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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.143 (2007/08/11 13:13) title:PECULIAR WING 4 ─A  Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (l198059.ppp.asahi-net.or.jp)

EXCEPTIONAL RULE

「機長、気持ちはわかりますから落ち着いてくださいね」
「そうですよ、機長に何かあったら俺ひとりじゃあの機は動かせないんですからね」
 真剣顔の航務課スタッフと空也の言葉に、さすがに小一時間ふたりの説得を聞き続けた新米機長はため息をついて、
「わかってます。話はちゃんと聞きますから」
 答えると、ふたりはあからさまにほっとした顔をする。その態度に、アシュレイは複雑な思いを噛みしめた。
 スポットから引きずるように司令塔の部屋に連れてこられてずっと、怒る気持ちはわかるが、新しい問題は起こしてくれるなと、
言葉を尽くしてなだめた空也と航務課はたしかに間違っていない。
 実際、アシュレイは会社員であるパイロット。幼馴染でオーナーであるティアやその他スタッフたちがこの路線開発にかけた労力を
間近に見てきた立場でもある。一発殴ったのは見逃されても、それ以上やったら犯罪者。謹慎どころの騒ぎではない。それにアシュレイが
乗らないとツー・パイの機はたしかに明日までここに置き去りになる。軍のせいで起きたトラブルでもそれは別問題。そんなことになったら
会社はかなり厳しく非難される。
 だから、あとは自分がおとなしくして、航務課や軍や本社の判断に任せるのが筋なのだとは、アシュレイもわかっているのだが……。
(あいつを殴ったことは反省しないからな──)
 思い出すとまた胸がむかむかする怒りが込み上げてきて、新米機長は瞳を燃やす。
 わざとニア・ミスしておきながら、まるでこちらに非があるような言い様。悪びれない態度。確かにものすごくうまいのは認めるが、
空の上に絶対はない。もしあそこで突風でも吹いたら? もしこちらのエンジンがいきなり故障したら? 大惨事になっていた可能性は
いくらでもあるのだ。それを、自分はさっさと逃げ出しておいて──
(勝手なこと言いやがって……!)
 音速で飛ぶパイロットに、旅客機の、それも新米機長の手動操縦がのろまに見えても仕方ないが、安全に飛ぶことは最低限のルールではないか。
 それを──
「き、機長?」
 むっかぁーっ、と握り拳を震わせるアシュレイに、また怒り爆発とみたものか、空也と航務課スタッフが顔を青ざめさせる。
 と、幸いなことにノックの音がしてドアが開いた。
「お待たせしました──」
 入って来たのは、落ち着き払った顔の官僚と、悟りを開いた後のような肝の据わった目をした隊長。三人を見ると、直立不動の姿勢で、
調査委員である官僚が口を開いた。
「事情確認が終わりました。先ほどのニア・ミスに関しては氷暉中尉の意図的な進路妨害だと言うことを本人も認めました。中尉には
軍の規則に従って厳正な処罰を下します。処罰の内容は明日、会議で決定しますが、当分の間、かれが飛ぶことは原則的にないと思います」
 アシュレイは瞳を上げたが、とりあえずこらえる。『原則的』の意味は後から質問しよう。
「処罰は正式に決定し次第、ご連絡します。それと、天界航空社に対しての補償等については明日にでも弁護士とともに連絡させて
いただくことになります。よろしいですか」
 その言葉に、航務課がはいと答える。
 続けて、この事故の影響で機体や乗客に万一異変があった場合の対処など説明があり、航務課がそれをまじめな顔で聞いて、
事務的な話はアシュレイにとってはそっけないほど早々に終わった。が、事故調査は本来延々何ヶ月も行われるものだから今回の
結論の早さ自体が異例なのだ。該当機長としてはそのことはありがたいことだ。
「我々からは以上ですが、他にお知りになりたいことはありませんか」
「聞いても──」
「質問をよろしいですか」
 口を開きかけたアシュレイを遮るように、航務課スタッフが尋ねた。アシュレイはとっさにかれの顔を見た。と、かれはごく
落ちついた顔でアシュレイに頷いた。
「構いませんよ、どうぞ」
 官僚が言うのに、礼を言った航務課スタッフは、丁寧な口調でこう続けた。
「先に断らせて頂きますが、当社は軍の迅速な対応とその後の誠実な態度に感謝しておりますし、軍内部のことに口出しをしたい
意思があるのでもありません。ですから、これは社の質問ではなく、現場で当社の機を保護する立場にあるものとしてのお伺いなのですが」
 その言葉にアシュレイは目を見張る。なにを聞く気だろう? 官僚はやはり落ちついた顔で、
「構いませんよ、続けてください」
「ありがとうございます。それではお伺いします。先程、原則的に中尉が飛ぶことはしばらくないとおっしゃいましたね。ですが、
もしも今度の事故を起こしたのが当社のパイロットであるなら、当社では二度とそのパイロットに空を飛ばせることはしないでしょう。
軍の規準と我々の規準が異なるのは承知していますが、安全な飛行は全ての機が目すものであるはずです。それを越えてまで、
中尉を留め置かれる理由がなにかをお教え願えませんか」
