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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.154 (2007/09/18 20:44) title:コー・パイ空也の小事典 ─A Dictionary of Colors ─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

高度四万フィート、快晴、自動操縦中のコクピット。

「えー、皆様、こんにちは。コー・パイロットの空也です。本日は再び、皆様に小辞典をお届致します」
「小辞典じゃねーだろ、今回。つか毎回毎回、なんでおまえなんだっつーの。それも俺ん時。俺になんか恨みでもあんのか」
うんざした顔でため息つく機長に、コー・パイは慌てて柢王を振り向く。
「俺だって志願してないですよっ。ただオーナーから提案があったとかで命令受けたんですからっ。柢王機長、なんか元気ないですけど
ごはん食べましたよね、さっき?」
「飯が俺の人生の悩みかよっ。…ったく、六日も会えてねぇのに代理で四日も出ちまうなんて呪いだろ、絶対」
低くつぶやいた機長に、人の顔色は見るが詰めの甘いコー・パイは好奇心いっぱい、
「え、それってCAのことですか。というか、それってもしかして欲求──」
ゴキッ。左席の機長が肩の関節を鳴らす。コー・パイは青ざめ、
「で、では練習をはじめます。皆様。今回は航行全体様子を交えた用例集です。まずは離着陸の様子からです」
手製のテキストを開いて読み上げる。
「離着陸はパイロットにとって最も緊張する場面だと言われ、実際その11分間での事故が最も多いという統計もあります。そのため
離着陸の間は一切の私語が禁じられています。それが『サイレント・コクピット』と呼ばれる状態ですね。そのため、打ち合わせはつねに
事前に済ませておきます。それが『ブリーフィング』です。例えば離陸時だと目的地、ランウェイの確認、飛行時間、高度、風向きと強さ、
離陸中止の際はどうするかなどを打ち合わせします」
一呼吸。つっこみがないので安堵した顔で続ける。
「離陸のシーンは柢王機長たちの研修の場面を思い出して下さい。あの時は、『VR』、つまり、ローテーションという機首の引き起こしから
始まりましたが、その前に実は『V1』と言う大切なコールがあります。これは『離陸決心速度』と呼ばれるものです。離陸時、飛行機は
エンジン全開で加速していますからいきなり止めることができません。下手にとめようとして滑走路を越えてしまう『オーバー・ラン』などの
事故を防ぐために、この速度を越えたら何があっても絶対に離陸しなくてはならない、それが『V1』です。不具合がある場合は一度離陸し、
あらためて降りてくることになります。問題がない場合は上昇しながら揚力を調整する翼、プラップを戻して車輪をしまいます、これが
『ギア・アップ、プラップ・オン』です」
息継ぎ。機長は頷いて、
「あってんな」
空也がほっとした顔で言う。
「テキスト作った甲斐がありました」
「テキスト作んねーと説明できねーことかよ、おまえには」
「つ、次は上昇中ですねっ。飛行機はタイヤが離れてから五分後には上空一万フィートにいると言われています。航行中の速度は大体
時速700kmくらい。計器のバランスが取れ、特に問題がなければその時点で自動操縦に切替えます。そのオート・パイロット、略して
オー・パイへの切替えのやり取りは、機長!」
「プッシュ・センター・コマンド!」
「ラジャー・キャプテンっ!!」
「ほんとに押すんじゃねぇーっ!」
「あああーっ、つい癖でーっ」
オー・パイが外れ、ひとしきりゆれる機体。顔色変えた機長がホイールを繰って機体を安定させる。ふたたび自動操縦。
「スタピライズドっ(機体は安定しています)」
 空也の報告に機長は鋭く、
「おまえだろ、安定してないのっ! いーからさっさと続けて終われっ」
「は、はいっ。い、いまのように、自動操縦の間も操縦者は必ず操縦ホイールを握っています。ハイテク機の自動操縦はもうひとりのパイロットと
言ってもいいほど精巧で、時にパイロットよりうまいとまで言われますが、プログラムしていない事態には対応ができません。ですから
自動操縦でできる技術が複雑になればなるほど、その機の操縦ができるパイロットの技術も高いのが当然です。いまのがいい見本ですねっ」
「実験かよっ。つかおまえ一回監査で落ちろ!」
「そんなっ、落ちたら飛べないじゃないですかっ」
「飛んで落ちるよりましだろーがよっ。あーもー、早く終われっ」
