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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.147 (2007/09/02 13:36) title:PECULIAR WING 6 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

BREEZING

「アシュレイ…おまえ、ほんっとに運が強いよな、わかってんだろうな?」
 呆れたような柢王の声が、ラベンダーと薔薇色まじりの空に響く。椅子の背に寄りかかるように肩をすくめるのに、新米機長は寝不足の
頬を紅潮させて、
「悪いのは向こうなんだぞ。こっちが怒るのはあたりまえだっ」
 言うが、その言葉にふだんの勢いはない。
 ホテルのロビーで到着したばかりのティアたちと出くわしたのは、別に待ち構えていたからではなかった。あれこれ考えたりして
眠れなかったアシュレイは、星の瞬く浜辺を歩いて何度もため息をつき、さすがに疲れて戻ってきたところだったのだ。
『あっ、アシュレイっ!』
 自分を見つけた時のティアの嬉しそうな顔に思わず嬉しくなりかけたのも束の間、なんでティアがここへ来たか思い出したアシュレイは
頭をぐるぐる回る悩みも一気に思い出して、意識するより先、声を尖らせ、
『ティアっ、なんでおまえがここにいるんだっ』
 叫んでしまった。
 と、ティアの笑顔が曇って、新米機長の胸はずきりと痛む。が、言葉が喉から出て来ずにただ力だけが入った。と、大股にアシュレイに
近づいた柢王がいきなり、首にガシッと腕を巻きつけて、
『なんだぁ、アシュレイ、朝っぱらからカリカリして。腹減ってんなら飯でも食おうぜ。もうビュッフェくらい開いてんだろ?』
『って、おまえなんでも飯食えば解決すると思ってんのか、俺はなっ……』
 と、怒ろうとした耳に、親友の低い囁きが、
『ロビーでティアに恥かかせるんじゃねぇよ。それに、おまえだってティアに報告することあんだろうがよ』
 その言葉にアシュレイは瞳を上げた。瞬間、ちらと見せた親友のまなざしと、その、見る人が見たらわかる疲れと。瞳を移せば、
いつも同様落ち着いた顔の桂花も、それにティアも、きちんとはしているが疲れは隠し切れない。
 夜通し飛んで来た三人が疲れているのは当然で、それはもとは自分のためだ。わかってはいるが、それでも、あれこれ考えた後の
アシュレイにはすなおに、よく来たなとは笑えない。それに、パイロットを殴った話をするなら、よけいに気が重い。
 それでも、話さないわけにもいかないし、みんなをロビーで立たせておくこともできなくて、アシュレイは渋々、プールサイドの
レストランの席で、ニア・ミス事件の顛末を語ったのだった。
 植え込みもまだ深い緑に濡れて、白く星の残る明け方の空の下、アシュレイはなるべくふだんと変わらない口調で話したつもりだった。
それでも、親友たちは瞳を鋭くしたり、見開いたりして聞いていたが、アシュレイが、
『……だから、殴った。一発だけだけど』
 言った瞬間、ティアの瞳が限界まで開いて、柢王が先程のセリフを口にした、というわけだった。
「おまえらだってニア・ミスなんかされたら腹は立つだろ、当たり前だ」
 いまとなっては自分でも信じていない理屈を口にすると、やはりそれが伝わっているのか柢王は瞳を鋭くして、
「腹が立つのは当たり前でも殴るのは別問題。んなこたぁ、おまえだってわかってんだろうが、その顔色じゃ。つか、ほんと運がいいよ。
見逃してもらえて。おまえ、下手したら軍の敷地から出られなかったかもしれないんだぞ?」
 改めて言われたアシュレイは喉に力をこめた。が、ティアはむしろ話が聞けたからかほっとした顔になって、
「でも、よかったよ。君たちが無事で……」
 きれいな顔が初めて力を抜くのを見て、アシュレイは複雑な思いを噛みしめる。ティアは続けて瞳を上げるすまなさそうに、「でも、ごめんね、アシュレイ。君のフライトによけいなことで関わることになって。本当はこんなつもりじゃなかったんだけど……」
