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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.135 (2007/07/18 14:51) title:PECULIAR WING 2 ─A Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (p1011-ipbfpfx02matsue.shimane.ocn.ne.jp)

VILTUOZO

「え、進路妨害?」
 顔を見合わせたW機長に、航務課長の伯黄がため息をつく。
 時間差帰着で一緒帰りの予定の白黒機長が、書類を出しに来た航務課で落ち合った時のことだ。ざわざわしているその場の空気に、
顔を見合わせ、顔見知りのコー・パイに理由を尋ねようとしたその時──
「あ、帰ってきた! ちょっと、ふたりとも来てくれ!」
 奥から課長が手招きしてふたりを呼んだ。航務課は馴染みのあるところだが、課長に呼ばれるのはめずらしい。しかも、そのディスパッチ用の
部屋のドアの隙間に、暇なはずのない広報部長の姿を見た黒髪機長がとっさに真顔になって、
(そういや、今朝、靴のひもが切れたけど、あれとなんか関係ある?)
 身構えたのは、ある種の予感だったかもしれない。
 小部屋へ行くと、そこにいたのは広報部長と、なぜか旅支度で瞳うるうるさせている幼馴染で雇用主の、『天界航空』オーナー、
ティアランディア。ふたりを見るなり椅子から立ちあがり、
「ああっ柢王桂花っアシュレイが大変なんだったらふたりとも落ちつかずによく聞いてっ!」
「って、おまえが落ちつけ! つか、句点つけろ、読みにくいから! 一体なんですか」
 と、大親友の慌てぶりにヤな予感炸裂の柢王は、残り二人の顔を見る。沈痛顔の航務課長と、なんとかの叫びみたいな悲壮な顔した広報部長が、
「とにかく座ってくれるか。説明するから」
 と、話し出したのが、小一時間ほど前に起きたクリスタル空軍上空でのニア・ミス事件。現地だと午後一時くらいだが、時差があるので
こちらは夕刻。日没早い外はいまはもう濃紺だ。
 話を聞き終えた柢王は息をついて、
「それは災難ですね。アシュレイが怒るのもムリないですよ。けど、とりあえず客もクルーも機体も無事で、バスも出たし、空軍は調査入れて
くれるんですよね? それにむこうのパイロットのミスだって認めてるし?」
「ああ、うちの現地スタッフも見ていたが、たしかに着陸間際の機体に戦闘機がニア・ミスしたらしい。すれすれで避けたそうだが、
非は明らかだそうだし、現地ではアシュレイ機長たちが聴き取り調査を受けている頃だと思う。うちとしては混乱はない。ただ、
当のパイロットがまだ帰還しないらしいから、調査結果は最悪、数日後かもしれないが」
「えっ、軍のパイロットがニア・ミスして帰還しないって、それ、軍規違反じゃないですか」
 ただでさえ、パイロットは法律にがんじがらめだが、軍ではそれに軍法が加わる。違反したら最悪反逆罪だ。尋ねた柢王に、今度は
重苦しい顔した山凍部長が、
「空軍のエース・パイロットだそうなのだが。あの島では王室の式典で空軍がショーをすることもあるが、その時にも参加する凄腕のパイロットだそうだ。そのパイロットがなにをどうしてニア・ミスなのか、
本人が戻らないのでは確認しようがないのだが……」
 ゆーか、なにをどうして部長はここに? ここ、航務課でしょ? こういうのって航務課と営業部の担当でしょ? それになにその悲壮な顔。
つか、ティアのそのスーツケースから唐辛子の匂いがするのはもっと何っ? 
 柢王は答えを求めるように隣りを見た。と、いつでも冷静な美人機長はめずらしくなにか考えこむ顔をしている。七日ぶりに会う恋人の
機嫌は一大事だ。即座に、どうした、と尋ねると、クールな美人はかすかにためらう顔をしてから、
「いえ、クリスタルの空軍で航空ショーと言うと、吾も冥界で飛んでいた頃に一度見たことがあるのですが、そのなかに、『ヴィルトゥオーゾ』と
あだ名されるパイロットがいたんです。『超絶技巧の持ち主』という意味ですが、たしかにすばらしい飛行だったと思います。ただ…少し
風変わりなパイロットだと聞いたのを、いま思い出したので」
「風変わり? どんな風に?」
「あいにく詳しい話は聞き流しました。パイロットの人となりには関心がなかったので。あまりいい感じの話ではなかったと思いますが。
アクロバット自体は神業的なうまさでしたけれどね。ああいうのは一機でも乱れると事故に繋がる高等技術ですし、そのチーム自体
とてもすばらしいパイロット揃いでしたが、その機はカンのいい人がずば抜けた技術を持って飛んでいると、下からでもはっきりわかりましたから」
 その言葉に一同がへぇと感心する。自らもずば抜けた技術とフライトセンスを持つ桂花がいうのだ、それは相当にうまいということだ。
ある種の水準は自分もある程度の水準にいないとわからないが、その心配は桂花にはまずないから確実に。
「けど、意外だよな。ショーに出るパイロットって、軍の顔だろ。うまいのもあるけど、人前に出せるのが前提って聞いた気もするけど」
