまえの判断で対応して構わん。だが、度は越すな。目的を達成したら
速やかに帰還しろ。この前のような真似をしたら後がないぞ。わかったか」
 飛ぶこと事態が危険な空に出ていく相手に指示する隊長の声も静かだが、当人の声といえばさらに輪をかけ、無感情に、
『了解──』
 面倒そうに答えると、話は済んだとばかり、官制に離陸を求める。と、官制もすぐに『クリアード・フォー・テイク・オフ』のコールを返す。
 エンジンの音が鋭く響いて、格納庫から銀の機体がゆっくりと姿を現してくる。きらきらと日差しをはね返す機体の翼の下には
大きなミサイル。鋭く尖った機首が滑走路に進入してくる。
 鋭角に、天を仰ぐように起こされた機首。銀に輝く機体の腹にはクリスタルの国旗と680のナンバー。風防に虹をたたえたコクピットに、
ヘルメットをつけた完全武装のパイロットの姿。
 ここからではその顔などわかるはずもないのに、アシュレイにはあの醒めた目で自分を見下ろした冷たい面が、いま視界が黒と青との
二色に分かれた世界を睥睨しているさまが見えるようだ。
 離陸スタッフの腕が大きく振られる。フラッグがたなびく。あの低い声が無感動に、
『680、テイク・オフ──』
 言うや否や、機体が銀の軌跡を残して、熱に煙立つような滑走路を加速していく。耳を塞いでも響く鋭いエンジン音。速度が増して、
タイヤが軋むいやな音が混じる。銀色の機首が引き起こされる。引き起こしが早い、まだ滑走路は半ばだ。車輪が浮かんで、
後方のバーナーが焔を上げた。
 瞬間──ギュウンッと、鳥肌が立つような音に天界航空一同は思わず身をすくめた。と、次の瞬間にはもう、機体は銀の光の矢を貫くように
一直線、空の彼方に飛び立っている。鼓膜を破りそうな轟音。後に浮びあがる白い水蒸気のライン。ゴゴゴ、ゴォンと降りて来る音を
待つより早く、青空に光る銀の点はきらめきだけを残して、完全に視界から消え去っていた。
 脳が、視界の出来事を理解する、遅れた数秒──
「なん……だっあれっっ!!」
 ぼんやりとつぶやきかけた柢王の声が、後半で跳ね上がる。信じられないように鋭く空を振り仰いだ。
 離陸時はどんな飛行機でも機体が重い。だからパイロットによっては離陸時のほうがはるかに着陸時より難しいという人もいるくらいだ。
滑走路いっぱい加速しながらエンジン全開、向かい風に乗って機体を浮かせるのが飛行機の原則で、いくらバーナーがあるとはいえ、
いきなりあんな角度で飛べるなど──
「あんなの、初めて見た・・・…」
 ティアがぼうぜんとつぶやくが、それはアシュレイだって同じだ。あの一見無茶な着陸の時も思った。でも、いまもまた思うしかない。
あれはうまい、うまくないの問題ではなく、もう、奇跡だ。同じ着陸を見たはずの空也と航務課スタッフもふたたびあぜんと空を眺めている。
 と──、彼方を、睨むようにしていた柢王の唇にふしぎな笑みが浮ぶ。その笑みのまま、
「──あれがヴィルトゥオーゾ、か……。よぉっくわかったぜ」
 桂花を見るのに、桂花も静かな笑みを宿して、
「一見の価値のあるフライトでしょう」
 まなざしを空に向け直したふたりに、アシュレイは、胸につきあげるものを感じて、息を飲んだ。
 旅客機のパイロットとファイターは、求められるものが違う。あんな鋭角的な離陸は旅客機には不可能というよりしてはならないことだ。
その理解で不要なものは取っ払い、ただ打ちのめすような技量には腹の底から感心し──それでも、勝気な瞳に笑みを浮かべて、
空を見ているその姿。
 それは背中に数百人の命を背負う旅客機の機長の正しいプライドだ。
 優れたパイロットに会えば誰でもそうなりたいと願うし、憧れもする。だが、その賛嘆から来る悔しさも負けず嫌いも自分自身と
挑むためのものだ。腕も誇りも高くて結構。だが、旅客機の機長は絶対に後ろの命のことは忘れない。自分がひとりで飛ぶ翼ではないことを
忘れたりしない。うちのめされるべき場所があるなら、その場所は決して間違えない。 
 だからこそ──
(もっとうまく、ちゃんと飛べるようになろうって、努力できるんだよな──)
