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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.167 (2007/12/13 14:43) title:PECULIAR WING 11 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

TURBULENCE

 滑走路の向い側のアラート・ハンガーのシャッターが上がり、そこから尖った機首と慌しく動く整備士たちの姿が見える。軍の人たちも
いっせいにそちらを振り向いた。
 が、パイロットが営倉からそこへ向うというなら、先程のようにさっさとチェック・インして即座に離陸、とはいかない。アラートの
せわしさを尻目に、ジープの無線からは、先発機と官制とのやり取りが続けられている。
『320、P地点より北上中、あと7分でターゲットと接触予定』
『コントロール、了解。ターゲットは針路340方向より南下中。機種不明、速度約1・2M。接触予定空域にタービュランス、
風速250ノット』
『了解』
 答えるパイロットの声はくぐもってはいても落ちついていた。秒速125mの風が吹く空域にも怯んだ様子は、少なくともその声には
ないように思われる。官制も同様に冷静で、もう一方の無線ではイルカ・チームへの着陸指示が出される。
 エマージェンシーは、その人の器量が試される時だ。驚いてもいいが、慌てふためいたらパイロット失格。だからそのキビキビとした
やり取り自体はアシュレイには意外ではないものの、緊張が忍び寄ってくるのは仕方がない。旅客機なら絶対に飛ばない気流の中へと向う機体、
そして、それがそうと承知で飛ぶはずの機体……と、パイロット。
 Tシャツの背中に汗が伝い落ち、実際には五分にも満たないはずの時間が永遠のようにすら感じられるそのアシュレイの側で、
ティアは険しいような不安なような、複雑な思いを宿した面でアラートの方を見つめている。
 と、無線から落ちついた声が、
『アラートよりコントロール、680、パイロット、チェック・イン』
 アシュレイはハッと瞳を上げた。
 と、いきなり凄まじいエンジン音が響き渡る。耳を劈くようなその音に混じって、様々な人が先程の作業同様、慌しく機体の最終チェックを
する声が無線越しに聞こえる。油圧、オイル・タービン、火器官制システム、排気、立て続けにOKの声が聞こえるそのなかに──
『680、スタンバイ完了』
 醒めた声が、耳朶の奥に低く響くのが聞こえた──。
 隊長が、マイクを掴む。落ちついた声で、
「氷暉、聞こえるか」
 無線の向こうの声はかすかにこもりながらもあの、腹立たしいような投げやりさで、
『……聞えてますよ』
「偵察機が無事に飛べるならおまえは援護だ。それが不可能ならおまえの判断で対応して構わん。だが、度は越すな。目的を達成したら
速やかに帰還しろ。この前のような真似をしたら後がないぞ。わかったか」
 飛ぶこと事態が危険な空に出ていく相手に指示する隊長の声も静かだが、当人の声といえばさらに輪をかけ、無感情に、
『了解──』
 面倒そうに答えると、話は済んだとばかり、官制に離陸を求める。と、官制もすぐに『クリアード・フォー・テイク・オフ』のコールを返す。
 エンジンの音が鋭く響いて、格納庫から銀の機体がゆっくりと姿を現してくる。きらきらと日差しをはね返す機体の翼の下には
大きなミサイル。鋭く尖った機首が滑走路に進入してくる。
 鋭角に、天を仰ぐように起こされた機首。銀に輝く機体の腹にはクリスタルの国旗と680のナンバー。風防に虹をたたえたコクピットに、
ヘルメットをつけた完全武装のパイロットの姿。
 ここからではその顔などわかるはずもないのに、アシュレイにはあの醒めた目で自分を見下ろした冷たい面が、いま視界が黒と青との