「吾もそう聞きました。だから覚えていたのかもしれません。飛び方のタイプはアシュレイ機長に似てなくもない気がしますけれど。
紙一重でふいとかわせるタイプというか……」
「あー、前髪に直感ついてるようなヤツな。あいつ、コー・パイの頃、たまにブリーズ、前髪で予知してたもん」
 頷いた柢王は、で? と瞳で聞く。と、
「それが…」
「それがだな……」
 課長と部長の視線はオーナーへとリレー。と、ティアが、
「おまえたち、私と一緒にクリスタル島まで行ってくれる?」
「はっいーっ? ティア、おまえ何言ってんの? 俺ら確かに明日休みだけど、明後日フライトだから島まで往復なんか……」
「ううん、それは大丈夫だよっ、課長が代理立ててくれたから!」
「って、ええーっ、なんで勝手に決まってんのっ?」
「だってアシュレイが危ない目に会ったんだよっ、おまえたちは心配じゃないのっ?」
「って、降りたんだろ? 客も無事だし、向こうも悪いって言ってんだろ? その上なにを心配すんだよ?」
「だって、アシュレイは今頃、自分が悪くもないのに取り調べ受けて泣いてるかもしれないんだよっ!」
「って、泣くわけないだろ、あいつがっ!」
 つか誰もこんなことで泣かない。つか調査は取り調べじゃない。つか取り調べ受けたのはおまえだ。この前、あまりの日帰り
スタンプの多さに税関に密輸入疑われて一時間も! 
 だが、それなのに、翌週末には何事もなかったかのようにまた嬉しげに日帰りでアシュレイの機に乗ったティアは、物心ついたときからの
アシュレイ信者。この世で唯一…じゃなかった、エンジュさんとふたりの熱烈なアシュレイ教徒だということを、子供の時から見てきた
黒髪機長は知っている。
「あのなぁ、ティア? これがもし客がけがしてアシュレイが過失傷害とかになってたら、俺だってムリしても行くよ。けど、こういうのは
あることだぞ。ニア・ミスがじゃなくてさ、フライトのことでなんかあって、機長が責任持ってできる限りの対応してかないといけない
ようなことは。誰がどうしてどうなったとか事情の説明だけじゃなくて、自分が関ったことに対して、自分の意思や考えや、どうすれば
最善かを周りと話し合って決めてくようなこともある。それは機長でなくても当然のことだし、機長だったら尚更だ。自分が預かった
フライトに関ることのあれこれを、問われることはあたりまえのことだ。その度におまえが助けに行くわけにはいかないし、はっきり言って
助けにもなれない。アシュレイだって誰かが助けてくれるなんて思いついてもないはずだぞ」
 わかってないとも思わないが、それでも言うと、やはりわかっている老舗会社のオーナーは、一転、真顔で頷いて、
「それはわかってるよ、柢王。それにトラブルに関して私ができるのは私の立場としての対処だけだってこともわかってる。だから、
よけいな口を挟む気はないよ。むこうでは航務課に任せるし、私は絶対に表に出ないって約束する。仕事だってことはよくわかってる。
でも、空の上にいる時はムリでも、いまは側にはいられるよね? 陸の上ならアシュレイの側にいることくらいはできるよね。だからアシュレイの側にいてあげたいんだ、それだけなんだよ、柢王っ」
 と、訴えるティアに、柢王はため息をつく。
 陸に置き去りのティアに、空の上はムリだが陸なら手が届くから、と言われると、パイロットとしてアシュレイと共有するものの多い
柢王には反句がない。それに、これが桂花のことなら自分もムリしてもいくだろう。好きと大事は、立場や理解を時に超えるものだし、
それに、ティアは確かに、言ってはいけないわがままは決して言わないヤツ、なのだ。
(…どーすんだよ……)
 眉をしかめて隣りを伺えば、クールな美人の瞳にはくすりと笑みがあって、こちらの甘さなどお見通しだとよくわかる。頭はどうあれ腹では
気がかり。バレバレだ。が、恋に限らず、『好き』な気持ちはどこかは甘い。決して盲目になることのない『好き』は、『好きでない』のと同じことだ。
「──後でひと山一人前たちに文句言われても知らねぇぞ。それに仕事遅れてまた半分あの世行きになっても、愚痴は聞かねぇから」
「柢王っ!」
 ティアが顔を輝かせる。先ほどまでとは打って変わって嬉しそうな顔で、
「大丈夫だよ、仕事はもう回して来たから! それに課長がおまえたちを四連休にしてくれたんだ。課長が知らせてくれたとき、私は
部長と打ち合わせだったんだけど、おまえたちが帰るまで待つように提案してくれたのも部長だし、ほんっとふたりとも気が利くよねぇっ!」
 きらきらと瞳輝かせるティアと裏腹、瞳鉛色にした機長はふたりを見つめる。
 と、そもそもアシュレイの名を出さずにティアに報告する先読みができず、その上、暴走するかもしれないオーナーを自分たちは
手が空かないからとフライト帰りのパイロットに押しつけた、この世でもっとも気の利かない課長と部長は心からすまなさそうに目を伏せた。
 部屋に入った時からのふたりの重苦しい顔のわけがわかった柢王はふたりに向い、
「休みは六日下さい。それと島から休み明けの勤務地への直行チケットを、お願いしても怒らないですよねぇ、お・ふ・た・り・は?」
 にっこりと、笑う禁欲生活八日目の機長の瞳の奥になにを見たものか、青ざめたおふたりはしかと休暇とチケットをお約束
下さったのだった──