 ファイターとは違うスタンス、違う視点で、自分の腕を鍛えようと思えるのだ。
 アシュレイの、波打っていた心臓に、新たに熱いものが流れる。それはあの高高度のコバルトの色を初めて見たとき、初めて
『クリアード・フォー・テイク・オフ』のコールを、その耳に聞いたときの気持ちに似ていた。視界がふいにあざやかに、全てが鮮明に
見え始めたような驚きに、胸をときめかせたあのときの、あの気持ちに──
 だが、アシュレイがその気持ちをふたたびしっかりと味わう前に、無線から聞こえる声が、アシュレイを現実に引き戻した。
『アルファ・フライト、クリアード・フォー・アプローチ』
『ラジャー! アルファ・フライト、アプローチ』
 空の彼方がきらきらと輝き、イルカ・チームが隊になって姿を現す。滑走路を今度は横側から降りて来るらしい。隊長がアシュレイたちに言った。
「ジープに乗ってください、管制塔に向いますから」
 もたもたしていられない天界航空一同は、軍の人を加えて盛りだくさんの狭いジープに無理やり乗り込み、滑走路際のコントロール・
タワーへと向った。
 走るジープの中で聞える無線は、先発機と官制との交信。
『320、ターゲットをレーダーに捉えた』
『コントロール、ラジャー』
『機影2機、シグナル、ゼロ。これより接近する』
『コントロール、ラジャー。ターゲット後方よりアプローチせよ、120度よりガスト、風速245、パランスを崩すな』
『ラジャー』
 落ちついたやり取りに、しかし、軍の人たちが険しい顔をする。旅客機だろうが戦闘機だろうが、ふつうは機体の側面に大きく
国名と機体ナンバーが書かれているもので、それがないということは故意にそれを隠して飛んでいると思うのが妥当だ。隊長がマイクを取って、
官制に告げる。
「Cチームの機体とパイロットをスタンバイさせろ」
 官制が了解と答え、ふたたびスピーカーから声が響く。
『チャーリー、パイロット、チェック・イン。ハンガー、チャーリー、スタンバイ』
 言うまでもなくこの場合のチャーリーはC、ブラウンではない。と、つっこむ余裕もない天界航空一同はおのおの真顔。
「…大丈夫かな」
 ティアが険しいような表情で滑走路を振り返る。その横で、アシュレイも眉間に皺を寄せて空を仰いだ。
『320よりコントロール、ターゲット、インサイト。F16、2機。国籍機体ナンバー不明、火器搭載はここからは確認できない。交信する』
『コントロール、ラジャー』
 偵察機が相手機を目視できる範囲まで近づいたらしい。旅客機でよその機体が見える範囲にいるのは原則空港上空のみ。目視150m以内に
誰か飛んでいたらその時点でニア・ミス、の世界を厳守している旅客機機長に、機体側面見える近場に国籍もわからない戦闘機を見る
パイロットの気持ちは──まあ、この前経験したといえばしたが、だからよけいに、心拍数が高くなる。
 が、無線から聞こえる声は落ちついていて、
『前方を飛行中のF16に告ぐ。ここから先はクリスタル・アイランドの領空である。国籍と機体ナンバーを明らかにし、すみやかに進路を変更せよ』
 おもねる響きのかけらもないその警告は、自分がひとりのパイロットである前に、国の護りの最前線がここにあると思い知らせるかのようだ。
が、そんなラインに出てくる相手も腹は据わっているはずで、反応しないのかできないのか。
『繰り返す、F16、すみやかに進路を変更せよ』
 二度目の警告をしたパイロットの声が、官制に続けて、
『コントロール、アンノウンは進路を変える気配がない。軽く追い上げてみるか』
 落ちついた響きで言うのに、官制も、
『了解。風が乱れてきた、気をつけろ。いま680がそちらへ向っている。五分以内に合流するはずだ』
 と、パイロットの声は笑って、
『ヤツなら五分も必要ないが、たまには空振りしてもらった方がいい』
 と、連れの機体に、相手機の後ろ側につく指示を出す。
 ジープが高くそびえるコントロール・タワーの下に着いた。わらわら降りた天界航空はほっと息をつく。隊長がゲートを開く間にも、