二色に分かれた世界を睥睨しているさまが見えるようだ。
 離陸スタッフの腕が大きく振られる。フラッグがたなびく。あの低い声が無感動に、
『680、テイク・オフ──』
 言うや否や、機体が銀の軌跡を残して、熱に煙立つような滑走路を加速していく。耳を塞いでも響く鋭いエンジン音。速度が増して、
タイヤが軋むいやな音が混じる。銀色の機首が引き起こされる。引き起こしが早い、まだ滑走路は半ばだ。車輪が浮かんで、
後方のバーナーが焔を上げた。
 瞬間──ギュウンッと、鳥肌が立つような音に天界航空一同は思わず身をすくめた。と、次の瞬間にはもう、機体は銀の光の矢を貫くように
一直線、空の彼方に飛び立っている。鼓膜を破りそうな轟音。後に浮びあがる白い水蒸気のライン。ゴゴゴ、ゴォンと降りて来る音を
待つより早く、青空に光る銀の点はきらめきだけを残して、完全に視界から消え去っていた。
 脳が、視界の出来事を理解する、遅れた数秒──
「なん……だっあれっっ!!」
 ぼんやりとつぶやきかけた柢王の声が、後半で跳ね上がる。信じられないように鋭く空を振り仰いだ。
 離陸時はどんな飛行機でも機体が重い。だからパイロットによっては離陸時のほうがはるかに着陸時より難しいという人もいるくらいだ。
滑走路いっぱい加速しながらエンジン全開、向かい風に乗って機体を浮かせるのが飛行機の原則で、いくらバーナーがあるとはいえ、
いきなりあんな角度で飛べるなど──
「あんなの、初めて見た・・・…」
 ティアがぼうぜんとつぶやくが、それはアシュレイだって同じだ。あの一見無茶な着陸の時も思った。でも、いまもまた思うしかない。
あれはうまい、うまくないの問題ではなく、もう、奇跡だ。同じ着陸を見たはずの空也と航務課スタッフもふたたびあぜんと空を眺めている。
 と──、彼方を、睨むようにしていた柢王の唇にふしぎな笑みが浮ぶ。その笑みのまま、
「──あれがヴィルトゥオーゾ、か……。よぉっくわかったぜ」
 桂花を見るのに、桂花も静かな笑みを宿して、
「一見の価値のあるフライトでしょう」
 まなざしを空に向け直したふたりに、アシュレイは、胸につきあげるものを感じて、息を飲んだ。
 旅客機のパイロットとファイターは、求められるものが違う。あんな鋭角的な離陸は旅客機には不可能というよりしてはならないことだ。
その理解で不要なものは取っ払い、ただ打ちのめすような技量には腹の底から感心し──それでも、勝気な瞳に笑みを浮かべて、
空を見ているその姿。
 それは背中に数百人の命を背負う旅客機の機長の正しいプライドだ。
 優れたパイロットに会えば誰でもそうなりたいと願うし、憧れもする。だが、その賛嘆から来る悔しさも負けず嫌いも自分自身と
挑むためのものだ。腕も誇りも高くて結構。だが、旅客機の機長は絶対に後ろの命のことは忘れない。自分がひとりで飛ぶ翼ではないことを
忘れたりしない。うちのめされるべき場所があるなら、その場所は決して間違えない。 
 だからこそ──
(もっとうまく、ちゃんと飛べるようになろうって、努力できるんだよな──)
 ファイターとは違うスタンス、違う視点で、自分の腕を鍛えようと思えるのだ。
 アシュレイの、波打っていた心臓に、新たに熱いものが流れる。それはあの高高度のコバルトの色を初めて見たとき、初めて
『クリアード・フォー・テイク・オフ』のコールを、その耳に聞いたときの気持ちに似ていた。視界がふいにあざやかに、全てが鮮明に
見え始めたような驚きに、胸をときめかせたあのときの、あの気持ちに──
 だが、アシュレイがその気持ちをふたたびしっかりと味わう前に、無線から聞こえる声が、アシュレイを現実に引き戻した。
『アルファ・フライト、クリアード・フォー・アプローチ』
『ラジャー! アルファ・フライト、アプローチ』
