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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.148 (2007/09/02 13:44) title:PECULIAR WING 7 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

CONVICTION

「……けどおまえさ、たまに俺よりアシュレイに優しいことがあるよな。俺が悩んでもアドバイスとかくれなさそうなのに、アシュレイには
するもんな」
 柢王がベッドにいる桂花の背中にそう言ったのは、窓の外で朝の光が輝き始める時刻。与えられたツインで眠りに就こうとする前だ。
とはいえ、さっさと眠る気はないらしく、濡れた髪をタオルで乱暴に拭いながら隣りに転がり込んできた柢王に、桂花は落ち着いた目を向けて、
「あなたに弱みを見せる気があるとは意外ですね。それに、あれはアドバイスではありませんよ。旅客機のパイロットには勇敢さより
求められるものがありますから」
 いつもと同じ声で答える。柢王はその横顔を眺め、
「それはそうだけど、あのタイミングで言われたら俺だってハッとするって。誰だって、一度は考えることではあるけどさ──自分の
規準はなにかって。ただ安全に飛ぶんじゃなくて、なんで安全に飛ぶのかを、基準にしなきゃならなくなる時は来る。けど、アシュレイなんか
端から見てたらなんで悩むんだってくらいいろんなことがくっきりしてるようなヤツなのに、まーそーゆーやつに限って鈍いっつーか、
自覚しねぇっつーか、迷う余地なんかねーだろっつーとこで迷ったり悩んだりするんだからなぁ。んっと、矛盾してるよ」
 やれやれと言いたげに、枕の上で喉を反らす。と、クールな美人も苦笑して、
「自分に厳しい人の方が、自覚はしにくいかも知れませんね。誰でも、安全には飛びたいはずです。ただ、自分がなぜ安全に飛ぶかを
はっきりと自覚していないと、人の意見に迷わされる可能性がある。アシュレイ機長がそうだとは思いませんが、理由はわかっていた方が
いいですよね。ただ、大した理由である必要はないんですが……」
「だよなぁ。この空じゃ自分にはムリだから飛びません、でもいいわけだよ。自分さえ自覚して迷わなきゃ。安全に飛ぶ理由はそのまま、
安全のためには飛ばない理由だ。誰かになんて言われても、会社が損しても飛ばない──決定的な理由があるならノーを言うのも簡単だけど、
そうは見えなくてもノーを言うには自分のなかにどんなに小さくても理由がいる。パイロットの判断がいつも正しいわけじゃないけど、
空の上でホィールが握れるのは俺らだけだし、飛べるから行けって言うヤツが実際側にいて代ってくれるわけでもないしさな」
「パイロットの責任はパイロットにしか背負えないですからね。自分の飛ぶ理由は自分で決めないと」
「それがあれば安全を大事にすることにはっきり規準が生まれるってな。けど、アシュレイの場合は、カンのいいヤツの陥穽っつーか、
あんまり大事すぎて、きちんとしねぇと自分が情けないってプライドなのかわかんねぇけど、俺だったら迷わねぇよ。殴らねぇしよ。
そーゆーとこがホント、アシュレイだよ。純粋っつーか融通きかねぇっつーか」
「トパーズみたいに……」
「あ?」
「トパーズという宝石があるでしょう? あれは元々、『内側に焔を探す』という意味の言葉から来ているそうですよ。温度の高い
焔の中は最も純粋だとか」
「……だよな。純粋だから、小さな迷いが自分で気になる。それがあいつのかわいいとこ、だな」
 柢王も微笑むと、ふいに、
「けどさ……ひとりで飛んでひとりで降りて。戦闘機の役割が俺らとは違うのは百も承知だけど、そんな飛び方俺にはできねぇよな。
俺は客がブリッジを渡る姿見るのなしで飛びたいなんて思わないけど」
 と、クールな美人は瞳を深め、
「それがあなたが安全に飛ぶ理由、ですか。……戦闘機の編隊では、真っ先に、リーダーの機が地面に突っ込めば迷わずそれに続けと
教えるそうです。それだけの信頼がないと戦場など飛べない、ということでしょうが、吾には不合理な信念のようにも思えますね。
それに、吾は後ろにある命しかこわいとは思えませんから、地上のことを考えて飛ぶファイターには向きません」
「おまえの腕で後ろにある命がこわいから安全に飛ぶって言われたら、立つ瀬ねえヤツ山ほどいんぞ。けど……ま、勇気があるってのは確かに、
こわくないってことじゃないよな。それに、危険に飛びこむ翼も安全を絶対視する翼も、同じものを大事にはしてる。後はそのどちらを、
どんな理由で選ぶのか。飛ばない理由も飛ぶ理由も同じことだ。アシュレイだってただ自覚するだけ……なんだけど、これがまた、
言うのは簡単、するのはなぁ」
「ですが、考えられるのは答えが出せるからですよ。どのみち、吾たちがどうこう言っても意味のないことですしね」
 桂花は冷静な声でそう答えた後、ふいに瞳を細めて尋ねた。
「──眠るつもりじゃなかったの?」
 と、シルクリネンのシーツの上からその体のラインをなぞっていた柢王は笑って、
「考えたら、寝る時間はたくさんあるんだから、もっと大事なことをしたいなぁって」
「あなたこそ、たまには迷ってみたらどうです?」
「いまはダメ。恋人が他の男のこと心配してたら、迷うは俺の選択肢にはねぇもん」
 柢王は笑って桂花の体をひっくり返し、その瞳を覗き込む。と、クールな美人の答えは囁くように、
「──可愛いことばかり、言う人ですね」
 爽やかな朝の気温は、この部屋だけアシェンダント中──