無線の中ではパイロットたちが国境際をうろつく相手を追いまわしにかかる。そんなうろつき、どこの国でも月に一度はやっている、
というのが本当かどうかはともかくとして、時速1Mに近い速度の戦闘機が上に下にと機体を返し、
『しつこい奴らだな、よし、廻り込んでテールに着け!』
 開いたゲートに天界航空一同がなかへ入ろうとした時と、その声が響いたのは同時だった。
『タービュランス!!』
 うわあっ、とパイロットの驚いた声が響く。ガガガガガガ…とすさまじい音が無線から響く。官制の声が、
『320、385、応答せよ!』
 鋭く問うのに応えるものは、翼が軋むようないやな轟音、無線のノイズ、パイロットの押し殺したような声。
 天界航空一同は、その場に立ち尽くして息を飲む──


No.166 (2007/12/13 14:34) title:PECULIAR WING 10 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

UNKNOWN

 ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ! と、鋭い音が辺りに響き渡った。
 ハッと顔を上げたアシュレイたちの耳に、敷地のあちこちにあるスピーカーから緊迫した声が届く。
『スクランブル! スクランブル! 洋上チェック・ポイント・ビクトリーにアンノウン2機! 高度1万フィート、防空エリアに向け
南下中! スクランブル要員は直ちに配置につけ!』
 激しく点滅する赤い警告灯。軍の人たちがいっせいに無線を取り囲み、
「コントロール! 演習中止だ! ドルフィンを降ろせ!」
「第二ラジオをアラートに合わせろ!」
『コントロール! アルファ・フライト、緊急発進発生! ヘディング0、2500に下降し指示を待て!』
『アルファ・フライト、ラジャー! ヘディング0、2500!』
 ラジャーと、初めてチームの声が重なったと思う間に、戯れていたイルカたちはダイヤモンドにピシリと編隊を組んで、リーダーの機を
先頭に翼を揃え、一直線北へと向って飛んでいく。そして、
『アラート! コントロール、320、366、エンジンスタートします』
 聞きなれない声がもうひとつの無線からそう言ったと思うと、耳を劈くようなすさまじい音が響き渡った。アイドリングの機体の揺れを
そのまま表わすようなその地鳴りさながらの轟音に混じって、
『機体を廻せ!』『パイロット、スタンバイОK!』『油圧チェック!』
 大勢の人が口々に叫ぶ声が聴き取れる。
 アシュレイはそのさまにあぜんと息を飲む。
 自分の機ならともかく、軍でエマージェンシーを体験するなんて予想もしていない。ついいましがた、聞いた話を実感するような出来事に、
心拍数がどんどん上がっていく。が、スクランブルに対応している人の邪魔をしてはならないのはルール以前の話だ。とっさに掴んでいた
手首から、視線をティアの顔に向けると、そのとまどうようなまなざしに小さくうなずいて、手を引っ張った。
 ともかくジープの側を離れよう。そう思ったのはアシュレイだけではないらしく、柢王も桂花の背を押してこちらへ来るし、
緊張顔の空也とスタッフも同じく。
 辺りには、ドドドドド……と、天地を揺るがすような音が轟いている。無線からだけにしてはあまりに近くて大きい。知らず輪になった
天界航空一同はそれぞれに緊迫顔を見交わしたものの、会話するのも絶叫を要するエンジン音にただ辺りの動きを見守るだけだ──。
 どの国にも、ここからが自分の国だという空の領域があり、そのギリギリが防空エリアと呼ばれている。が、現実にはそのかなり手前の
空域にそれぞれチェック・ポイントと呼ばれる場所があり、正体不明の機体がそこに近づけば必ずレーダーで捕縛される仕組みになっている。
 旅客機はかならず事前にフライト・プランを官制に出すし、原則その通りに飛ぶのが基本だが、それほどの高度を飛ばない、ごく私的な
