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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.134 (2007/07/18 14:35) title:PECULIAR WING 1 ─A Intermezzo of Colors─
Name:しおみ (p1011-ipbfpfx02matsue.shimane.ocn.ne.jp)

SIGNAL RED

「ランウェイ・インサイト!」
 空也の声が、心なしか緊張して聞こえた。同じ眺めをいま、確認する操縦席のアシュレイもそのわけを理解する。 
 眼下に広がるエメラルドのあざやかな海。前方正面は緑が目を洗うようにきらめく美しい丘陵。白くもくもくと浮ぶ雲と、つき抜けるような青空を
背景に、リゾートの島の美しい光景が近づいてくる。
 が、コクピットのパイロットふたりが目を見張るのはその眺めではない。
 二人が見ているのはもっと下──
 丘を後ろに、低い塀で囲まれた広大な敷地。起伏のある海岸線をすぐそこにして、黒い巨大な十字架のように、アスファルトを強い日差しに
際立たせた滑走路。タクシーウェイの彼方にびしりと整然、並んでいる鈍色の丸いドーム屋根。
 それらが陽射しに一面きらきら輝くさまと、奥まった建物の屋上ポールにたなびく旗の模様が、そこが間違いなく代替空港、すなわち
クリスタル空軍基地だと物語っていた──

                          *

 母国はまだ冬のとある晴れた日の午後──
 天主空港を朝オン・タイムで出た『天界航空』の黄金のジェット機777便が、西方にあるリゾート、クリスタル・アイランド空港上空で
旋廻する羽目になったのはその一時間前に降ったスコールのせいだった。
 クリスタル・アイランドは雑駁な街と美しい自然が売り物の小さな島。訪れる旅人のほとんどがリゾート目的だから、スコールも
また魅力のひとつで、その後カラッと晴れて虹でも出れば旅人の気分はむしろ盛り上がることだろう。
 が、スコール直後に着陸しようとした先行のジェットがスリップして、滑走路を翼半分はみだした状態で全輪パンク。動かないので
滑走路は使えませんといわれたら、関係者の気分は盛り上がらない。
 とはいえ、そもそも数百tの重さが時速300q以上の摩擦を与えるジェット機のタイヤの耐久度は低い。だからこそ十回飛ばない頻度で
替えているのだが、パンクしないタイヤがこの世にない以上、着陸時の状態次第でパンクするのはありうる話だ。
 もとから航空業とはありうることが起こっても驚かない仕事柄。それに全輪パンク、というのはめずらしいものの、幸い、乗客乗員に
けがはなく、大事にならなかったのは吉報だった。
 ということで、この路線五ヶ月の新米機長の操縦する天界航空機は、車で30分程度のところにある代替空港の空軍基地に降りて、
客と荷物をバスに乗せ、機体は後から移動することになった。もとからその上空を許可なく飛んだら迎撃されても文句の言えない軍の敷地に、
民間人を移動させるためのバスが入るのは異例のことだ。その許可を取りつけてくださったのは王室で、しかもバスまでご用意くださったのは、
ただの親切というより、この頃じわじわと人気の出てきた島への集客に対する航空各社への期待の高さを物語るものであっただろう。
 が、王室の思惑がどうあれ、天界航空としては助かる決定だった。着陸前と迎えのバスも客席の視界は塞ぐことが条件だったが、
乗客たちは早く移動できることが肝心らしく、混乱がないどころかとても協力的で、一同は心からほっとした。
 現地航務課も軽食と整備士をトラックに積みこんでバスと一緒にもう軍に向かっていたし、初めての軍への着陸ではあるものの、
ビル街の上を滑走路に降りていく無線の使えない空港と違い、空軍は軍上空までレーダーで誘導してくれた後、着陸無線に乗せてくれるという。
 空港間が近いから低空低速、地形も複雑で海風のあおりを受けない注意は必要だが、アプローチ角度は広いし、
(むしろふだんよりも楽かも? 今日はラッキーセブンだし、ついてるのかな、俺)
 出掛けに部屋のドアの前になぜか立てかけてあった十三段の梯子の下をくぐった時にふいに黒猫が前を横切り、びっくりして頭打ったのは
きっとただの偶然だ。いま思えばあの猫ソックス履いてたし。
 と、空也と着陸の打ち合わせをしながら、アシュレイもすっきりとした面持ちでいたのだったが──
  