「本当に迷惑をかけてすみませんでした」
 ティアが改めて頭を下げたのはきらきらと輝く王宮から出ていくリムジンのなか。太陽は真上の昼下がりのことだ。
 部屋に戻った後もアシュレイのことが気がかりだったものの、旅の疲れもあってうつらうつらしたティアは、迎えに来た航務課スタッフと
共にクリスタル王宮を訪れた。道々、アシュレイから聞いた話とつき合わせて事情を聞き、覚悟を決めて陛下の御前に立った。
 いたくご心痛のご様子の陛下は、しかし、ティアが言葉を尽くして、自分がここに来たのは事故に意見があるのではなく、単なる私事で、
事故に関しては口を挟むつもりはないと説明すると、ようやく安堵なされた。そして軍に行くティアに車をご用意下さり、帰り際、
『わが国にも誇れるパイロットがいることをぜひ、ティアランディア殿にもご理解頂きたいものです』
 心からのお言葉に、自分が来たことで、陛下にもご心配をおかけしたことがまざまざと理解出来たティアはため息をついたところだった。
が、そんなティアに航務課スタッフは落ち着いた笑顔で、
「オーナー、どうかお気になさらずに。先程も言いましたが、オーナーの立場なら機長を心配するのは当然ですし、私も今回のニア・ミス自体は納得できたことではありません。それでも全員が
ぶじで降りられたことはよかったことです。あとはここからどう対応していくかだけですが、軍も誠実に対応してくださるようですが──」
 かれは、ふと口許をほころばせるといたずらっぽい瞳を見せて、
「オーナー。軍の方たちはなかなかに手強いですよ」
 その言葉と笑顔にティアは瞳を見開く。
「そ、そうなの?」
 尋ねると、スタッフは、
「はい。ですから、こちらも負けないでいきましょう」
 気負いのない声でそう宣言する。ティアは思わず目を見張り、そして笑い出しそうになった。
 グランド・スタッフと呼ばれる地上勤務員はめったなことでは慌てないし、取り乱さない。できることをテキパキと、柔軟性高く対応する。
バックなし、時に強気なヒコーキ野郎たちを支えているのは、実にこうした決して折れない柱たちだ。フレキシブルなその態度と強さは、
オーナーだって見習いたいもの。
 アシュレイのことはまだ気になるし、話したいこともいっぱいあるが。
(私もいまできることをきちんとしよう)
 言いたいことを整理するまで待っていてくれと言った言葉を信じて、いまはできることをする。それが自分のいまの役割だし、
アシュレイに対しての信頼だ。
 そう自分に言い聞かせたティアは笑顔を見せて、
「お手並みを拝見します」
 その信頼を言葉ではっきり宣言したのだった。
                          