飛行機だったりすると、プランを出さずに飛ぶこともないではない。そのこと自体は違法ではないのだが、そうした機体は関係者から
『存在していない機体』だとみなされるから、迷子になっても墜落しても誰も探してくれないし助けてもくれない。
 『UNKNOWN』──国籍不明機、と呼ばれるのはそういう機のことも多い。が、敵国機が認識信号を出さずに飛んでも同じだから、
迎える国はともかく偵察機を出す。それが先程の指令『V地点に国籍不明機、スタンバイ要員は配置につけ』だ。
 それは無線が命綱のパイロットなら誰でも聴き取る程度のことで、事実、アシュレイもサイレンの中でも聴き取れた。が、非常事態に
慣れていない──というより、その手元に来た時には大事件になっているしかないティアは不安そうにきれいな顔を曇らせている。
アシュレイは、思わず強くその手首を掴んだ。こちらを見たティアの瞳に小さく頷く。と、ティアも頷き返してくる。
 エンジン音が次第に高く鋭くなり、軍の人たちの無線を囲んで話しているその声すら聞き取れなくなる。と、滑走路のちょうど真向かいにある
鈍色の屋根の格納庫のシャッターが開くのが見えた。そこからは黒く塗装された鋭い機首の戦闘機がゆっくりと姿を現してくる。
とたんに切り裂くようなエンジン音が響き渡る。思わず天界航空一同は耳を塞いだ。
 高く光るコクピットにはすでに完全装備のパイロットの姿。ごく短いタクシー・ウェイを滑走路へ出てくる機体の周囲には黒いツナギに
イヤホン姿の整備員が駆け足している。黒いグローブを嵌めたパイロットの手がかれらに向って合図を繰り返す。エンジンの音が一際甲高く轟き、
尖った機首の前方にいた離陸スタッフが鋭くその手のフラッグを振った。
 と、機体の後方のバーナーが赤く光り、機体が加速していく。ギィーーーンと鋭い音を立てて黒光る滑走路を過ぎ、視界の端で、
ドオーン! と、火を吹いたと思うと真っ直ぐに上昇する。その後から続いて二機目も発進し、すぐにふたつの機体は翼を揃え、
白い筋を残して、一直線に雲の彼方に消えて行った。その後には地鳴りのような音が響いて、天界航空一同は再び身をすくめた。
 それが遠雷の響きくらいに遠ざかるまで、息をつめてその場に立ち尽くして──
「……さすがに速いですね」
 最初に耳から手を外して言ったのは桂花で、同じく、柢王もやれやれとばかりの顔で、
「ったく、マジでありえねぇよな。何分だ? 五分もかかってねえぞ、いまの離陸まで」
 呆れたように首を振る。
「ね、いまの領空侵犯じゃないよね」
 ティアが声をひそめて尋ねた。辺りにはようやく静けさが戻り、ジープのところからの声も聞こえる。と、柢王が笑みを見せて、
「まだだろ。あの勢いで行ったら絶対入る前に駆けつける。つかさ、俺らだって国境際でちょっと風避けてさ、寄り過ぎたかなぁって
思ったとたんに『どこへ行く!』だもん。ほんっと、ガラスばりみたいなもんだって、最近の空はさ」
 ごく軽やかな口調で言ってのける。
 実際にはそれ以上の可能性もあるとわかっているはずだが、かれの大事なものの優先順位は明確。自分でどうするでもないトラブルより
身内の安心の方が大事。事実、その言葉に、ほっとしたように肩の力を抜いたティアは、アシュレイと目が合うと恥ずかしそうに笑って、
「驚いたよ。理屈でわかっていても経験するのは違うもんねぇ」
 その言葉にアシュレイはどきりとした。先刻の隊長の言葉が頭をよぎる。
 と、その隊長が一同のもとにやって来た。変わらぬ落ちついた声で、
「皆さん、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。残念ながら本日の演習は中止になりました。皆さんにはわざわざお越し頂いたのに
誠に申し訳ないと思います」
 謝るのに、ティアが代表して、いいえと首を振る。礼儀正しく穏やかな笑みを見せて、
「とてもすばらしいフライトを見せていただきました。本来、無理なことを通してくださったことをありがたく思います」
 答えるのに、隊長も微笑んで、
「そう言って頂けたことをありがたく思います。いま迎えのジープが来ますから、司令塔までお送りしましょう」