 ここへ来ることになった理由と顛末を話してくれた。
 ティアはただ危険な目にあった自分を励ましたかっただけで、王室にバレタのは予定外。王室と軍には出向くことにはなるが、
それ以上関りもしないし、口出しもしない。事情がわかったアシュレイは、ただ、ぶっきらぼうに、
「心配なんかすることなかったんだ、これは俺の仕事なんだから」
 胸にわだかまるものを言葉に出来ずにただ悔しいようなそう言っただけだった。

 そう。一晩中、頭を巡ったあれこれのこと。
 今度のことで、自分の取った態度は正しかったのか。
 腹が立ったこと自体は決して謝らない。パイロットになってから、アシュレイは乗客の安全のことを考えずに飛んだことはない。
旅客機のパイロットは、安全で快適な旅を全うするのが使命なのだ。機長として、フライトの安全を守るのはアシュレイには当然の義務だ。
 だが、そのやり方は、正しかったのかと──柢王の意見を聞くまでもなく、軍を出た時からアシュレイは思っていた。
 パイロットもひとりの人だ。怒りもするし、間違いも犯す。それは確かなのだが、それでも──
(安全が大事なら、暴力意外の方法を選ぶべきだったんだ……)
 会社員である自分が事件を起こしたらみんなに迷惑がかかる。それも事実だが、それ以前に、機長として、自分のポリシーが
安全であることであるなら、誰かを殴ってそれを訴えるのは矛盾した行為だ。あの時は空也たちにも気を揉ませたし、軍が見逃して
くれなければ大事になっていた。
 直情が必ずしも悪いわけではないが──
(俺にはあんな態度は取れなかった……)
 たった一機を飛ばせるためにルールを無視すると言い切った軍の官僚。それに、航務を守るのが仕事だと、聞きにくいことをあえて
自分が聞いたスタッフ。かれらの言葉に気負いがないのは、かれらがそのポリシーを生きているからだ。はっきりと、それを生きているから、
その淡々とした言葉のなかに人をハッとさせるものがある。
 それに比べて自分は、何も解決に役立ったわけでもなく、かえってあのパイロットにバカにされて……。
 言葉を尽くしても伝わらないものがあるかも知れないことは、アシュレイにもわかっている。それでも、説明もしないでわからせようと
するのはムリだ。いや、フライトを守る機長の信念が本物なら、例え相手がどうあれ、伝える努力はしたろうし、するべきだったと──
 いまの、アシュレイにはわかっているから。だから、せっかく来てくれたティアのすまなさそうな顔を見ても言葉が出ない。本当に
言いたいことは伝えられない。
 もし、自分を信じてくれるなら、心配するより、待っていて欲しかった。まだ新米でも、自分だってティアの会社の機長だ。例え不出来な
対応しかできなくても、絶対にティアにはごまかしたりはしないから、だから、自分が報告に行くまで待っていて欲しかった、とは──……。
 飛ぶことは小さい頃からの夢で、父親の姿を間近に、大きくなったらあの金色の翼で大空を飛びたいと願ってきた。でも、絶対に
パイロットになろうと思えたのは、
(おまえを乗せて飛びたかったからだ……)
 ティアを乗せて、ティアの会社の翼で飛びたい。パイロットには決してならないティアだけど、自分がティアの翼になって、ティアを
大空に連れていくんだと思ったから。
『大きくなったら、俺がおまえを乗せて飛んでやるからな!』
 幼い頃の約束に、瞳を輝かせて頷いたティアの姿がいつも目蓋にあったから、訓練にも、『もっと冷静になれ』との指導にもすなおに従えた。
 大切なその夢の第一歩は、もう適った。機長にもなれて、ティアを乗せて飛ぶこともできた。
 だから今度は自分は、
(おまえが誇れるようなパイロットになりたいのに……)
 自分が飛ぶことを、ティアが誇りに思えるようなパイロットになりたいのに──
 なのに、自分の今回の機長としての態度は、この程度。
(心配するな、なんて言う資格、俺にはないんじゃないか──)