 空の彼方がきらきらと輝き、イルカ・チームが隊になって姿を現す。滑走路を今度は横側から降りて来るらしい。隊長がアシュレイたちに言った。
「ジープに乗ってください、管制塔に向いますから」
 もたもたしていられない天界航空一同は、軍の人を加えて盛りだくさんの狭いジープに無理やり乗り込み、滑走路際のコントロール・
タワーへと向った。
 走るジープの中で聞える無線は、先発機と官制との交信。
『320、ターゲットをレーダーに捉えた』
『コントロール、ラジャー』
『機影2機、シグナル、ゼロ。これより接近する』
『コントロール、ラジャー。ターゲット後方よりアプローチせよ、120度よりガスト、風速245、パランスを崩すな』
『ラジャー』
 落ちついたやり取りに、しかし、軍の人たちが険しい顔をする。旅客機だろうが戦闘機だろうが、ふつうは機体の側面に大きく
国名と機体ナンバーが書かれているもので、それがないということは故意にそれを隠して飛んでいると思うのが妥当だ。隊長がマイクを取って、
官制に告げる。
「Cチームの機体とパイロットをスタンバイさせろ」
 官制が了解と答え、ふたたびスピーカーから声が響く。
『チャーリー、パイロット、チェック・イン。ハンガー、チャーリー、スタンバイ』
 言うまでもなくこの場合のチャーリーはC、ブラウンではない。と、つっこむ余裕もない天界航空一同はおのおの真顔。
「…大丈夫かな」
 ティアが険しいような表情で滑走路を振り返る。その横で、アシュレイも眉間に皺を寄せて空を仰いだ。
『320よりコントロール、ターゲット、インサイト。F16、2機。国籍機体ナンバー不明、火器搭載はここからは確認できない。交信する』
『コントロール、ラジャー』
 偵察機が相手機を目視できる範囲まで近づいたらしい。旅客機でよその機体が見える範囲にいるのは原則空港上空のみ。目視150m以内に
誰か飛んでいたらその時点でニア・ミス、の世界を厳守している旅客機機長に、機体側面見える近場に国籍もわからない戦闘機を見る
パイロットの気持ちは──まあ、この前経験したといえばしたが、だからよけいに、心拍数が高くなる。
 が、無線から聞こえる声は落ちついていて、
『前方を飛行中のF16に告ぐ。ここから先はクリスタル・アイランドの領空である。国籍と機体ナンバーを明らかにし、すみやかに進路を変更せよ』
 おもねる響きのかけらもないその警告は、自分がひとりのパイロットである前に、国の護りの最前線がここにあると思い知らせるかのようだ。
が、そんなラインに出てくる相手も腹は据わっているはずで、反応しないのかできないのか。
『繰り返す、F16、すみやかに進路を変更せよ』
 二度目の警告をしたパイロットの声が、官制に続けて、
『コントロール、アンノウンは進路を変える気配がない。軽く追い上げてみるか』
 落ちついた響きで言うのに、官制も、
『了解。風が乱れてきた、気をつけろ。いま680がそちらへ向っている。五分以内に合流するはずだ』
 と、パイロットの声は笑って、
『ヤツなら五分も必要ないが、たまには空振りしてもらった方がいい』
 と、連れの機体に、相手機の後ろ側につく指示を出す。
 ジープが高くそびえるコントロール・タワーの下に着いた。わらわら降りた天界航空はほっと息をつく。隊長がゲートを開く間にも、
無線の中ではパイロットたちが国境際をうろつく相手を追いまわしにかかる。そんなうろつき、どこの国でも月に一度はやっている、
というのが本当かどうかはともかくとして、時速1Mに近い速度の戦闘機が上に下にと機体を返し、
『しつこい奴らだな、よし、廻り込んでテールに着け!』
 開いたゲートに天界航空一同がなかへ入ろうとした時と、その声が響いたのは同時だった。
『タービュランス!!』
 うわあっ、とパイロットの驚いた声が響く。ガガガガガガ…とすさまじい音が無線から響く。官制の声が、