「ほんとにごめんな。結局、勝手に決めたことになって」
 本社から車で15分。同居中の家の書斎で鞄に次のフライトのマップをつめこむ柢王は、桂花に謝った。
『八時半にクリスタルの隣りの島への最終便があるから。それで次の朝、チャーターヘリで島へ渡るからね。身支度あるなら早めにして
戻ってきてね。私は空港で待ってるから!』
 はやる気持ちがそのまま行動に現れて、翌日の直行便を待つ気もなく無理やり乗り継ぎ便作ったらしいオーナーに、
『隣りっておまえエア・バス飛ぶほど遠いんですけどヘリっ? つかその手回しの早さなんでふだん使わねーの?』
 と、つっこむ気力もない機長と恋人機長は食事の予定もキャンセル、家に戻って旅支度。
(あーあー、今夜ここに帰る時はすっげえわくわくのはずだったのになぁ……)
 が、ティアの頼みを聞くことになったのは自分のせい。とばっちり食ったのはむしろ桂花だろう。
「行く気しなかったら、おまえのはいまからでも断るぜ?」
 と、常にクールな桂花は静かに微笑み、
「構いませんよ。休みも伸びたようですし。それに、見る機会があればもう一度見てみたいですしね。あの、ヴィルトゥオーゾ的飛行を」
 と、言ってくれたので柢王は心からほっとした。部屋に鍵をかけながら、
「落ちつけよー俺、いま中に戻って引きこもるより島に行った方が時間あんだからがまんしろー」
 自分に言い聞かせ、深呼吸して、向ったエレベーターで──ガコンッ!
 スーツケースがドアに挟まったのは、この旅の先行きとなにか関係あるのだろうか。

 そんな不吉な出来事のことは露知らないオーナーは、アシュレイの好物いっぱい詰め込んだスーツケース片手に空港で、
「すぐに行くからねっ、アシュレイっ! 生きる時も墜ちる時も私たちは一緒だからねーっ!」
 と、その場にも職業にもふさわしくない決意の言葉で、周囲を青ざめさせていたのだった──


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