 そのことがずっと頭の中を回り続けて、情けないのと悔しいのと腹が立つので眠れなかった、というのが正確なところ、なのだった。
 と、唇を噛んだアシュレイの態度を、自分のせいだと思うのか、ティアは瞳を曇らせた。その顔に、アシュレイはよけいに情けなくなる。
柢王はといえば、言うべき時にはガツンと言って来る男だが、今回は、複雑な目をして肩をすくめるだけで無言。
 東の空から薄い光が差し込んでじきに夜明けだというのに、テーブルには微妙な空気がたち込める。
 と、ふいに、それまで黙っていた桂花が落ち着いた声で尋ねた。
「アシュレイ機長、そのパイロットの飛び方をどう思いました?」
 その言葉に、アシュレイはハッと顔を上げた。ここに来て、誰かが他の話をしたのは初めてだ。アシュレイも心なしかほっとして、
「ああ。うまい……とは思った。腹は立つけど、飛び方はほんとにうまかった。鳥肌が立つくらい」
 答えると、桂花はやはり落着き払った顔で、
「そうですか。では、オーナー。オーナーさえよろしければ、そのショーの演習を見せてもらいたいのですが」
 問われたティアも顔を上げて、
「え、私は構わないけれど……」
「でも、そのパイロットは出ないんだろ?」
 アシュレイがどう思うか、というようにティアがこちらに顔を向ける前に、柢王が口を挟む。と、桂花はやはり冷静に、
「ですが、レベルは近いと思いますから。旅客機の機長として、軍のパイロットの飛び方を見るのも悪くはありませんよ。スタンスの違いが
よくわかりますから」
「スタンスの違い?」
「軍のパイロットは闘うことが前提です。速さも腕も、撃ち落されないためのものです。だからファイターに臆病者はいらない。
でも旅客機のパイロットは、時に、臆病者だと言われる覚悟が必要なこともありますからね」
 その言葉に、アシュレイは目を見張る。
「え、臆病者だと言われる覚悟……って、桂花、それどういうこと?」
 意外な言葉に尋ねたティアに、答えたのは柢王だった。突然、立ち上がると、
「その意味は、アシュレイがそのうち教えてくれる。だよな、アシュレイ?」
「…柢王──」
 アシュレイは瞳を瞬かせた。と、親友は瞳に笑みを込めて、
「おまえも思うとこはあるだろうけど、それはまとめてから言えばいいじゃん。とにかく、俺らは着いたぱっかりだし、おまえも
寝るのも悪くないだろ。それにティアだって昼から王宮に行くなら少しは休んだ方がいいし」
「私なら心配は……」
 ティアが言いかける言葉を、アシュレイは遮った。柢王と、そして、同じように静かに椅子を引いて立ち上がった桂花の顔を仰ぎ見て、
「そうだな……おまえらも、疲れてるのに悪かった。それに──」
 アシュレイは息を飲む。桂花の、夜明けの空の色をした瞳を見つめて、
「……礼が……言えるようになったら、言うからな」
 ティアが目を見張る。にやりとした後、苦笑に近い笑みを浮かべる柢王の横で、桂花は、
「吾に言う必要はないですよ。では、後ほど」
 ティアが驚いた顔で、去っていくふたりの顔を見つめる。アシュレイもまたそれを見ていたが、その瞳はいま、明けていく光に
ルビー色にきらめいて、燃えるような赤毛がまばゆい輝きを見せる。
「アシュレイ……」
 不安に似た顔で自分の名を呼んだティアに、アシュレイは頷き、そして言った。
「おまえに、言いたいことがあるけど、まだ言えない。でも、俺も自分で整理して必ず言うから、それまで待っててくれるか」
 と、ティアは瞳を見開いたが、すぐに、
「うん、わかった」
 小さい時から同じだ。ティアは、アシュレイが本当に決めようとする時は絶対にそれを邪魔しない。そんなティアの微笑に、アシュレイも、
小さい頃からの自分の絶対を思い出す。ティアとの約束は、決して破らない。
 そう頷いた機長は、まなざしを上げると、見えない何かを確かめるようにたちまちのうちに金色に輝いていく空を見つめたのだった──


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