『320、385、応答せよ!』
 鋭く問うのに応えるものは、翼が軋むようないやな轟音、無線のノイズ、パイロットの押し殺したような声。
 天界航空一同は、その場に立ち尽くして息を飲む──


No.166 (2007/12/13 14:34) title:PECULIAR WING 10 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

UNKNOWN

 ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ! と、鋭い音が辺りに響き渡った。
 ハッと顔を上げたアシュレイたちの耳に、敷地のあちこちにあるスピーカーから緊迫した声が届く。
『スクランブル! スクランブル! 洋上チェック・ポイント・ビクトリーにアンノウン2機! 高度1万フィート、防空エリアに向け
南下中! スクランブル要員は直ちに配置につけ!』
 激しく点滅する赤い警告灯。軍の人たちがいっせいに無線を取り囲み、
「コントロール! 演習中止だ! ドルフィンを降ろせ!」
「第二ラジオをアラートに合わせろ!」
『コントロール! アルファ・フライト、緊急発進発生! ヘディング0、2500に下降し指示を待て!』
『アルファ・フライト、ラジャー! ヘディング0、2500!』
 ラジャーと、初めてチームの声が重なったと思う間に、戯れていたイルカたちはダイヤモンドにピシリと編隊を組んで、リーダーの機を
先頭に翼を揃え、一直線北へと向って飛んでいく。そして、
『アラート! コントロール、320、366、エンジンスタートします』
 聞きなれない声がもうひとつの無線からそう言ったと思うと、耳を劈くようなすさまじい音が響き渡った。アイドリングの機体の揺れを
そのまま表わすようなその地鳴りさながらの轟音に混じって、
『機体を廻せ!』『パイロット、スタンバイОK!』『油圧チェック!』
 大勢の人が口々に叫ぶ声が聴き取れる。
 アシュレイはそのさまにあぜんと息を飲む。
 自分の機ならともかく、軍でエマージェンシーを体験するなんて予想もしていない。ついいましがた、聞いた話を実感するような出来事に、
心拍数がどんどん上がっていく。が、スクランブルに対応している人の邪魔をしてはならないのはルール以前の話だ。とっさに掴んでいた
手首から、視線をティアの顔に向けると、そのとまどうようなまなざしに小さくうなずいて、手を引っ張った。
 ともかくジープの側を離れよう。そう思ったのはアシュレイだけではないらしく、柢王も桂花の背を押してこちらへ来るし、
緊張顔の空也とスタッフも同じく。
 辺りには、ドドドドド……と、天地を揺るがすような音が轟いている。無線からだけにしてはあまりに近くて大きい。知らず輪になった
天界航空一同はそれぞれに緊迫顔を見交わしたものの、会話するのも絶叫を要するエンジン音にただ辺りの動きを見守るだけだ──。
 どの国にも、ここからが自分の国だという空の領域があり、そのギリギリが防空エリアと呼ばれている。が、現実にはそのかなり手前の
空域にそれぞれチェック・ポイントと呼ばれる場所があり、正体不明の機体がそこに近づけば必ずレーダーで捕縛される仕組みになっている。
 旅客機はかならず事前にフライト・プランを官制に出すし、原則その通りに飛ぶのが基本だが、それほどの高度を飛ばない、ごく私的な
飛行機だったりすると、プランを出さずに飛ぶこともないではない。そのこと自体は違法ではないのだが、そうした機体は関係者から
『存在していない機体』だとみなされるから、迷子になっても墜落しても誰も探してくれないし助けてもくれない。
 『UNKNOWN』──国籍不明機、と呼ばれるのはそういう機のことも多い。が、敵国機が認識信号を出さずに飛んでも同じだから、