「は、はいっ。その間、コー・パイはチェックリストを出して確認をしたり、通信をしたりなど分業作業をしているのでオー・パイの間も
決して遊んでいるのではありません。通常、航空機の無線は三回線あります。ひとつは緊急事態が起きた時の非常回線。もうひとつは
管制塔からの無線。最後は会社からの無線です。パイロットはいつも耳につけたイヤホンでその無線を聞いています。そしてときおり前方を
行く機から状況を知らせる無線が届きます。それとやり取りをするのもコー・パイの仕事ですね」
話したくないのか機長は無言。
「そ、そうやって航行が無事に進んでそろそろ着陸体勢に入る頃からコクピットはまた忙しくなります。セカンドでアシュレイ機長が
やっていたやり取りは、やや特殊な場合ですが、管制塔から指示された滑走路を確認したり、地上の天候や風を知らせるリストを出して
着陸の仕方をブリーフィングします。この際、もし着陸をやり直すことがあれば、その時にどうするかまで打ち合わせをしておきます。
つねに前倒しでいろいろなことを想定してことを進めるのがパイロットなんですよ」
「コー・パイのボケまでは想定外だけどな」
機長が鋭くつっこむ。青ざめたコー・パイは咳払いし、
「そ、そしていよいよ着陸目前になると、ランウェイ、夜ならアプローチライトを探します。それが確認できると、手動に切替え、
タイヤを降ろします。そうしているうちに着陸体勢に入る高度を告げる『アプローチング・ミニマム』のコール。1000フィートの
カウントダウンを聞きながらどんどん下降していきます。地上30フィートを知らせる『ミニマム』のコールが入ると、『ランディング』の
コール。下げていた機首を起こしながらエンジンの出力を切り、時速三百q程度の速度で滑走路に滑り込みます。そしてすぐさまブレーキを
かけながらエンジンを逆噴射して、とにかく早く速度を落さないと、滑走路は3qくらいしかないですし、次の飛行機が降りてきますから、
オーバーランしないためにとにかく急ぎます」
「おまえには絶対着陸は任せねぇ」
「な、なんでですかっ!」
「ただ急ぐだけか、急げばいいのか。ピザ頼んでんじゃねえぞ」
「そんな、ピザだって、縦にしないとかコーラ振らないとかあれこれ──」
いいかけたコー・パイは機長の鉛のような瞳に凍りつく。
「そ、そうです、早ければいいわけではありません。急いでいるからといってムリしてとめようとすると摩擦でタイヤが焼き切れてしまいます。
パンクになったらそれこそ迷惑なので慎重且つ的確に減速してタキシングウェイに移動することデス」
緊張のあまり棒読みになるコー・パイに、機長は肩をすくめながらも頷いて、
「そゆことだな。やっぱおまえ、監査で落ちろ。俺が監査官に告げ口しとくから。つか、急げ急げで早い男は嫌われる」
「て、柢王機長が言うと説得力あります。…あれ? でも欲求不満ってことは、いまの彼女はあんまりさせてくれないんですか」
「ンなこた、おまえが知ったことかっ! やっぱり落ちろ! おまえは地獄に落ちてふたつ結びの変態に可愛がってもらえ!!」
「ええっ誰ですかっ、その変態って! あ、そういえば機長、最近引っ越したんですよね? それって彼女と同居ですか」
とっさに恐怖心と好奇心がせめぎあい、後者の勝ち。尋ねた空也に、恋人の顔でも思い出したか、機長はとたんにご機嫌顔で、
「まあな」
「それじゃ宅配ピザと外食の生活も終わったんですねぇ……あ、でも欲求不満ってことは、そんなに構われてな…」
「欲求不満を連発してんじゃねえぞっ、コラ!!」
「すすみませんっ、つぃいっ!!」
「つい、だぁ? パイロットに、つい、なんかねぇんだよっ。常に全てを先読むのがパイロットだろ、玄関開ける前から、待ってる
恋人の顔色ぐらいわかってんのがパイロットだろーがっ、あぁっ?」
「すすすすみません、機長っ、でもそれ先読みっていうより単なる妄想っ……」
「あーあ、なんでおまえが隣りにいんだろな。俺ももっかい、コー・パイに戻ってクールな美人と延々ふたりで飛びてぇよなぁ」
何を思ってその結論なのかいきなり大きなため息をつく機長に、コー・パイは驚いた目をしたが、
「いい方法がありますよ!」
「あ?」
「初心に戻って宅配ピザと外食生活ですよ! 炭水化物はストレスを和らげるそうですし、それでビールガンガン飲む生活続けたらきっと
コー・パイにまた──」
「それは健康診断落ちてるだけだろっ! 頼む、キャビン、このバカ非常ドアから放り出してくれーーーー!!!」
                         


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