(すごいランウェイだ。それにあれ戦闘機だよな……)
 緑と白砂の海の間に切り取ったように開いた広大な平地と、パッと見でも5qはある大滑走路が悠然とクロスする眺めは、のどかな島の
イメージにそぐわない。それにあの、光を反射しているまばゆい一帯は全て戦闘機の格納庫のはずだ。いったい何機あるのだろう。
平和なリゾートのシビアな面を見たようで、新米機長はわずかに眉をひそめた。
 とはいえ、それは瞬時のことだ。
 旅客機の機長の仕事は客を安全に降ろすこと。他の事情は関係者に任せておけばいい。そう自分に頷いて、アシュレイは自動推力装置を切り、
自動操縦を外すためのスイッチを押しながら、
「フラップ30! オート・スロットル・ディスコネクト、オー・パイ・ディスエンゲージ!」
「ラジャー! フラップ30、ノー・ライト!」
 最終のセッティングを終えると、ここからは手動だ。地上は向かい風がややあるものの、計器に突風の気配はない。ぐーんと高度を下げていくと、
視界が完全に開けて、白い波光をきらめかせるまばゆい海。黒く陽炎煙るような滑走路に他に離着陸の機体はいない。
 官制の声が1000フィートをくれる。アシュレイはどんどん機体を下げていく。声だけ頼りに「二度上げて」とか「もう少し左」とか
「それってどれくらいですかーっ」な修正をしながらビル降りる空港に比べたら、この滑走路は楽勝だ。新米機長はわくわくホィールを握りしめる。
 と、
「アプローチング・ミニマム!」
 コールした空也の声が、ふいに、悲鳴のように跳ね上がる。
「キャプテンッ、後方レーダーに機体がっ…」
 えっ、とアシュレイがレーダーを見るより早く、
『ヘブンリー、ニア・ミスッ!』
 ドーン! と鈍い音と振動がガラスをビリビリ震わせたその瞬間──上げた瞳に映ったものを、アシュレイも、そして、たぶん空也も共に、
理解できなかったはずだった。
 コクピットの窓の、真正面。ほんの、十数メートル先に、逆さになった銀の戦闘機。一瞬、全てがとまったルビーの瞳のなかに、
輝くドームのコクピットからこちらを向いたヘルメットのパイロットの顔さえが、確かに、見えたように思われた。
「っ!」
 息を飲むより早く、アシュレイの両手はホィールを力いっぱい押して機首を下げていた。が、その瞬く間に、目の前の機体はくるりと反転、
放たれた銀の矢のように、ビリビリとこちらの窓だけ震わせてもう視界から消え失せている。
 アシュレイは、ただ愕然と目を見張る。
 いま……目の前に、戦闘機が横切った?
『ヘブンリー、高度っ!!』
 官制の鋭い声に、ハッと見れば高度300、急激に下降する機体の下はもう海間近。大急ぎで、
「ゴー・アラウンドッ!」
 着陸中止を叫ぶと、ぐうぅっとかかる重さに耐えて操縦ホィールを必死に引き上げる。絞っていた推力を最大、スロットルを掴んで一気に押し上げながら、
「マックス・パワーッ! フラップ20! ギア・アップッ!!」
 叫ぶのに、空也も即座に、
「フラップ20、ノー・ライト! ギア・アップ、スリー・グリーン!」
 出していた車輪を引っ込め、機体が機首を起こして昇りはじめる。
 もうとっさのことで取り乱している余裕すらない。めまぐるしく視界が変わるなか、並んだふたりはビシバシ指示を出し、受けて、
「コクピット・チェック・リスト! 官制に高度!」
「ラジャー! コントロール、高度をください!」
『ラジャー! ヘブンリー、2000フィートで旋廻! 機体は無事ですか』
「ヘブンリー、2000フィートで旋廻! チェック・リスト・コンプレイン! ノーマル!」
「空也、フラップ10!」
「ラジャー! フラップ10、ノー・ライト!」
 雲を突き抜け、上へと向う。