迎える国はともかく偵察機を出す。それが先程の指令『V地点に国籍不明機、スタンバイ要員は配置につけ』だ。
 それは無線が命綱のパイロットなら誰でも聴き取る程度のことで、事実、アシュレイもサイレンの中でも聴き取れた。が、非常事態に
慣れていない──というより、その手元に来た時には大事件になっているしかないティアは不安そうにきれいな顔を曇らせている。
アシュレイは、思わず強くその手首を掴んだ。こちらを見たティアの瞳に小さく頷く。と、ティアも頷き返してくる。
 エンジン音が次第に高く鋭くなり、軍の人たちの無線を囲んで話しているその声すら聞き取れなくなる。と、滑走路のちょうど真向かいにある
鈍色の屋根の格納庫のシャッターが開くのが見えた。そこからは黒く塗装された鋭い機首の戦闘機がゆっくりと姿を現してくる。
とたんに切り裂くようなエンジン音が響き渡る。思わず天界航空一同は耳を塞いだ。
 高く光るコクピットにはすでに完全装備のパイロットの姿。ごく短いタクシー・ウェイを滑走路へ出てくる機体の周囲には黒いツナギに
イヤホン姿の整備員が駆け足している。黒いグローブを嵌めたパイロットの手がかれらに向って合図を繰り返す。エンジンの音が一際甲高く轟き、
尖った機首の前方にいた離陸スタッフが鋭くその手のフラッグを振った。
 と、機体の後方のバーナーが赤く光り、機体が加速していく。ギィーーーンと鋭い音を立てて黒光る滑走路を過ぎ、視界の端で、
ドオーン! と、火を吹いたと思うと真っ直ぐに上昇する。その後から続いて二機目も発進し、すぐにふたつの機体は翼を揃え、
白い筋を残して、一直線に雲の彼方に消えて行った。その後には地鳴りのような音が響いて、天界航空一同は再び身をすくめた。
 それが遠雷の響きくらいに遠ざかるまで、息をつめてその場に立ち尽くして──
「……さすがに速いですね」
 最初に耳から手を外して言ったのは桂花で、同じく、柢王もやれやれとばかりの顔で、
「ったく、マジでありえねぇよな。何分だ? 五分もかかってねえぞ、いまの離陸まで」
 呆れたように首を振る。
「ね、いまの領空侵犯じゃないよね」
 ティアが声をひそめて尋ねた。辺りにはようやく静けさが戻り、ジープのところからの声も聞こえる。と、柢王が笑みを見せて、
「まだだろ。あの勢いで行ったら絶対入る前に駆けつける。つかさ、俺らだって国境際でちょっと風避けてさ、寄り過ぎたかなぁって
思ったとたんに『どこへ行く!』だもん。ほんっと、ガラスばりみたいなもんだって、最近の空はさ」
 ごく軽やかな口調で言ってのける。
 実際にはそれ以上の可能性もあるとわかっているはずだが、かれの大事なものの優先順位は明確。自分でどうするでもないトラブルより
身内の安心の方が大事。事実、その言葉に、ほっとしたように肩の力を抜いたティアは、アシュレイと目が合うと恥ずかしそうに笑って、
「驚いたよ。理屈でわかっていても経験するのは違うもんねぇ」
 その言葉にアシュレイはどきりとした。先刻の隊長の言葉が頭をよぎる。
 と、その隊長が一同のもとにやって来た。変わらぬ落ちついた声で、
「皆さん、驚かせてしまって申し訳ありませんでした。残念ながら本日の演習は中止になりました。皆さんにはわざわざお越し頂いたのに
誠に申し訳ないと思います」
 謝るのに、ティアが代表して、いいえと首を振る。礼儀正しく穏やかな笑みを見せて、
「とてもすばらしいフライトを見せていただきました。本来、無理なことを通してくださったことをありがたく思います」
 答えるのに、隊長も微笑んで、
「そう言って頂けたことをありがたく思います。いま迎えのジープが来ますから、司令塔までお送りしましょう」
 言ったところへ、通信していた制服将校が、鋭い声で、隊長、と呼んだ。思わず、天界航空一同様もその後に続く。と、将校は