 言ったところへ、通信していた制服将校が、鋭い声で、隊長、と呼んだ。思わず、天界航空一同様もその後に続く。と、将校は
こちらには全く構わず、隊長に向って、
「一万フィートは現在、強いタービュランスだそうです。偵察機はターゲットの側面からアプローチしますが、かち合う辺りが最も
危険と推測されます」
「ターゲットの進路は?」
「ターゲットは進路を変更していません。約1M、旅客機ではありません」
「なら、コントロールの指示に従わせろ。後は現場で判断するしかない。それと、アラートに680はあるか」
 アシュレイは目を見張る。
「第4ハンガーに格納されています」
「スタンバイさせろ」
「了解しました。──パイロットも、ですか」
「パイロットも、だ」
「……ちょっ・・…・」
 アシュレイは思わず口を挟んだ。
「あいつが飛ぶんですか」
 叫んだのに、隊長はこともなげに、
「非常事態ですので。戻ればまた営倉に入れます」
「でっ、でもいま上空は乱気流だって──」
 タービュランスは上昇気流と下降気流がぶつかりあう激しい気流の流れで、空の上では最も危険な風のひとつだ。下手にぶつかると
旅客機でも操縦不能になるほど強いこともあり、縦横斜めどこからでも襲って来るので予測しにくい。
 そんな空に、と思わず言ってしまったアシュレイに、隊長はごく落ちついた顔で、
「だからですよ、機長。氷暉なら無事に戻るとは言えませんが、他のパイロットよりはうまく飛ぶでしょう。営倉にいるパイロットを
飛ばせるだけの理由にはなると思います」
 その言葉に、アシュレイは素手で心臓を掴まれたような気持ちになる。
「墜落、するかもしれなくても……ですか──」
 尋ねると、相手はやはり鋼鉄の穏やかさで、
「相手機が乱気流で引き返すなり落ちるなりしてくれればいいと、願って待っているわけには行きませんからね」
「──……」
 そこへジープが一台やって来る。隊長が、ああと笑みを浮かべ、一同に言った。
「迎えがきたようです」
「俺はここにいます!」
 アシュレイは叫んだ。えっ、と一同が驚く。
「あいつが飛ぶなら降りて来るまで俺はここにいます!」
「アシュレイ! 何を言ってるの、君!」
 驚いた顔のティアに、アシュレイは瞳を向け、
「俺はあいつには貸しがあるから──あいつがちゃんと…また、バックレないで降りて来るまで、俺はここで待つから。だから
おまえたちは先に──」
「なに、あいつって誰のこと?」
 と、航務課スタッフが、ティアに何事か囁いた。ティアが目を見張る。後ろにいた空也も柢王たちに事情を説明したらしい。ティアが
まじまじとアシュレイの顔を見る。そして、
「それなら、私もここに残る」
「えっ?」
「言っておくけど、これは命令だからね、アシュレイ。君ひとり残るなんて認めない。私たちと行くか、一緒に残るかしかないよ」
 敢然と、言い切るティアに、アシュレイは瞳を瞬かせた。と、
「おまえら、ここ自分ちじゃねぇってわかってんのか」
 柢王の呆れたような声に、ハッとふたりは顔を見合わせた。赤面し、アシュレイが慌てて隊長に視線を戻すと、隊長はなにか面白がるような
目をしてそのさまを見ていた。そして、
「お招きした理由は、ファイターがどのようなものか見て頂くためでしたね。──いいでしょう」
「ほ、本当ですかっ」
「ただし、ここでは長時間の待機には向きません。680が離陸したら官制塔へ向っていただきます」
 えっ、と天界航空一同はふたたび驚く。
「なぁ、これって親切って域だと思う?」
 柢王が桂花の耳に囁く。その苦笑いに近いまなざしが、みんなの疑問を代弁している。
 が、ともあれアシュレイはホッとした。隊長の思惑などいまはどうでもいい。危険な空を飛ぶとわかっている相手が無事に降りて
来るまで見届けられるなら──
 と、そこへ通信係が告げた。
「隊長、680スタンバイができました──」


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