 コクピットのふたりがようやく揃って息をついたのは数分後。雲の間に機体を落ちつけ、旋廻しながら客席と機体の無事を確認した後のことだ。
 空也にホィールを渡したアシュレイは、まず、客席にアナウンスを入れた。
 降りかけの機が一気に下降した後、急上昇。乗客に驚かせたことを詫び、着陸に不都合があり上昇したが、管制塔の指示のもとですぐに
もう一度やり直すと報告したアシュレイの態度は落ちついていた。
 そして、マイクを切ると、空也に向い、
「ちょっとイヤホン遠くしててくれるか」
 言って、今度は官制を呼び出す。深呼吸してから、
「さっきのは何だあぁぁぁぁぁーーーっっっ!!」
 腹の底から叫んだ声が、コクピットの窓をビンビン震わせた。
 が、怒鳴れるだけマシだ。怒鳴れるのは生きているからだ。いまになって心臓がドラムのように跳ね飛ぶが、それだって
ぶつからなかったからなのだ! 
 アシュレイの心拍数はうなぎ上り、全身が駆け抜ける血で沸騰しそうだ。
 着陸間際の機体に、ニア・ミスなどふつうでも考えられない。後方レーダーに写った機影に空也が驚いたのは、それがいきなりこちらの圏内に
入って来たということだ。その上、後ろにいたのに次の瞬間には前。それもアクロバティックな宙返り。極めつけはこちらを向いていたパイロットの顔!
「あの野郎わざと前通りやがっただろーっ! 何かあったらどうしてくれてたんだーーーっ!!」
 飛行機の目の前十数mは車とは違う。こちらは時速300q、そしてあれは戦闘機。最大速度は秒速で660mを越える。へたに至近を通られたら
ビルでも壊れるシロモノなのだ。
 いや、確かにあの時はせいぜいこちらより少し早い程度、それが目の前をかすめ、その後一気に加速したが、振動でこちらの窓を
吹っ飛ばすこともなく、瞬間で離れていったのは神業に近い。だがしかし、だからこそ!
「なんであんな奴飛ばしてるんだ、なんとか言えーーーーーっ!」 
 うまかったら人の進路妨害してもいいなんてルールはどこにもない。ましてやこちらは民間機。客が何百人も乗っているのだ。
まともなパイロットならそれがどんなに危険なことか考えるまでもなくわかるはずなのに!
 子供の時から負けず嫌いでも、アシュレイはいままで官制とのやり取りで大声を出したことはない。意志を通すと喧嘩腰は別だ。
それは会社の翼で飛ぶようになってよく理解している。が、いまのは別だ。たとえ臨時でじゃました軍の基地でも、ここへ来たのは降りるためで、
誰かに墜とされるためではないのだ!
 と、官制は低くため息をついた。どこかあきらめたような、だが心からすまなさそうな声で、
『戦闘機のパイロットの進路に過ちがあったようです、本当に申し訳ない、ヘブンリー。詳しい事情は着陸後に知らせます。まずは着陸を続けて下さい』
 謝りながらも的確に指示。
 腸煮えくり返った機長はカッツーンと来たが、言うことは確かに官制が正しい。ここへ来たのは客を降ろすため、むかっ腹で旋廻続けて
燃料切れるためでもない。それにぐすぐすしていてまたあんなマネされたら今度は落ちついて対応できる自信がない。
「了解! もう一度、指示を下さい」
 精一杯、怒りを押さえた声を出して、アシュレイはコバルトの空を睨みつける。そこにあるのは白い雲海。あの銀の機影はかけらも見当たらない。
(降りて来たら何がなんでも叩きのめしてやるからな!)
 どのみちアシュレイと空也は滑走路が空くまでは基地で待機するしかない。あのパイロットが降りて来たら、絶対叩きのめす! 例え会社に謹慎食らったって、あんなふざけたパイロットを放置しておくことなんかできるはずがない!
 怒りに燃えた鋭い瞳で空也を見れば、前もトラブル・フライト一緒だった空也も同じことを思ったのか頷いてくる。
 よし! と一致団結、頷きあったパイロットたちは念入りに着陸を打ち合わせ──
 やがて金色の翼を持つ旅客機が、いままでにないほど息のあった連携プレイで、トラブルの後とは思えない、超ナイス・ランディングで
空軍基地に降りたったのは、ひとえに天界航空パイロットとしての意地とプライドの賜物で、あった──


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