「あの、天界航空の機長さんですよね?」
 ふいにかけられた声に、アシュレイが振り向いたのは、じりつく日差しが赤毛のてっぺんを焼く街の通り。
 仮眠した後、街へ出た機長はTシャツ、短パンのラフななりだが、心はそんなにラフではない。
 光まばゆい雑駁な街は、けばけばしい看板が立ち並ぶ通りにあでやかな衣装やみやげ物、香辛料を山盛りにした籠が並んだ店。
食べ物の匂いに潮風と埃っぽさが混じり、濃い緑を揺らす葉の間にはあざやかな花が咲き群れている。ガタつくアスファルトを走るのは
レトロに近いポンコツ車。美しい衣装をまとった褐色の肌の女や男、せわしげなビジネスマンに、リゾート仕様のカップルたちが行き交う眺め。
 それはこの五ヶ月のうちで見なれた活気あるでエキゾチックな街の様子で、ふだんならアシュレイは興味津々、ぶらつくが、今日は違う。
「もし、あいつが飛んでこの人たちが助かるなら……」
 どんなパイロットでも飛ばせる、という意見はリアルなものとして実感できる。
 でも、旅客機の機長だって、それと同じ責任を抱えて飛んでいるのだ。だからそのことを、頭と心を整理して、みんなにわかって
もらえるように。自分が本当にみんなを守れるように。
(伝えられるようにならなきゃ……)
 と──、心に噛みしめていた時だったので、アシュレイははっとして、振り向き、目を見張る。そこにいたのは見覚えのない若い男女。
きょとんとしたアシュレイに今度は男の方が笑顔を見せて、
「昨日の便の機長の方でしょう? 見送りに出て来てくれましたよね?」
「あっ」
 昨日は軍の基地だし、客がバスに乗って去るまで見送ったものの、ふだん接点がないアシュレイには客のひとりひとりの顔までは記憶にない。
慌てながら頭を下げて、
「昨日は大変ご迷惑をおかけしました」
 言ったのに、
「いいんですよ。新婚旅行のいい記念になりましたから」
「ほんと。CMで見て選んだ飛行機でしたけど、こんなにわくわくするなんて思わなかったし、それに機長さんがお若いのにも驚きました。
アナウンスとかとても落ち着いていたからもっと年配の方かと思っていたんですよ」
 と、微笑むカップルは、見れば真新しいリングも揃いの仲睦まじい様子だ。その幸せそうな笑顔にアシュレイは目を見張り、そして、
あの…と尋ねかけた。
「……わざわざ、うちを選んで乗ってくださったんですか」
 と、カップルは頷いて、
「ええ。去年でしたっけ、金色の翼で行くリゾートのCM。虹が出てすごくきれいで。それを見て、ふたりで決めたんです。新婚旅行は
絶対にこの金色の飛行機で行こうねって」
「新婚旅行くらい、夢のあるものがいいよねって話してて、でも、本当に夢みたいなフライトでしたよ」
「夢みたいな、フライト……?」
「あー、パイロットの人だと、空の旅は当たり前かも知れないですけど、僕たちにはめったにない経験だから。とても楽しかったし、
ずっと自分たちが特別な旅に出ているんだなあって思えたんですよねぇ」
 と、男の方が照れ臭そうに笑顔を見せる。その言葉に、アシュレイは瞳を瞬かせた。胸の奥になにかあたたかいものが沸き起こるような
ふしぎな気持ちに、そのふたりの顔を見つめたが、ふいに女の方が手を打って、
「あ、それで、お願いがあるんですけど……よかったら、一緒に記念撮影してもらえないかなと思って」
 その言葉に、アシュレイは、えぇっと飛び上がった。いや、記念撮影はいいが、
「あっあのっ、でもこんな格好なんですけどっ…!」
 いくらなんでも新婚さんの記念写真にこんな格好はないだろうっ! が、ふたりは笑って、
「いいんですよ、格好は」
「これが僕らの飛行機の機長だって、僕らはわかっていますから」
 その言葉に、アシュレイの頬は紅潮する。
 見ず知らずのカップルの輝くような笑顔の横で、新米機長は通行人が引き受けてくれたカメラに目を向ける。
「はい、撮りますよ!」
 カシャ、とシャッターの下りた瞬間。
 そこに映った機長の笑顔は、久しぶりの晴天だった──


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