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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.136 (2007/07/23 21:00) title:恋愛ドラマの作り方  −Fourth step−
Name:実和 (u064234.ppp.dion.ne.jp)

 アシュレイは天界テレビに着くと、一目散にエレベーターホールを目指した。エレベーターが1階に着いて、ドアが開ききるのを待ちきれずに身体をねじ込むようにして乗り込もうとした時、丁度降りようとした人とぶつかりそうになった。
「おっと失礼・・・。アシュレイさん?」
「ナセル!」
脚本家のナセル・ノースであった。
「どうしたんです?そんなに慌てて」
「お前こそ、まだ残っていたのか?」
「俺は打ち合わせが長引いたものですから。アシュレイさんはまだ仕事ですか?」
「違うんだ・・・、いや、仕事のことだけど。でも今日は別の仕事してて。あ、でも仕事のことなんだ」
「ちょっと落ち着いて下さいよ」
ナセルは笑ってアシュレイを連れてエレベーターホールから少し離れた。
「一体どうしたんですか?仕事のことって待機中のドラマのことでしょう?」
「そ、そうなんだ。ナセル、あのドラマ、中止にならずに済むかもしれねーぞ!」
ナセルが驚いた顔をした。
「どういうことです?何か状況が変わったんですか?」
アシュレイは吹き抜けのロビーに立つ太い柱の陰にナセルを引っ張っていき、声を潜めた。
「今回のことはブラック&ヘルの、10億円もする新作ネックレスをドラマの中で使うってここの会長が勝手にした約束が原因なんだ」
「そんなことが?」
「悲恋」のことを口にしなかったのはあくまで自分の精神衛生保護のためだ。
「と、とにかく。そのネックレスを使えばブラック&ヘルは文句言えないはずなんだ」
「でもどうやって?そんな高価なもの使える場面を今から作るのは難しいですよ」
アシュレイは頷いた。
「そうなんだ。でも話の筋に影響しなければいいんだろ。だからそれ着けるのはヒロインじゃなくって女優とかモデルとかなんだ。それでネックレスのデカい広告パネル作ってさ、飾っておく。そうしたらさりげなくテレビに映るし、しかもそれは単なる背景にしかならない」
「飾るって、どこに?」
「それはさ、ショーウィンドウとかに・・・て。あ、れ・・・?」
ナセルは困った顔をした。
「アシュレイさん、ドラマの中で実在の企業の名前を出すのはちょっとまずいと思いますよ」
「そっか・・・」
せっかく起死回生のアイディアだと思ったのに。アシュレイはがっくりその場にしゃがみこんだ。
「やっぱダメだな、俺って。後先考えないで・・・」
ナセルは慰めるようにアシュレイの背中をぽんぽんと叩いた。
「そんなに落ち込まないで下さい。俺はいいアイディアだと思いますよ」
「でも使えないと意味ねーよ」
「そんなことありません。もう少し掘り下げてみましょう。例えば飾る場所を変えてみたりして」
ナセルは少し考え込んだ。
「・・・ショーウィンドウか。そういえばヒロインは大手アパレル会社のOLだ。そこの職場に飾ったらいいんじゃないでしょうか」
「職場?」
「確かヒロインの会社は新作ドレスを発表したばかりという細かい設定がありましたよね。広告の写真でモデルさんにそのドレスと一緒にネックレス着けてもらえばいいんじゃないですか?そうすればメインはドレスですが、ネックレスも充分目立ちますよね。話題にもなりますよ」
「そんな設定あったっけ?」
ナセルは苦笑した。
「俺が考えたわけではないんですけどね。美術さん達が考えた設定ですよ」
「あ・・・」
すっかり忘れていたが、確かそんな話があった。割りと自由な雰囲気の現場で、美術担当達は遊び心を発揮して話の筋には関係ない細かい設定を色々考え、それを基に道具を用意している。
アシュレイは飛び上がるように立ち上がり、ナセルの肩をバンバン叩いた。
「すっげぇ、ナセル。やっぱお前って頭良いよな。ティアに話す前にお前に相談できて良かった」
「ティア?もしかして社長ですか?」
「あぁ、ブラック&ヘルの取締役ともう1度話すって言っていたけど、具体的な案を持って行った方が絶対説得力あるだろ。だからあいつには1番に話さなきゃと思ったんだ。早速行ってくるわ」
「待ってください。いつの間に社長と知り合ったんです?」
「この間、初めて会ったんだ。最初はいけ好かねぇ奴だと思ったんだけどさ、あいつも現場が好きでこのドラマのために1人で冥界教主と話付けようとしてくれてるんだ。それってさ、放っとけないというか、俺も何かしてやりてーじゃん」
そう言うとナセルが何か言う間もなく、アシュレイはエレベーターへ向かって駆けていった。そして途中で振り返ると、アシュレイはナセルに向かって手を振った。
「サンキュー、ナセル。やっぱお前って頼りになるよな!あいつきっと喜ぶよ!」
ナセルは曖昧な表情で微笑み返した。
 元気よく跳ね返ったストロベリーブロンドがエレベーターの中へと消えると1人ロビーに残ったナセルは
「頼りにされて、ライバルが出てきたんじゃあな・・・」
と肩を落としたのだった。