 アシュレイと、そして空也も息を飲んだ。その質問自体はアシュレイが聞きたかったことだ。ただしもっと直接的な言葉で。
だが、なんであんなヤツ辞めさせないのだと言う意味はいまのでも確実に伝わる。それを、航務課のスタッフが口にしてよかったのだろうか?
 ふたりは顔を見合わせたが、スタッフ本人は冷静。そして、官僚はと言えば、これまた予想したような顔で頷いて、
「その質問は当然だと思いますし、おっしゃる通りだと思います。それに対して我々が申し上げられることは、第一には謝罪でしょう。
どのパイロットも安全に飛べて初めて、飛ぶ資格があるといえるのは軍も同だと言えます。ただし──」
 官僚は、言うと瞳を細めた。ふいに、その青い知的な瞳のなかに意思の強さが宿ったように思われた。そして、言った声は、
ごくあたりまえのことを言うようだった。
「我々にはもうひとつ、言えることがあります。軍隊においては、その一機が飛ぶことで、戦局の変わる、エースと呼ばれるパイロットが
存在します。その一機で、そこにいる全ての味方を集めた以上の成果を生み出すことのできるパイロットです。軍の柱が秩序と規律で
あることは私も充分に承知しているつもりです。ですが、危急の際には、私は喜んでその柱を無視するでしょう。なぜなら、
エースとは生還できるパイロットを意味するからです。たとえその数が軍の1%にも足らない存在でも、生還できるパイロットだけが
地上を火の粉から護れる翼だとわかっているからです」
「な……」
 予想もしなかった答えに、アシュレイはあぜんと目を見張る。
 たった一機で戦局を変えるパイロット。そんなものが存在するのか。旅客機の機長としてはその疑問は当然のもので、だから
反論の余地はいくらでもある。
 けれど、ゆるぎない真実は、肌に冷たい刃物を当てられるようなものだ。空の上の安全は誰にとっても大切で、ましてやこんな
平常時の理屈にはまるでできないその理屈を、官僚が口にしたのはそんなことは百も承知の上でのことなのだ。その飛行に文字通り
命をかけているパイロットを間近に、最悪を常に予期している人の、鋼のような現実主義。誰かの理解でその価値の変わらぬ、
それはかれの現実なのだ。
 そして、かれがそれを口にしたのは、アシュレイたちに対しての誠実さなのだと──落ちついた顔の官僚の瞳を見つめたら、
わからずにはいられない。そして、その言葉の意味が胸に落ちていくに連れて、アシュレイの肌には鳥肌が立ってくる。
 と──ふいに、それまで黙っていた隊長が、落ち着いた、穏やかな声で口を開いた。
「皆さんがいまのトライスター大佐の説明に驚かれるのも道理だと思います。ですが、いまのはあくまで究極の場での選択の話です。
大佐も私もそれがどのような時でも通じる理屈だなどとは考えていません。──そこで、これは私たちからの提案です。明後日の
午前、当基地で航空ショーの演習が行われます。それを、ご覧においでになりませんか」
「えっ」
 またもや意外な言葉に三人が聞き返す。と、隊長は先刻、先刻パイロットを怒鳴った時とは打って変わったごく穏やかな笑みを浮かべて、
「実はこの度のニア・ミスの件が王室の耳に届きましてね。大変なお叱りを受けました。当然のことです。王室はこの度のことで
天界航空との関係に亀裂が入ることを大変に憂慮されておられます。それで、軍のパイロットがどのようなものであるのか、
少しでも見て頂ければ、今後ここへ降りられる時に不安を抱かれることも少ないのではないかと、大佐と話した結果なのです。
いま、当基地のヘリが隣りの島までオーナーをお迎えに飛んでいますから、ぜひともご一緒に来て頂ければと思うのですが……」
「オーナーですかっ?」
「ティアっ…じゃなかった、オーナーがここへ来るんですか?」
「はい。王室から、天界航空にご連絡を差し上げたところ、オーナーはすでにこちらに向われているとのことだったそうです。
直行便はもうないですから、乗り継いで明日の朝お見えになられる予定だったようですが、王室からの依頼で隣りの島まで迎えを
飛ばせることになりました」
隊長の答えに、アシュレイたちはふたたび顔を見合わせた。ティアが来るなど予想外だ。
(あいつ、なんで……まさか俺のこと心配で来たりとかしないよな……)
 アシュレイは胸をドキドキさせる。会社にとって笑い事ではない話だが、ティアが来るのはそれこそ社内のルールに反する。
航務課スタッフの瞳に困惑に似た色を見て、アシュレイは瞳を瞬かせた。
 と、またもそれを見取ったのか隊長が笑顔で、
「私の聞いた話では、オーナーは私的な用で島においでになるとのことです。今度の件で意見がおありだとはうかがっておりません」
 アシュレイは瞬間、ホッとした。が、非公式と言ったって、来ることが王室にバレて迎えまで差し出されたらそれはもう堂々と
来るのと変わりはない。
 大好きな親友に会えるのはいつだって嬉しいことではあるが、公式に来ないとしたらたぶん自分が心配で来るのだ。気持ちは
ありがたいけれど、シビアな軍の話を聞いた後では、それはまるで親に庇われる子供のようで、アシュレイは苛立たしいような
悔しいような複雑な気持ちになってくる。
(ティアのヤツ、なんで……──)
「では、オーナーと相談してお返事をさせて頂きます」
 落ちついた態度で答える航務課スタッフの顔を見つめながら、アシュレイは複雑な思いに、強く唇を噛みしめていた──


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