こちらには全く構わず、隊長に向って、
「一万フィートは現在、強いタービュランスだそうです。偵察機はターゲットの側面からアプローチしますが、かち合う辺りが最も
危険と推測されます」
「ターゲットの進路は?」
「ターゲットは進路を変更していません。約1M、旅客機ではありません」
「なら、コントロールの指示に従わせろ。後は現場で判断するしかない。それと、アラートに680はあるか」
 アシュレイは目を見張る。
「第4ハンガーに格納されています」
「スタンバイさせろ」
「了解しました。──パイロットも、ですか」
「パイロットも、だ」
「……ちょっ・・…・」
 アシュレイは思わず口を挟んだ。
「あいつが飛ぶんですか」
 叫んだのに、隊長はこともなげに、
「非常事態ですので。戻ればまた営倉に入れます」
「でっ、でもいま上空は乱気流だって──」
 タービュランスは上昇気流と下降気流がぶつかりあう激しい気流の流れで、空の上では最も危険な風のひとつだ。下手にぶつかると
旅客機でも操縦不能になるほど強いこともあり、縦横斜めどこからでも襲って来るので予測しにくい。
 そんな空に、と思わず言ってしまったアシュレイに、隊長はごく落ちついた顔で、
「だからですよ、機長。氷暉なら無事に戻るとは言えませんが、他のパイロットよりはうまく飛ぶでしょう。営倉にいるパイロットを
飛ばせるだけの理由にはなると思います」
 その言葉に、アシュレイは素手で心臓を掴まれたような気持ちになる。
「墜落、するかもしれなくても……ですか──」
 尋ねると、相手はやはり鋼鉄の穏やかさで、
「相手機が乱気流で引き返すなり落ちるなりしてくれればいいと、願って待っているわけには行きませんからね」
「──……」
 そこへジープが一台やって来る。隊長が、ああと笑みを浮かべ、一同に言った。
「迎えがきたようです」
「俺はここにいます!」
 アシュレイは叫んだ。えっ、と一同が驚く。
「あいつが飛ぶなら降りて来るまで俺はここにいます!」
「アシュレイ! 何を言ってるの、君!」
 驚いた顔のティアに、アシュレイは瞳を向け、
「俺はあいつには貸しがあるから──あいつがちゃんと…また、バックレないで降りて来るまで、俺はここで待つから。だから
おまえたちは先に──」
「なに、あいつって誰のこと?」
 と、航務課スタッフが、ティアに何事か囁いた。ティアが目を見張る。後ろにいた空也も柢王たちに事情を説明したらしい。ティアが
まじまじとアシュレイの顔を見る。そして、
「それなら、私もここに残る」
「えっ?」
「言っておくけど、これは命令だからね、アシュレイ。君ひとり残るなんて認めない。私たちと行くか、一緒に残るかしかないよ」
 敢然と、言い切るティアに、アシュレイは瞳を瞬かせた。と、
「おまえら、ここ自分ちじゃねぇってわかってんのか」
 柢王の呆れたような声に、ハッとふたりは顔を見合わせた。赤面し、アシュレイが慌てて隊長に視線を戻すと、隊長はなにか面白がるような
目をしてそのさまを見ていた。そして、
「お招きした理由は、ファイターがどのようなものか見て頂くためでしたね。──いいでしょう」
「ほ、本当ですかっ」
「ただし、ここでは長時間の待機には向きません。680が離陸したら官制塔へ向っていただきます」
 えっ、と天界航空一同はふたたび驚く。
「なぁ、これって親切って域だと思う?」
 柢王が桂花の耳に囁く。その苦笑いに近いまなざしが、みんなの疑問を代弁している。
 が、ともあれアシュレイはホッとした。隊長の思惑などいまはどうでもいい。危険な空を飛ぶとわかっている相手が無事に降りて
来るまで見届けられるなら──
 と、そこへ通信係が告げた。
「隊長、680スタンバイができました──」


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