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投稿(妄想)小説の部屋 Vol.3

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No.130 (2007/07/11 23:05) title:天真慈義(前)
Name:花稀藍生 (p1004-dng29awa.osaka.ocn.ne.jp)


 ・・・あの魔族が欲深いヤツでなければ、多分今ここに自分はいなかっただろう。

「・・・おい、アシュレイ大丈夫か?」
 地面に横たえたアシュレイの頬を柢王は軽く叩いて呼びかける。それにアシュレイは
うめくようにして応えたが、目を開けようとはしない。腹部の傷を押さえる手のひらの下
からは血が流れ続けていた。
(・・・まずいな)
 早く処置をしなければ本当に危ない。
 しかし、聖水を置いている場所まで歩いて10分くらいかかる。
(・・・止血が先か)
 剣の柄をきつく掴んだままの形で固まってしまっている右手の指を一本ずつ引きはが
しながら、たった今出てきたばかりの黒々と口を開ける魔風窟を柢王は振り返った。

 ・・・いつもと同じように示し合わせて、文殊塾の帰りにアシュレイと魔風窟に魔族狩りに
連れ立った。 そこでおそろしく強い魔族と遭遇してしまったのだった。

 ―――まるで暴風だった。
 天界人とは全く違う 流儀や型に沿った動きなど一つもない。 そこにあったのはただ
狂気のような力のみ。
 狭い魔風窟を縦横無尽に跳ね回り、関節が多いため―――数えただけでも片腕に6関節
はあった―――鞭のように撓(しな)ううえに途中で軌道を変えさえするその棒きれのよ
うに細くて長い両腕が振るわれるたびに、あらゆる方向からうなりを生じて繰り出されて
くるおびただしい剣閃―――・・・それに自分たちは圧倒され―――そして敗退した。 
「―――」
 真っ正面から攻撃したアシュレイは腹を刺された。それを見た柢王は、アシュレイを抱
え上げると魔風窟の出口へ向かって走ったのだった。 その途中で背を切られた。
「・・・・・・あ−あ」
 背中に回した左手にべっとりと付いた血に柢王は舌打ちした。背中全体が熱いが、出血
は止まりかけている。骨を切られたわけでもなさそうだ。
 最後の指を引きはがして、掴んでいた剣が地面に落ちた。それを左手で拾い上げて鞘に
戻そうとして、鞘を剣帯ごと無くしていたことを柢王は思い出す。
 ・・・生きて魔風窟を出てこられたのは、ひとえに背中を切られると同時に断ち切られた
剣帯に差し込んでいた、宝玉つきの鞘のおかげだろう。 それが剣帯から外れて足場の悪
い魔風窟の通路脇の岩場に転がり落ちていかなければ、あっという間に追いつかれて殺さ
れていた。
 ―――運が良かったのだ。
 上衣を破ってアシュレイに簡単な止血を施し、余った布で手早く即席の剣帯を作って剣
を差し込んだ柢王がアシュレイを抱え上げて歩きだそうとした瞬間、視界が揺れた。思わ
ず膝をつく。膝をついた瞬間体の力が抜けた。残る力をふりしぼってアシュレイの体を投
げ出さないように地面に横たえるのがやっとだった。
 体を支えることが出来ず、柢王はアシュレイの隣に倒れ込んだ。
「・・・まず・・い」
 背中の血は止まりかけていたが、走っているうちに流した量が多かったらしい。
 こんな所で倒れたら、ますます危険だ。さっきの魔族も、もしかしたら追ってきている
かもしれない。
 何とか立ち上がろうとするのだが、足も腕も思うように動かず地面をひっかくように動
くばかりだ。
 おまけにただでさえ暗い視界が、ぼやけて遠のこうとしている。
(動け・・!)
 地を掻くばかりの手足を叱咤する柢王の、遠のいてゆく感覚の片隅で 夜だというのに
小鳥の声が聞こえたような気がした。
 
 
 ・・・人の声が聞こえたような気がして、柢王は目を覚ました。頬に草の感触がある。
 だからここはまだ魔風窟から出たところであるということがわかった。 
 少なくとも近くに妖気は感じられない。あたりの暗さで、気を失ってからそれほど時間
が経っていないらしきことに柢王は安堵し、そしてふと気づいた。
 背中が奇妙に暖かかった。それにいい香りがする・・・。
「・・・・・?」
 背中にまわしかけた手に、何かが触れた。
「触らないで。まだ完全に傷が塞がったわけじゃないんだから」
 柢王の手をゆっくりと押し戻しながら、声が頭上から降ってきた。
 柢王は目を見開いた。
 それは、聞き馴染んだ幼なじみの声だった。
 ―――しかし、どう考えても、こんな所に居るはずのない、いや、決して居てはいけな
いほうの。
「・・・ティア?!」
 首だけ振り向けて頭上を見れば、夜目にも見間違えようのない、月のように輝いて見え
る金髪の幼なじみの貌がそこにあった。
「この バ・・!」
 馬鹿野郎!こんなトコで何をしている!天主塔に帰れ!、と続けようとした柢王が背中
の痛みに顔を引きつらせた。
「動かないで!まだ傷口がふさがってないんだから!・・・片手ずつ同時進行っていうのが、
こんなに大変だとは思わなかったよ・・・! 」
 仰向けに寝かされたアシュレイと、うつぶせに寝かされた柢王の間にティアが座って
それぞれの傷に両手を伸ばしていた。彼の小さな両手から金色の光があふれて彼らの傷に
そそがれている。
 柢王とアシュレイは同時進行で ティアに手光で傷を癒されているのだった。
 ティアの顔はいつになく険しく、汗が頬をつたって顎の先から滴っている。
「・・・ティア。俺の傷はもういいから、アシュレイの傷を優先してやってくれ。 かなり深
く腹をえぐられているはずだ。」
 柢王は腕を伸ばしてティアの腕をとんとんと叩いてからそっと押しやった。
「でも、柢王・・・」
「 俺のは、走っているところをやられてるからたいしたことはない。血が止まったんな
らもう大丈夫だ。・・・ちょっと休めば、回復する から・・・」
 躊躇するティアに柢王は何でもないことのように笑いながら言った。しかし言い終える
なり、柢王はそのまま また気を失うように眠ってしまった。
「・・・・・」
 寝入ってしまった柢王の顔を見、それからティアはアシュレイの顔を覗き込んだ。青ざ
めた顔色のまま、浅い細い呼吸を繰り返している。柢王の言うとおり、アシュレイの傷は
深い。そして彼の意識はまだ一度も戻っていないのだ。
 ティアは唇を噛んだ。
「・・・ごめん。 ごめんね 柢王」
 柢王の背に走る赤い傷痕をしばらく見つめ、それを焼き付けるかのように一瞬ぎゅっと
瞳を閉じると、ティアは柢王に背を向けてアシュレイに向き直り、アシュレイの傷口に
両手をかざしたのだった。