 ガラス張りのエレベーターはアシュレイを乗せてぐんぐん上昇していく。瞬く間に眼下には黒いビロードの上に宝石箱を引っくり返したような夜景が広がった。けれどアシュレイには目の前の光景よりも先ほどの案のことに心を奪われていた。30階までの時間がとても遅く感じられる。やがてエレベーターはチンという軽い音とともに止まった。扉が開ききるのも待てず、アシュレイは飛び出した。この階には来たことがない。ただ、社長室があると聞いたことがあるだけだ。
 誰もいない廊下を「社長室」と書かれたドアのプレートを探して走ったが、社長室を見つけるのに大して時間はかからなかった。何せ広いわりにはドアの数がほとんどない。
「社・・・じゃねーや、ティアー!いるなら開けろ!」
律儀に言い直してアシュレイは重厚な雰囲気のドアをドンドン叩くと、すぐに扉が開いて目を丸くしたティアが顔を出した。
「アシュレイ!どうしたの?山凍殿がいなくてよかった・・・。そんなことより入って」
 社長室はゆったりとした広さで、シンプルだがセンスのいい部屋だった。部屋は微かに甘い良い匂いがしている。何だかティアの笑顔を思い出すような・・・ってそんな場合じゃない。
 アシュレイは咳き込むように切り出した。
「あのネックレス、ヒロインが着けなくてもドラマの中ででっかく使える方法があるんだ」
ティアが軽く目を見開いた。
「どういうこと?」
「広告だよ。モデルか女優かにあれ着けさせて、その写真ででかい広告作ってヒロインの職場に飾ればいいんだ」
職場のシーンで毎回その広告が視聴者の目に触れる。もちろんブラック&ヘルの名前はドラマの中で出さないがそれでも話題にはなるはずだ。ドラマの筋にも影響しない。
ティアの目が輝いた。
「すごいよ、アシュレイ・・・。そんな手があったなんて」
アシュレイは照れくさそうに鼻の頭を掻いた。
「まぁ、俺が考えたというよりもナセルの案なんだけどな」
「ナセルって脚本家の?」
「あぁ。さっき下で会ってさ、一緒に考えてくれたんだ。俺じゃここまで考えつかねぇし」
「ふーん。…でも、これでドラマを中止しなくて済むんだね」
「まだだ。その前に先方に話してもらわないと。準備は俺達でできるけどそっちはティアの仕事だぜ」
冷静な振りをしているが、本当はすぐにでもプロデューサーのところに走りたい気分だ。
「そうだね。さっそく明日の朝にでも行って来るよ。その前にプロデューサーと話さないと。それはすぐに連絡を取るよ。冥界教主殿と話がついたらすぐに準備に移ってもらおう」
ティアは興奮を抑えるように机の周りを歩き回った。そして上気した顔でアシュレイを振り返った。
「ありがとう、アシュレイ。正直無理かもしれないって少し思っていたんだ。これで希望が持てるよ」
アシュレイは笑った。
「俺だって自分の『好き』は守りたいさ」
ティアはアシュレイの手を取った。
「絶対中止にはさせないから。待ってて」
アシュレイは大きく頷いた。

 翌朝、ティアは冥界教主を訪ねた。金を出さずに済んだと思っていた冥界教主と壮絶な舌戦を繰り広げたが、ティアが執念の粘り勝ちをもぎ取った。そしてすぐさま昨夜連絡を入れておいたプロデューサーに電話をし、プロデューサーの指示で製作会社が広告パネルの作成を始めた。幸いなことに広告モデルとして候補に挙がっていた大物女優のスケジュールが空いていたのですぐに写真撮影が行われた。そして広告作成と並行して止まっていたドラマの準備も再開し、まさに怒涛のような数日間の末、執念と幸運とに支えられ、当初予定していたクランクインの日から数えて5日前の夜中。ようやく全ての工程が終了したのであった。


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