 ・・・・・いい香りがする―――。
 どうしてこんなに暖かいんだろう。
 さっきまで寒くて痛くて血のにおいがしてて―――
(血のにおい)
(痛くて)
 ずっと叫んでたような気がする。
(ちがう)
 痛いのは刺されたところじゃない。
 痛いから叫んでいたんじゃない。
(どうして―――)
「アシュレイ・・・?」
 やさしい、温かい声。 甘い香り・・・
「アシュレイ?」
 ぼんやりと目を開けると、ティアが自分を覗き込んでいた。
(・・・・・ここは文殊塾なのかな・・・)
 授業に飽きたりするとよく木陰で眠った。途中で目が覚めると隣でティアが笑っていて。
 その温かさと甘い香りに何だかとても安心して・・・。
 それでよく柢王に『おまえら寝てばっかだな』と笑われたものだ。
( ・・・柢王 ・・・文殊塾・・・・ )
 今日、文殊塾の帰りに、柢王と・・・・・ ――――!
「―――柢王!」
 叫んだ途端に腹部に走ったその痛みで、アシュレイは はっきりと目覚めた。
 空が暗い。草の匂いの混じる外の風。
 血のにおいと、腹部の痛み――――
(・・・やっぱり、夢じゃ、なかったんだ―――!)
「アシュレイ!」
 呼び続けてようやく目を覚ましたアシュレイが、突然起きあがりかけるのを慌ててティ
アは上から押さえつけた。
「・・・柢王は!?」
 傷の痛みをこらえながら噛みつくように尋ねるアシュレイには、何故ここにティアが居
るのかを疑問に思う余裕などなかった。
「・・・柢王なら大丈夫、血は止めたから。今は隣で眠っているから起こさないであげて」
 見えやすいようにティアがそっと体をずらす。アシュレイは首だけを回して隣に眠る柢
王を見た。うつぶせに横たわる幼なじみは、顔を反対側に向けているために顔色も表情も
わからない。
 しかしその分 背中はよく見えた。
「・・・・・・っ!」
 アシュレイは目を見開いて柢王の背中を見た。
 ―――右肩から左の脇腹に向かって斜めに走る 赤い傷痕を。
「・・・だめだ! ティア!」
 傷口にかざすティアの手をいきなりつかみ取って、アシュレイは首を振った。
 突然の彼の行動にティアは驚いて一瞬気がそれた。手のひらからあふれる癒しの光が
アシュレイとティアの手の間で消えた。
「アシュレイ?! 動いちゃ駄目! 何で、いきなりどうし・・・」
 何とか手を振りほどいて再度傷に手光をあてようとするティアの手を、またアシュレイ
が掴んで傷口から遠ざけようとする。
「アシュレイ!」
「俺は要らない!俺の傷なんかどうでもいいから、柢王の傷を治してやってくれ!」
 叫んだ拍子に傷に走った激痛にアシュレイは息を詰めた。しかしティアの手を遠ざける
ことは止めようとはしなかった。
「・・・アシュレイ」
 彼の呼吸が落ち着くのを待ってから、ティアはアシュレイに顔を寄せてそっと語りかけ
た。
「・・アシュレイ、聞いて。君の傷はとても深い。早く傷を塞いでしまわないと大変なこと
になる。お願いだから手を離して。―――それにこれは柢王の願いでもあるんだよ。
柢王は大丈夫。出血は止めたし、傷も君ほど深くないから、すぐ治るよ。」
「―――嘘だ!」
 弾かれたように アシュレイは叫んだ。
 ・・・降ろせと。捨ててゆけと言ったのに。
「―――だめだ!だめだだめだ! 背中に傷なんて!」
 あの時。刺されて動けない自分と魔族の間に走り込んで来るなり 自分を抱え上げた
その左腕は、 焼けた石のように固くて熱かった。
 ・・・降ろせと。捨ててゆけと言ったのに。
 自分を抱えてさえいなければ、柢王は傷つくこともなかったのに―――。


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